21 ヒルダのお世話
「いやお世話って。ここ男子寮ですよ!?」
若干動揺しながらオルガはそう言う。
『オルガのスケベ。どんなお世話を想像したのよ』
濡れ衣にも程がある。寧ろ、マリアがどんなことを想像したのかとオルガは突っ込みたい。
突っ込みたいのにヒルダが居るのでそれも出来ない。
そう、ヒルダが居たらマリアとの会話もままならなくなる。それは困る。
彼女にもマリアの存在を明かしてしまえば良い――と何度か考えた事がある。
今更三人が四人に増えたところで秘匿性の意味では大差ない。
ただ――そう、根っこの所でオルガはヒルダを信頼出来ないのだ。
やはりオルガとは直接の接点がない他人だからだろうか。
ウェンディと言う中継点が無ければ今も会話することは無いだろう。
「大丈夫です。オルガ様。私たち使用人は男子寮でも問題なく入り込めます」
「そうじゃなくて」
「ご安心ください。朝から晩まで、お嬢様と同じようにお世話いたします」
「それを止めてくださいという話です」
どうにも、ヒルダには強く出られないオルガは控えめながらも、拒否の意思を示す。
「はて……美人のメイドに傅かれるのは男子の夢だと聞きましたが」
違いましたか? と小首を傾げる灰色の美人メイド。
さりげなく己を美人だと評価しているが、オルガにそれを否定する材料は無い。
ただ。
「その胡散臭い話、どこで聞いたんです?」
「寮を回っていればそんな話をしている人たちは結構いますよ」
『……やっぱメイドさんを敵に回したら怖いわね。性癖まで把握されていそう』
マリアの恐々とした呟きが聞こえた訳でもないだろうが、ヒルダが納得したように手を打ち合わせた。
「ああ。そう言えばオルガ様は水が滴る女性が好みでしたか。申し訳ございませんが、流石に濡らした状態で仕事をするのは……」
「それ喋ったのはイオですか!? エレナですか!?」
誤解なのに……と嘆きながらもオルガは情報源を聞きだそうとするが、ヒルダは喋らない。
「そうでは無くて。ウェンディと同じように世話するってそれは……四六時中?」
「そうなりますね」
「ウェンディのお世話が困るんじゃ?」
「ご安心を。交代要員を用意しております」
既に準備が整えられていることに頭痛を覚えつつも、反論する。
次はヒルダ自身の危機感に訴えてみようと。
「……ほら、一応俺も男ですから。四六時中女性への免疫を付けさせる何て間違いがあったら困るでしょう?」
『え、オルガ間違いを犯す気なの? その……ちょっと興味あるけど』
方便だと言えないのが何とも悔しい。ちょっと興味ありそうな顔をしているのが腹立たしい。
「そう、ですね。一応学院にはそう言う場合の規定も有りますが」
「えっ」
『あるんだ……』
「ご存じありませんでしたか?」
ありませんでした。
「と言うか、この学院の規則みたいな物全然知らないんですけど……」
「ああ、そう言えば。公開されるのは二年からでしたね」
「何でそんな事に……」
「それは私の口からは。全員硬く口止めされておりますから」
その言葉からヒルダがこの学院に所属していたことが分かる。
――見た目同年代だが、一体何歳の時にここに入学したのだろうか。
「まあこの規則位は良いでしょう……男女の合意なく性的な行為に及んだ場合は発覚の時点で評価点学年×1000点が相手に移動します」
「進級に必要な評価点ですか」
二年以降でも評価点がどうなるのかは分からないが、今の段階で1000点と言うのは事実上の退学宣告だろう。
「この罰則については厳しいですね。どんな状況だろうと無条件に移動。マイナスになった場合はその分の奉仕活動が命じられるようです」
「奉仕活動、ですか」
「まあ要は見張り付きでキツイ戦いの最前線に放り込まれるのですね」
「懲罰部隊ですか?」
「そんなところですね。要するに、そう言う事をするならば人生を賭けろという事になります」
美人局みたいなことをしそうな奴が出そうだと思うが、天秤剣があるから大丈夫なのかとオルガは納得。
「ですので、オルガ様も私にそう言った奉仕を望まれるのでしたら人生を賭けて頂きたく。その際はこちらも相応の解答を致します」
『……賭ける? 男子の夢を叶えてみる?』
「賭けないです。すみません、ちょっと怯えさせてこの話無しに出来ないかなと思っただけです」
「そんなに嫌ですか、オルガ様」
「寧ろそんなにしてまで俺に女性への免疫付けさせたいんですか」
最悪の場合も辞さないというヒルダの覚悟にオルガは疑問を抱いた。
オルガが言えたことではないが――少し異常である。
「……私はお嬢様に拾われました」
「拾われた?」
「ええ。余り愉快な話ではないので省略いたしますが……あのままでは碌な人生を歩むことは無かったでしょう」
そんなヒルダを、ウェンディが救い上げたらしい。
当時まだ六歳か七歳。その程度の子供だったウェンディが。
「今の私があるのはお嬢様のお陰です。そんなお嬢様には何時も笑っていて欲しい。そう願うのは自然ではないですか?」
「それは、はい」
間違いなくヒルダにとってウェンディは人生を変えてくれた恩人なのだろう。
その相手の幸福を祈るというのはオルガにも良く理解できた。
「故に、メイドである私はお嬢様の恋も全力でサポートしないといけません」
「ちょっと分からなくなりました」
「分かってください」
そんな無理やりな。
「現状オルガ様しか身近な異性が居ない以上、取り合えずここを抑えておこうかと」
「取り合えず、ですか」
「はい、取り合えずです」
大真面目に頷くヒルダに嘆息しつつもオルガは一応納得した。
要するにウェンディの幸福の為ならばヒルダはどんな労苦も厭わないと。そう言う話だ。
そしてそう言われてしまうとオルガも断りにくい。もしもそこまで分かって言っているのだった策士だが。
「……一週間だけなら」
『ああ、来週洗濯係の人休みだから自分でやらないといけないんだったっけ』
マリアが直ぐにオルガの区切った時期の理由に気付いた。
オルガは洗濯が好きではない。得意でもない。そんな彼にとって寮の洗濯係が取った休暇はちょっとしたピンチだった。
「一週間、ですか」
「それが嫌ならこの話は無しです」
「……分かりました。一週間でオルガ様には女性に対して多少の免疫を身に着けて頂きます」
『……どんなことしてくるのかしら。ちょっとドキドキして来たわ』
……まあ正直に言うと、オルガもちょっと何をされるのかドキドキしている。
しかしながら、ヒルダの口にした理由で納得しきれないのもまた事実。何か隠しているのではないかと言う疑いは残った。
尚こんな事は言っているが、ヒルダはその気になればオルガを制圧できる自信があるので余裕です。