19 剣の対話
『ま。これ以上濡れても仕方ないし。この修行はここまでにしておきましょう』
そう言いながらマリアは己の姿を変えた。
何時もは下ろしている金髪を一つに結い上げ、その手に剣を握る。
即ち、マリアの戦闘態勢。ここしばらくの恒例となったマリアとの模擬戦だ。
オルガもそれに合わせて剣を構える。
『前にも言ったように、これからは一つ一つの技の精度を上げていくわよ。漠然と使うんじゃなく、動きを霊力の流れを意識して』
そう言いながらマリアが斬りかかってくる。
これでも大分手加減してくれているのだろう。
辛うじてオルガの目が追い付く程度の剣速。
その切っ先を目で追いながら、マリアの動きにも気を配る。
と、滑り込む様にマリアの足がオルガの腹に当てられた。無論衝撃などは無い。
『はい。一回目』
マリア曰く。身体があればここで姿勢を崩してそのまま頭から真っ二つだという。
つまりは一回死亡という事だ。
『相手の動きは全体を見ないとダメよ。剣が一番怖いのは勿論だけど、他の場所にも気を配って。視線だけ追いかけるのもダメ』
それはオルガにも分かっている。だがマリアの剣は集中していないとそれだけで受け損ねる。
つまりは一点に集中しながら全体を俯瞰しろと言う事を要求されているのだ。
出来るか、と投げ出すのは容易い。
だがマリアは実際にそれが出来ているというし、強力な魔獣と戦うならば必須の技能だという。
そして――魔族との戦いでも。
『穢れ落ちの大半は人間が魔族になってから繁殖して増えた様な奴らだけど、概ね人と変わりないわ。だから人の技が通じる』
魔族との戦いは対人戦に通じるのだとマリアは言う。
そしてそれは聖剣同士の戦いでも同じ。
相手の攻撃の予兆を早めに掴み取って、それに対処する。
そこまで行けば例え初見の攻撃であっても致命傷は避けられるはずだと。
「次だ」
『ええ。行くわよオルガ』
マリアの剣の速さの秘密は何だろうかと、全体を俯瞰しながらオルガは考える。
間違いなく筋力ではないだろう。マリアが見た目を弄っているのでなければ、あの細腕に筋肉が詰まっているとは思えない。
体形については弄れないと言っていたしオルガはそれを信じている。
――もしも弄れるならば、時折せつなそーに自分の胸を見下ろしたりはしないだろう。
彼女の身体つきは年の割にヘルシーな感じだ。
だとしたら考えられるのは全身の運動。
彼女の身体は柔らかい。しなる様な剣捌き。それが秘訣なのだろう。そこまでは分かる。
それをそっくり真似する事は出来ずとも、動きの要訣。そこを盗めれば――。
そんな事を考えていたらオルガの額をマリアの剣が通過していった。
幻の様な物。痛みなどは無い。
が、ちょっと寒気がする。もしも本物の剣だったら間違いなく死んでいたのが分かるがゆえに。
『二回目。ちょっと気が散ってたわよ』
「……剣の速さについて考えてた」
素直にオルガはそう白状する。実際本人に聞いた方が早い。
『そうね。私の場合は霊力を一気に流し込んでいるのよ。瞬間的に通常よりも高い強化を施しているの』
「……なるほど」
それはオルガにも真似できそうだった。
『でも無理は禁物よ。限界以上に身体に流し込むのは危険。肉体が壊れちゃうからね』
オルガは無理しそうだから絶対にしちゃダメよ、と注意する事も忘れない。
「魔獣にも……霊力があるんだよな?」
『ええ。区別するために私たちは魔力って呼んでたけど……今の人が何て呼ぶのかは知らないわね。変わってないのかしら?』
「さあ?」
オルガも知らない。そう言えば最近座学出ていなかったな……とふと思い出した。
「だったら魔獣もそうやって肉体を強化しているのか?」
『多分ね。聞いてみないと分かんないけど』
「人型魔獣も?」
『ええ。まず間違いなく』
そう言いながらもマリアはそれ以上は詳しく教えようとはしなかった。オルガとしてはとても興味があるのだが。
『そんなにあっちこっちに手を伸ばしても身にならないでしょ。まずはオーガス流! こっちから会いに行かない限り会うもんじゃないわよ』
と言って教えてはくれない。
最後の言葉だけは説明してくれた。マリアの時代から変わって居なければ穢れ落ち――その三種族の生息域は遥か北。
少なくともこの辺りでその気配を感じた事はサバイバル試験の時以外には無いらしい。
故に、当分は会う事も無いだろうと。と言うかマリアとしても会いたくないらしい。
『もうあの時は死ぬかと思ったわよ! 死んでるけど!』
姿を消していた間の記憶は無いらしいが、真っ暗な中で身動き取れなかった印象だけは残っているとか。
出来れば二度目は遠慮したいイメージらしい。良く分からない。
『さ、三本目行くわよ』
今度こそマリアに集中する。
不意打ちの弐式。
攪乱の参式。
そして本命の壱式。
だがその悉くを躱される。手の内が全てマリアに筒抜けと言うのも関係しているだろう。
オーガス流は何れも初見でこそ最大の効果を発揮する。だがそれだけではないのだろうとオルガは思う。
「……もしかして。クセがある?」
『良く気付いたわね。気付かない様だったら教えようかと思ってたけど』
オルガは完全に同じ動きを再現できる。それは技を習得する際には利点だが、実践する際には欠点だった。
『同じ動きが多いのよ。多分無意識でそうしちゃってるんでしょうね』
最も身体が慣れている動きをしてしまう。それは反射――とは違う。ただの惰性。忌むべき慣れだ。
『例えば波紋斬り。オルガは剣を構えた時に一瞬そこで溜を作るのよ』
「……ホントだ」
指摘されれば理解も早い。オルガが一番よくする動き。それを再現してみればすぐに分かった。
『それを見れば避けるのは簡単。今は抑えてるけど、そこに飛び込んで突き殺すのも簡単』
事も無げにマリアはそう言う。
『だからまずはそう言う癖を消していきましょう。手癖で技を使っちゃダメよ?』
「……ああ」
次々と言われる指摘にオルガは凹みながらも、やる気が出て来ていた。
まだまだ自分には至らない所がある。そこを直していけば、少しずつでも強くなれる。
まだ自分の限界はここではないのだと分かるのはオルガにとっては喜びであった。
遥か遠い頂への道をまだ歩くことが出来ている。
その事に安堵めいた感情を覚えた。
マリアは弱点見抜く力凄いです。尚、それを言語化できることは稀です。師として役に立たねえ……




