16 己の位置
今日も剣を振るう。
半年前のサバイバル試験でマリアとの模擬戦を始めてから何度目の戦いとなるだろうか。
数えてはいないが勝率だけは断言できる。
0勝。即ち全敗だ。
幾つかの試験――それは小隊単位の物であったり、また個人戦だったりもしたが。
そう言うあれこれを乗り越えてきたオルガはふと疑問に思ったのだ。
「なあマリア」
『何かしら一番弟子?』
今もまた。虚空の剣にばっさりやられて。今日だけで五回は死んだな……と嫌な慣れを覚えつつオルガは尋ねる。
「……俺はどれくらい強くなっているんだ?」
疑問と言うのはそれ。
マリアはきっと自分で言うだけあって強いのだろう。
常にオルガがギリギリ勝てない位の位置をキープしているというのは前にも聞いたが、その頂が見えない。
だからオルガにはそこに近付いているのか遠ざかっているのかすら実感として伴わないのだ。
『そうね……初めて会った頃に比べると大分強くなったわよ。使える技も増えたしね』
「とは言うけどな……」
不安がある。
他の三人はそれぞれ成長を続けている。
聖剣の力を引き出し始めて。一時期は縮まっていたと思えた差もまた広がりつつあるようだ。
対して自分はどれほど成長したというのか。それが見えてこない。
「正直に教えてくれ……俺は、今以上に強くなれるのか?」
もっと言ってしまえば。オルガはここ三か月ほど己の成長を実感できていない。
参式までテンポよく技を習得していたが、ここしばらくは霊力視が必要だったり時期が悪いとかで何も習得できていない。
それもオルガの焦りを誘う理由の一つだ。
技の習得と言うのは手っ取り早く己が強くなったことを実感させてくれるものだった。
そんなオルガの焦りを感じ取ったのか。
マリアがしばし目を閉じて嘆息した。
『別にこれは最終評価って訳じゃないから』
そう前置きしてマリアは言う。
『オルガ。貴方は恐らく今以上の劇的な成長は望めない』
そんな死刑宣告染みた言葉を。
『貴方の霊力はオーガス流を使う上でそう多いとは言えない。でもそれ自体はそれほど問題じゃない。問題なのは……放出量』
マリアが指先で輪を作る。
『一般的な……私が知っている剣士たちの放出量がこれくらいだとしたら……オルガのはこれくらい』
その輪がすぼめられた。凡そ半分に。
『これはつまり、あらゆる技の瞬間的な限界値が半分に抑えられるという事でもあるの』
それを越えて無理をしようとすると何時かのカスタールとの戦いの様に気絶することになるだろう。
「それを、増やす方法は……」
『無いわ。もしかしたらどこかにはあるのかもしれないけど私は知らない』
「……そうか」
『それから技の習得についても。一個は単に修行するのに季節が良くなかったから後回しにしていただけ。でも他は――』
マリアが教えられない肆式を除けば、オルガが未習得の技は残り六つ。
『型だけは教えることが出来る。でも使うにはオルガの目が開かない限りは無理よ』
霊力を視る。その力に目覚めないと他の技は使えないのだという。
未だ実戦でも使えると言える技は半年前と変わらず三つだけだ。
「……つまり、俺はこれ以上強くなれないと?」
『そうは言ってない。ここからはより一つ一つの技の精度を上げていく必要があるって事よ』
未だ技に振り回されている面のあるオルガ。それを乗りこなして使いこなせとマリアは言う。
「霊力、どうやったら見える様になるんだろうな」
『……ごめんなさい。前にも言ったけど私にも分からないわ。自然に出来る様になっていた事だから』
「そりゃ才能に溢れていて羨ましい事だな」
つい、皮肉気な口調になってしまったとオルガは口元を抑える。
「正直に教えてくれてありがとうマリア」
『……こんな事しか言えなくてごめんね。もっとちゃんとした指導が出来る人なら……お兄ちゃんとかならもっと良い事言えたかもしれないけど』
珍しく弱音めいたことを漏らすマリア。それを励ますように、揶揄う様に。今しがた得た情報を突いてみる。
「お前お兄ちゃんって呼んでたの?」
『む……そーよ。悪い? 散々甘えてたわよ何か文句ある?』
「いや、別にい?」
だがまあ。甘えていたというのはある意味納得だ。コイツの言動はどう考えても殊勝な物では無い。
『お兄ちゃんは凄かったのよ。剣もまあ他の人よりは強かったし。教え方も凄い上手! 私が教えても出来なかった子もお兄ちゃんが指導するとあっという間だったんだから』
いや、それお前の教え方に問題があったんじゃ……と言う言葉は飲み込んだ。
また泣かれても困るし、楽し気に兄の思い出を語っているマリアに水を差したくなかった。
「お兄ちゃん、か」
『何羨ましいのオルガ? 呼んであげようか?』
「止めろ」
割と本気気味の拒絶にマリアは唇を尖らせる。
『何よお。そんなに拒否しなくてもいいじゃない』
「ああ……いや。だってお前の方が年上だしなあ……」
400年と言うのを除いたとしても、単純に今のマリアは18歳位。オルガよりも年上だ。
そんな彼女にお兄ちゃん呼びはちょっと……と言う気持ちだった。
「それでその兄貴ってのは――」
ついうっかり。今何をしているのか何て聞きそうになってしまい口を閉ざした。
400年前の人間が生きているはずがない。
『あーあ。私お兄ちゃんが結婚したらお嫁さんの所でこんなところに埃が……ってやりたかったのにな』
「単なる嫁いびりじゃねえか」
『って言うか結婚できたのかなお兄ちゃん……流派途絶えたの結婚できなかったからとかじゃないよね』
「自分の兄に対して何て言い草」
『だってお兄ちゃんいっつも剣の事ばっかりだったし。何時も私に勝負挑んできたし』
「……ちなみに聞くけど、勝率は?」
『え? 100%だよ』
そりゃ勝負を挑む。一回くらいは勝たないと兄としての威厳が保てないだろう。
『元々私、お兄ちゃんが修行しているの横で見て技覚えたのよ』
「本当に見ただけで覚えてたのかよお前」
『うん。皆凄い凄いって褒めてくれたから楽しくなっちゃって。それで気が付いたら皆伝だって言われた』
コイツ、本当に才能あったんだなとオルガは感心するやら、一瞬で抜き去られた顔も知らない兄に同情するやらである。
マリアの兄は、フルマラソンで残り1キロくらいの所からスタートしたマリアに抜き去られたような物。
つまりマリアは時速878キロ。マッハ0.8です(意味不明