10 保健委員
本日二話目!
痛む身体を起こすと相手の顔が漸く見える。
紫の色味が混ざった黒い髪。垂らされた前髪で目元が隠されている。
そう言う意味ではイオもそうなのだが、お洒落でしているであろうそれとは違い、大分無造作な切り口だ。
少女の物は単にずぼらなだけか。それとも目元を隠したいのか。
自分と同年代だと思うが、その辺りの機微は分からない。
確か、同じクラスだったはずだ。
オルガの自信が無いのは顔が良く見えないという理由が一つ。
もう一つは単純に、イオ以外の候補生たちと碌に話をしていないからである。
「怪我、してますし。無理に動かない方が……」
そう言いながら、少女は腰に佩いた剣を抜き放ってオルガの頬へ近づけてくる。
恐らくは聖剣であろうそれを首元に持ってこられて流石のオルガも硬直した。
カスタール一味でさえ今日は最後まで聖剣は抜かなかったことを考えると少女のこれは結構な暴挙だ。
「命だけはお助けを」
この状況では命乞いしかする事が無い。
迷わず諸手を挙げて降伏の意を示す。
『ねえねえ。私ならここから逆に相手を組み伏せることも出来ると思うの。一口乗ってみない?』
何故だかちょっとワクワクしたように言ってくるマリアは無視である。
その一口は人生一回なのでちょっと賭けるには重すぎる。
「え? あ、違います! 違うんです!」
「分かった。違うんだね。分かったから剣先を震わせないで欲しい」
頬に刃金が触れる度に気が気でない。
この状況、相手が何を意図しているのか知らないが、オルガにとってはかなり危険な状態だ。
『……オルガ凄いわよこの子の』
流石にこの状況では相手から目を離すことが出来ず、どう言う意味かとマリアに問うことも出来ない。
伝われとばかりに念を送った甲斐があったのか。
何が凄いのか嬉々として語ってくれる。
『野暮ったいマントに隠されてるけど凄いスタイル良いわよこの子! このサイズ……私の生前でも一人いたかどうか……』
死ぬほどどうでも良い情報だった。
それを確かめるために命を投げ出す覚悟は無い。
「ええっと。その、私の聖剣なんですこれ」
「ああ、うん。そうだろうね」
オルガが聞きたいのはその剣が何か、という事では無くてどうして今自分が剣を向けられているのかという事なのだが。
『あら、こっちも凄いわね』
――今度は何だ。胸の次は尻か。
半ばヤケクソ気味にオルガがそう考えると、マリアは真面目な声音で言う。
『とんでもない霊力。あのカスタール以上ね。災浄大業物って奴かしら』
「私の<オンダルシア>は人を癒すことが出来るんです。だから……えっとジッとしていてください」
そう警告すると同時に、頬にちくっとした痛み。
微かに血が流れる感触。
そこから一拍おいて、全身の痛みが消えていく。最後には今しがた刺された場所さえも。
「えっと、最初にちょっと切りつけないといけないんですけど……痛い所無いですか?」
「あ、ああ。ありがとう……」
ある意味初めて目の当たりにした聖剣の力だ。
これまで言葉だけでしか感じていなかった差を明確に突き付けられた気分になる。
流石にこんな真似はマリアのオーガス流でも出来ないだろう。
「……差し出がましい事かもしれませんけど」
少女は聖剣<オンダルシア>を鞘に戻しながら躊躇いがちに口を開いた。
「先ほどの件、教官には報告した方が良いのではないかと思います」
「あー。うん、その内に。もしかしたら目撃者として証人を頼むかもしれないけど」
第三者が目撃していたというのはオルガにとってはプラス材料だ。後は彼女が証人になってくれれば、だが。
「証人、ですか?」
少女は不思議そうに首を傾げる。
オルガが一方的な暴行を受けていたという証言はカスタール一味に恨まれる可能性もある。
それを厭っているのかと思ったが次の少女の発言にはオルガも驚いた。
「えっと必要なんでしょうか。学院には天秤剣を持っている教師の方がいますから、そこで真実が明らかにされるかと……」
「天秤剣?」
初めて聞く単語にオルガはおうむ返しに疑問を返すしかなかった。
知ってる? とマリアに視線だけで問いかけるがマリアも首を横に振った。
「えっと、数打ちの聖剣です。その……戦闘力的には大したことが無いのですが、相手の嘘を暴くという特殊能力を持ってるんです」
「それは、凄いな」
としかオルガには言えない。
数打ちの聖剣は格としては最下級だ。ある程度の量産できていた様で同じ種類の聖剣が何振りかあるらしい。
実態は保管庫から外に出ている聖剣の分しか分からないので何振りあるかを知っているのは保管庫を管理する学院だけだろう。
今更ながら、オルガは何故聖剣の管理を聖騎士団ではなく学院が行っているのかと疑問に思った。
その疑問はさておいて、つまりは最も格の低い聖剣でもそんな事が出来るという事。
益々自分の置かされた状況が険しいものであると理解させられた。
「なので、私の証言は不要だと思います……」
「そっか。教えてくれてありがとう」
少し、聖剣について真面目に調べた方が良いなとオルガは思った。
マリアの教えてくれるオーガス流剣術を体得するのは勿論、競争相手となる聖剣の事をより知らなければ行けない。
大抵の剣は一度は保管庫の外に出ているハズなので、調べればその大まかな性能を知る事は出来るはずだ。
「って、やべえ」
イオと自主練をすると言う約束だったのに、カスタールに絡まれていたせいですっかり遅刻してしまいそうになっていた。
「ごめん。人を待たせてるんだ。このお礼は近い内に必ず」
「えっと、気にしないで下さい。私、保健委員ですから」
慌ただしく、オルガはイオとの待ち合わせ場所に向かう。
しまった、少女の名前を聞くのを忘れたとオルガが思っていると。
『ちなみにオルガ。私もその天秤剣? とかいう奴と同じ事出来るわよ』
「……冗談だろ?」
『冗談抜きよ。相手の霊力の乱れを見れば嘘をついているかどうか位は分かるわ。後は目を見れば分かるって言わないかな』
コイツには下手な嘘はつかないでおこう。
オルガはそう誓った。
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