14 アイツキライ
「うっし! 休憩終了! 続きやろうぜオルガ!」
「はいはい」
そう言って揃って立ち上がる。そこでオルガはふと気づいた。
「……お前背伸びたか?」
「お、マジで?」
「何か前よりも頭の位置が高くなった気がする」
「へへ。やったぜ」
そう言えば。こいつまだまだ成長期なんだよなとオルガは思い出した。
オルガもこれまで足りていなかった栄養を補給できたからか伸びて来たが、イオ程ではない。
そう言えばウェンディも出会ってから二月ほどで少し身長が伸びた様な気がする。
「この調子で聖剣のコントロールも上手くいけばいいんだけどなあ」
「うちの中だと一番それが上手いのは……ウェンディか」
人の話を疑わないという点を除けばあらゆる分野で高得点を叩き出す才女である。
間違いなく、高度な教育を受けている。
と言うかオルガは彼女の正体についてある予測を立てているのだが、問いかけるのも躊躇われる内容だ。
なので、何も知らないという建前を崩さない。
「何かアドバイスとか聞いてみなかったのか?」
「聖剣の流れに身を委ねるのだ! って言われた。聖剣の流れって何だよ……」
「持ってない俺に聞かれてもな……エレナは?」
「聖剣に呼びかけて言う事を聞いてもらう、だってさ」
「正反対じゃねえか」
間違いなくこの学年の中で上位に位置する二人が全く別々の言い分で聖剣をコントロールしている。
そんな話を聞けるだけでも貴重な機会なのだが、逆にそのせいで混乱しているとも言えた。
「二人ともそれで結果を出している以上、やり方が間違っているという線は薄い……となると両方正解なのか?」
「つってもよ。そもそも<ウェルトルブ>に流れ何て感じねえし、エレナの<オンダルシア>みたいに声出さねえよコイツ」
「難しいな……」
聖剣によって性質が違う。と言うのはオルガ達の間でも考えていた事だった。
その説が正しいのだとしたらそもそもどちらのやり方も適さないという可能性も高い。
「……例の手記には何か無いのか?」
「対戦相手の側だからな……なんもねえ」
そりゃ確かに。当事者なら兎も角戦った側が聖剣の内面にまで踏み込めるはずもない。
「ダメもとで呼びかけてみるとか……?」
「いや、結構やったぞそれ。同室の奴に変な顔されたけど」
早くも万策尽きた。
「後はそうだな……<ウェルトルブ>の調子が良かったときの事を思い出すとか?」
「調子が良かった時な……」
うーんとイオが首を傾げる。
「一月放置した時とか?」
「そりゃ溜め込んだからだろ」
「後は……思いつかん」
困ったなあと二人して空を眺める。冬の空は澄んでいて綺麗だった。
『おーいオルガ』
ふとマリアの呼び声がしたので振り向く。
「……本当にマリアさんの声が聞こえているんですね」
そう言いながらエレナがボロ剣を片手に雪の中をザクザクと進んできた。
「ん? どういう事だエレナ?」
「背後霊がどうかしたのかよ」
『その背後霊って言うの止めて欲しい……』
「今、本当にマリアさんが居るのかなって気になって。良かったらオルガさんに声をかけてみて貰えませんか? ってお願いしたんです」
『それで私がオルガに声をかけたの』
二人の説明を聞いてオルガは納得した。つまりはマリアの存在について確かめようとしたという事だ。
「いや、わかんねーって。単にオルガがエレナの気配に気付いただけかもしれないぜ」
「まあ、それもそうなんですが。中々難しいですね」
『居るってば! ここに、私は、居ます!』
マリアが来ると一気に騒がしくなったなと思いながらエレナからボロ剣を受け取る。
それを腰に佩くと自分の中のバランスが元に戻った様な気がする。この重さが無いとすっかり落ち着かなくなってしまった。
「それでお二人は今日も特訓を?」
「全然上手くいかねえけどな」
『ふーん……私が見てあげましょうか』
思いがけない言葉にオルガはぎょっとする。その驚きが二人にも伝わったのか不思議そうな顔をされた。
「どうしたんだよオルガ」
「いや、マリアがイオの特訓を見てやろうか、って言いだしてな……」
「背後霊が? 役に立つのかよ」
『その私が役立たずみたいな風潮を払しょくしたいの!』
「……役立たず扱いを止めさせたいらしい」
「ふーん?」
と言いながらイオは<ウェルトルブ>の鞘を握った。
「見てもらうだけならタダだから良いけどさ」
「……まあ、そうだな」
別に見て貰う事にデメリットがある訳でもない。それで何かヒントでも見つかれば儲けもの、と言ったところだろうか。
「んじゃ行くぜオルガ!」
「お二人とも頑張ってくださいねー」
とエレナはすっかり観戦モードだった。寒い中で動く気はないらしい。
別にこれはエレナに限った話でもなく、寧ろ雪の中で特訓しているイオとオルガが少数派なだけだが。
何度かイオの攻撃を霊力の纏ったミスリル剣で弾く。
そうした中でマリアが怪訝そうな顔をした。
『……何でイオちゃんはそんな事してるの?』
「どういう意味だ?」
マリアの言葉の意味が分からずに問い返す。
イオは一瞬また独り言を……と言う顔をしたが、マリアの存在を思い出したのか今度は胡散臭げな顔をした。
『だって霊力の消費を抑えたいんでしょ?』
「そうなるな」
『だったらあんな風にだらだら放出するんじゃなくてシャ! って出してヒュ! って閉じないとダメじゃない』
「擬音ばっかで分かりにくいわ!」
「オルガ?」
「ちょっと待ってろイオ。このうちの馬鹿師匠が何か今大事な事を言っている気がする」
これ、俺にも関係ある事では? と言う気がしないでもないオルガであった。
慎重に聞き取りをした結果。霊力を放出する時は鋭く短く吐き出した方が結果的には消費を抑えられるのだという。
イオがやる様にそもそもの出す量を絞ろうとすると、ズルズルとキレが悪く却って消費が増えるとか。
これは本当に霊力の話か少し疑問を抱く。
そんな話をイオにすると露骨に疑わしい視線に変わった。
「本当かよそれ」
「……まあこいつが肝心な事を忘れるのは度々ある事だが……言っていた事に間違いがあった事は無かった」
抜けは有っても誤りはない。そう言われた師匠の方は憮然としていたが事実なので仕方がない。
「まあ物は試しにやってみるか……」
そう言って試すこと数度。
オルガが受けた一撃が今までよりも軽い。
また一分待って。
「次、何時も通りの感覚でやってみてくれ」
「おう」
そうして受けた二度目。今までよりも重い。
「……多分だけど、一回前のやり方が消費を抑えられたって事だと思う」
「マジかよ」
マリアの言う通りにしたらあっさりと出来てしまった。その事にイオは渋面を浮かべる。
『ほらね! 私の言ったとおりにしたら出来たでしょ!』
調子に乗るマリアの姿が見えた訳ではないだろうが。イオはちょっと不満そうな顔をして言う。
「オレアイツキライ」
『何で!? ちゃんとアドバイスしてあげたのに!』
こんな風に、生前も人の努力をあっさりと抜き去って行くような事してたんだろうな、と思うオルガであった。
そんなマリアに、地道な努力をしていた側としては……まあ嫌いになるのも仕方ないと思えた。
マリアは無自覚に人の努力を踏みにじるタイプ。
何しろコイツはできない人間の気持ちを一切知らない