12 イオの特訓
「んじゃ、外でやろうぜ。流石に寮の中でやるわけにはいかねえし」
「ああ……ウェンディとエレナはどうする?」
「私は……今日は止めておきます。少し続きが気になって……」
恥ずかしそうにエレナがそう言う。まあそれならそれで仕方ない。
「うむ! 私は水が凍っているから何も出来ぬ! エレナと一緒に他のマルクスの記述を探してみるぞ!」
「……そうか」
もしかしてウェンディは冬だと戦力外ではないだろうかとオルガは今気が付いた。
どうにかしないといけない。
『私もエレナちゃんの読書に付き合ってるわ。イオちゃんの特訓じゃ私居ても仕方ないしね』
「ん」
珍しい、と思いながらもオルガはマリアの言葉に頷いた。何時も肌身離さないボロ剣を抜いてテーブルの上に置く。
「何かマリアもエレナの読書に付き合うって言ってるからコイツ置いていくな」
「別に構いませんが……えっと、よろしくお願いします?」
「まあ気にせず読書しててもらって構わないから……部屋戻る時これ持ってきてくれると助かる」
流石にこのボロ剣を盗む奴が居るとは思えないが、念のためである。
間違えてゴミ捨て場に持っていかれる可能性の方が高そうなのでそっちの心配はしていたが。
「おーい、オルガ。先行ってるぞ?」
「今行く」
先行していたイオを追いかけてオルガは寮の外へ駆ける。
途端に冷気がオルガの全身を突き刺した。
「それで俺は何をすればいいんだ?」
雪の積もった中で、オルガは身を震わせた。
イオはしっかり戦闘着の上にコートを羽織っている。対してオルガは戦闘着一枚だ。
……冬に外に出る予定は余りなかったが、クエストの報奨金でコートの一つでも買った方が良いのだろうかと考える。
いや、他にも買うべき物はあるのだから無駄遣いは出来ないと戒めた。
そんな風に、金の使い道を考えている自分が居る事がおかしかった。
「お前えらい軽装だな……まあ良いや。そこで立っててくれればいいぜ」
「? 分かった」
そこと、示された辺りに足跡を残しながらオルガは向かう。
「んじゃ受け止めろよー」
「あ?」
「ぶっ放せ<ウェルトルブ>!」
イオが吠えると同時。抜刀された<ウェルトルブ>から迸る光。
膨大な霊力が束ねられたそれをオルガは咄嗟に横っ飛びに回避した。碌に受け身も取れずに顔面からの着地。下が雪で良かったとしみじみ思う。
「おいおい。何避けてんだよ」
そんなオルガをイオは呆れた様な声で非難してきた。
だが文句を言いたいのはオルガの方である。
「殺す気か!」
「あの程度で死ぬのかよお前」
「死ぬに決まってんだろ! お前俺を何だと思っていやがる!」
いや、流石に死ぬは大げさだったかもしれない。
だが怪我はしただろう。エレナに治せる程度の物だろうが。
「どういうつもりでこんなことしたんだよ」
「いや、ぶっちゃけオレ<ウェルトルブ>がどれくらい力溜め込んでるか分かんないからさ。オルガに受けて貰おうかと」
「そう言う事は先に言え……」
「言ったらお前断りそうじゃん」
当たり前だという言葉を飲み込む。そんな危険な真似わざわざしたいとは思えない。
「分かってんならそもそもそんな事やらせんな」
「別にオレは良いんだぜ? オルガが断ったなら断ったで。エレナに頼むから」
と、口では言っているが。イオが実際にエレナに頼む事は無いだろう。
確かに彼女ならば能力的に適任とも言えるのだが。性格的に不適任である。
「エレナにはオルガに断られたから……って言っておくからさ」
「卑怯だぞお前」
そう言われたらオルガには断るという選択肢が消える。今度は剣を抜いてしっかりと構える。
「今昨日の夜分ぶっ放したから後はそんな大したことのない威力だから心配すんなって」
「ああ、そうかい」
だが今はその威力を大した事がある威力にしようとしているのだから備えるに越したことはない。
「所で何か宛はあるのか?」
「無い。だから色々と試してみる」
そう言いながらイオは<ウェルトルブ>を鞘に収めた。
そのまま、柄を握って何やら力んでいる。
「……何してんだ?」
息を止めて顔を真っ赤にしている姿は女子としては如何な物かと思わないでもない。
だがイオに対しては今更かと思いながらも、オルガはそう尋ねた。
「早く力溜まらないかなって」
「なるほど」
まあ本当に片っ端から効果のありそうなことを試しているのだろうとオルガは思った。
イオが力んでいた時と、そうでない時では威力に差が見られなかった。
「次だ!」
全力で振るうのではなく、ヘロヘロと気を抜いて振るう。
差が無かった。
「っていうかこれ、差があったとしても使い物にならないだろ」
「オレもそう思った……次行こう次!」
見た目、違いが判らなかった。
「今何したんだ?」
「振る時、出て行くなーって思いながら振ってた」
見た目同様、結果にも違いが無かった。
「気にせず行くぞ! 次!」
めげずにイオは次なる試行を行う。
「ほどほどで頼む! <ウェルトルブ>!」
今回は分かりやすい。口上が控えめになっている。
「お前何かヤケクソになってないか?」
「出来る事は片っ端からだ! で、どうだった?」
「何時も通りだ」
「ちくしょう!」
その後も日が暮れるまで手を変え品を変え。
よくそこまで色々と思いつくなと思いながらも、オルガはイオの剣戟を受け続ける。
そうやっていると、エレナが寮から出て来た。
「二人ともまだやっていたんですか? もう真っ暗ですよ?」
完全に日が落ちた。空は既に星と月が輝き始めている。
「今日はこの辺にしておこう。暗くなってきて受け損なったら危ない」
「……だな」
満足は出来ていない様だったが。イオもオルガの言葉に頷いて<ウェルトルブ>を鞘に収めた。
「まあ一日でどうにかなるとは思ってなかったけどよ……何かこう、とっかかりくらいは掴みたかったな」
「あんまり根を詰め過ぎても良くないからな。気長にやろう」
「そうだな。うっし、風呂入ろ風呂! エレナ一緒に入ろうぜ」
「えっと……イオさんと一緒に入ると胸を凝視して来るから嫌なんですけど……」
珍しく。エレナが拒否的反応を示した。それだけ嫌だったらしい
「そんな寂しい事言うなよ。あんまり見ないからさ。ウェンディも誘って三人で入ろうぜ」
「二人セットだと見るだけじゃ済まなくなるから余計に嫌なんですが……」
「まあまあ」
半ば強引に引っ張りこんでいくイオに仕方ないなあと言う笑みを浮かべながらついていくエレナ。
何だかんだで友人の誘いは断らないらしい。
『嫌よ嫌よも好きの内って事ね』
マリアの発言に色々と台無しだよ。とオルガは思った。
イオも大分煮詰まっている……