10 騎士物語2
「騎士エリオット物語に出てくるマルクス……? ってアレだろ。あの嫌味な奴」
オルガが読んだこと無いだけで、結構有名な話だったらしい。
イオに話を振ったところでこう即答された事でオルガはそう感じた。
「やっぱり有名なのかこれ」
「無茶苦茶有名だわ」
知らなかったのかとイオに突っ込まれる。スラムに本なんて有る訳が無い。
「んで何だ? 初めて読んだから布教でもしようって?」
「それもあるんだが」
「あるのかよ。オレは騎士グラザームが好きだな。何度負けても立ち上がるのはかっこいいぜ」
「む? エリオット物語の話をしているのか? 去年見た戯曲は傑作だったぞ。エリオット役の役者が熱演でな……」
「ああ。オルガさんも読み終わったんですね。オルガさんああいうの好きかなって思いましたけどどうでしたか?」
「とても面白かった」
「それは良かったです」
そのままどのシーンが良かっただとかの話になりかけたところで。
『オルガ。本題忘れてる』
マリアに促されてオルガもハッとした。初めて熱中した物語について語りたいとは思うが今はそれどころではなかった。
「実はだな」
マリアの経歴とこのマルクスと言う人物の描写が似通っているのだという話をすると三人とも微妙な顔をした。
「いや、お前マルクスって言うとすげえ嫌な奴だぞ?」
「うむ。調べた訳ではないが……一番人気ないな」
「その、正直人としてどうかと思う様な人物なのですが本当に……?」
読んだ時はこれがマリアの手掛かりと思って気にしていなかったが。
改めて考えるとマルクスがマリアの写し身だとしたら相当にヤバい奴なのでは? と言う思いが今更湧き上がってきた。
『ち、違うわよ。殆ど誤解だったり私からした事じゃないってば。勝手にそうなったのよ』
「……一応、当人は誤解だと言っている」
「誤解でどうやったら人んちの奥さん寝取れるんだよ」
「いえ、待って下さいイオさん。マリアさんは女性。という事は……」
「む? どういうことだ?」
「クソビッチじゃねえか」
『誤解が酷い!』
ウェンディはどういう事か分からずに首を傾げていた。何時までも純粋で居て欲しいとオルガは思う。
「いや、多分マリアはそう言う事はしていない……と思うぞ?」
『そこは自信もって断言して良いから! してないわよ! したことないわよ!』
今サラッと結構な発言をしていた気がするが、オルガはスルーした。
マリアも自分が何を口走ったのか良く分かっていないだろう。
「まあとっとと成仏させるためにオレ達も調べるか。オレも久しぶりに読みたいし」
「確か図書館にシリーズ一通りあったはずですよ」
「うむ。我も久しぶりに読みたくなってきたな」
どうせ雪が降っている今、クエスト何てやる余裕はない。
この雪の中で魔獣と戦うのは自殺行為だろう。
評価点に余裕がない小隊はその自殺行為を行っている様だったが。
雪の中で魔獣を倒すのも、行方不明者の捜索をするのも大変だ。何か、行方不明者の捜索増えている気がするオルガだった。冬のせいだろうか。
「でもマルクスの最期ねえ……覚えてねえな」
「主役と言う訳ではないですからね。寧ろ――」
「嫌われ役だったな!」
『ねえオルガ。やっぱりこれ私じゃないんじゃないかしら。何だか勘違いな気がしてきたわ』
「大丈夫だ。普段の言動見る限りこれは間違いなくマリアだ。自信を持って良い」
『ねえオルガ。はっ倒すわよ?』
と言う訳でオルガ小隊は冬の大読書大会となった。
「オルガ。この巻だ! グラザームが最高にかっこいい巻だから!」
「いや、それよりもマルクスを……」
「待って下さいイオさん。まずは順番通りに頭から読んでいくべきではないでしょうか。この相棒フリンチについて理解を深めるには一番です」
「それも興味はあるんだがまずはマルクスから……」
「オルガよ。このアール・クトレフ版はエリオットについてより深く書かれているぞ。エリオット以外は碌に書かれていないが」
「なあ皆。マルクスについて調べてるって事を忘れないでくれよ?」
『単に自分の推しを勧めているだけね』
どれも気にはなるが、まずは漸く見つかったマリアの手掛かりを確認したい。
「取り合えず俺は順番に読んでいくからみんなは手分けしてマルクスの記述を探してくれ」
「うーい」
「うむ!」
「分かりました」
何故だろう。エレナしか頼りになりそうにない。
「……マルクスには兄弟が居たのか。騎士イーサン。ナイツオブナイツ。最高の騎士、か」
『え、これうちの兄貴? 嘘でしょ。私よりもよわっちい人よ? あとこんなにかっこよくない』
妹から400年越しでこんな風に言われるとは兄も思っていなかっただろうなとオルガはちょっと同情する。
話を聞く限り、マリアと比べたら大概の人間は弱いだろう。と言うかマリアが人としての理から外れている。
「優れた騎士であるイーサンと、素行の悪いマルクス。やたらこの二人は対比されてるな」
『妹より優れた兄など居ねえ!』
「逆だろ」
とは言え、主人公はあくまでエリオット。
マルクスについての記述はそう多い物とは言えず、僅かな記述も嫌な奴と言う一言で纏められる。
『うーん。誰がモデルかしらエリオットって。何か心当たりが結構いるんだけど』
「複合じゃないのか? モデルが一人とは限らないだろう」
『それもそうね』
流石に冊数があるので、一日では読み切れない。
それでも一週間をかけて勉強しながら読んでいくと分かった事があった。
「……途中からマルクスが消えたな」
死んだとも生きているとも言わず。
唐突に物語から姿を消していた。兄であるイーサンは残っているにも関わらずだ。
『……この辺りで私死んじゃったのかしらね』
少し浮かれていて忘れていたが、マルクスについて調べるという事はマリアの死因に近付くという事だ。
それを考えるとオルガの言動は少々無神経だったかもしれない。
「すまん……ちょっとはしゃいでた」
『だから気にしなくていいってば。もう終わった事なんだし。でも私の死因は分からないわねえ』
これがもうちょっと目立つ役柄だったならば多少は記述を割いて死を演出していたのかもしれないが、本当にマルクスは突然に消えてしまった。
「他にお前っぽい奴はいないか? 別の奴がお前をモデルにしている可能性だってあるだろ」
『うーん。それっぽいのは居なかったわね』
マルクスについて分かったのは、騎士エリオットと共に旅立ってから三年目。凡そ18歳の頃に物語から姿を消したという事だけだった。
オルガが読んだこと無いだけで、結構メジャーな話。
ここに出てくる様な魔獣とか実在したら世界が滅んでいるのでリアリティの薄い話として扱われている。