09 騎士物語1
昨日二話更新しているのでご注意を
『雪積もってるわねえ』
「そうだな……」
エレナが見つけて来てくれた新しい本を読みながらオルガは生返事をする。
既にこれで三冊目。最初の童話を読んでから一月が経っていた。
オルガも大分読む方はスムーズに読める様になってきた。
時折羊皮紙に書き取りをしているが、マリアに知らない単語を尋ねる頻度も減りつつある。
『……暇なんだけど』
「そうか」
外は雪がどんどんと積もっている。
こんな日に外へ出る人間は余程の用事があるか。或いはこんな日にでも外に出ないと行けなくなってしまった計画性が無いかのどちらかだ。
そしてそのどちらもオルガには当てはまらない。
故にこうして勉学に励んでいるのだ。
さて、ここでマリアについて思い出してみよう。
彼女は物に触れないし、誰かとお喋りできるわけではない。
唯一の例外はオルガとの会話だったのだが――今、彼は文字を覚えるという事に必死だ。
幸いと言うべきか。つい先日あった試験はオルガ好みの――と言うと語弊があるが単独での戦闘技能を問う物だった。
まるでその前の試験をおさらいするかのような珍しい魔獣。オルガが討伐したのはナイフよりも遥かに鋭い前歯を持つウサギ型の魔獣だった。
それは相手の直線的な軌道を読んで、そこへ朧・陽炎斬りを置くという方法で自滅させた。
そして次の試験が再び学力を問われる物ではないという保証はない。寧ろ今後も武力だけを問われる可能性は低いというべきだろう。
故にオルガも今まで以上に真剣に取り組んでいた。
そうなるとどうなるか。
『……暇だわ』
「そうか」
何も暇を潰す方法がないマリアは途端に退屈を持て余すのである。
ふよふよ浮いて、考え事を弄ぶが元々マリアは頭を使うよりも身体を動かす人間だ。
考え事は到底暇潰しにはなり得なかった。
ならばとオルガの読んでいる本を後ろから覗き込んで一緒に読書する。
『あ、これ知ってる』
「そうなのか?」
読んでいる本の内容ともなれば、オルガも多少は興味を惹かれたのか。
そうか以外の返事が戻ってきたことにマリアは満足げな顔をした。
『ええ。多分物凄い詳しいわよ』
「そんな昔からある話なのかこれ?」
本自体は新しめの装丁だが、中の話は旧い物なのかと思っているとマリアが首を横に振った。
『そうじゃなくて。その話のモデル私』
「……何?」
『だからそれ私の偉業がモデルになった話だって』
「……いや、聖剣使ったって書いてあるんだけど」
『それは知らないわよ。創作されたんじゃないの?』
そう言いながらマリアの指が一人の人物の名前をなぞる。
『さっきから見ていると、コイツのやってたことって大体私のやってたことなのよね』
「いや、って言うけどな……コイツ男だぞ?」
『不思議よね』
確かに。マルクスと言う名で記された男の行動はどことなくマリアっぽいと言えなくもない。
名前もちょっとだけ似ている。
だがしかし。
「この村娘を侍らせて酒宴を開いたって言うのは」
『侍らせたなんて失礼ね。向こうから寄ってきたのよ』
「この他人の奥さんに言い寄ったって言うのは?」
『違うわよ。向こうから声かけて来たの。私女なのに! 旦那さんに睨まれて大変だったんだから!』
「この主人公をだまし討ちで叩き伏せて地面を舐めさせたって言うのは……?」
『だまし討ちは一切記憶にないけど、叩き潰したのは数が多すぎてどのことだか覚えていないわね』
全体的にマルクスと言う男は嫌な奴として出てくる。
強いのだが品性に問題ありと言う書かれ方だ。
「……お前これでいいのか?」
『この美少女捕まえて髭面の男って言うのは納得いかないけど! でもまあ良いんじゃないかしら』
憤慨しながらも、マリアはどことなく満足そうな顔をしている。
『創作で、アレンジされていて原型留めていないとしても私が居たって痕跡が僅かでも残っている。嬉しい事よ』
だって、誰かも覚えて貰って無ければそれは死よりも辛い事だから。
マリアの呟くような囁くような言葉にオルガは考え込む。
「誰からも忘れられたら、か……」
『そんなに真剣に悩まなくても良いのよオルガ。所でどこかにオーガス流について書かれてない?』
「いや、それは微塵も」
『ちぇ』
だが、とオルガは思う。これは結構な手がかりではないだろうか。
「でも、このマルクスって男にマリアのやってきたことが投影されているならこいつが出てくる話を調べればマリアの事も分かるんじゃ?」
『……! そうよ。オルガ頭いいわね』
闇雲に探すよりも特定の物語に出てくる人物について調べる方が楽だ。
何より良いのは、あくまでこれは聖騎士が出てくる物語。
創作が含まれているにしても、いやだからこそ。図書館でも持ち出し不可になる様な本ではない。
「エレナやウェンディ、イオにも聞いてみよう。何か知ってるかもしれない」
400年前の剣士よりも、この物語の誰という方が向こうも応えやすいだろう。
初めてと言ってもいいちゃんとした手掛かりにオルガは頬が紅潮するのを感じた。
「やっと、お前との約束を進められそうだ」
『何、気にしてたの?』
「イオじゃないけど、現状俺が受け取ってるばかりだからな」
『気にしなくていいのに。オーガス流の再興って言う約束も大事よ』
それでも気にしてはいたのだ。
それが一歩前進した。それを喜ぶオルガにマリアは苦笑した。
『オルガの方が嬉しそうでどうするのよ』
「ああ。そうだな。確かにそうだ」
当人よりもはしゃいでいたと指摘されたオルガは表情を引き締める。
「取り合えずまずは。この話を最後まで読んでみようぜ」
『そうね。この話の結末が私の記憶と一緒なら大分信頼できる記録だと思うわ』
――そうして読み終えて。
『ちょっと何よこいつ! ぽっと出の癖に私が華麗にグリフォン討伐した所横取りしてんじゃないわよ!』
「落ち着けって。主人公コイツ何だから仕方ないだろ」
『っていうかこの程度の奴に遅れとらないわよ! コイツ私じゃないわ!』
「諦めろって。オチ以外は全部マリアみたいな奴なんだから」
『認めなーい!』
やはりマリアは周囲から見ても蛮族……!