08 雪の中
何か二重投稿になってたので、お詫びがてら二話目です。
「匙投げるの早いなおい」
「……えっと、その。オルガさんはそんなに……?」
「いや、それ以前の問題だった」
「と言うと?」
ウェンディが首を横に振りながら答える。
「我とオルガの学力に差がありすぎて、どこから手を付けていいのか分からない」
「という事だ。俺もウェンディが何を言っているのかさっぱりわからん」
「あー」
イオが納得した様な、していない様な曖昧な声を出す。
「マーカルオットの第二定理って何だ……?」
「いや、オレに聞かれても分かんねえよ」
「ううむ……経済の基礎なのだが」
つまるところ、ウェンディが基礎だと思っている物すらオルガには難し過ぎた。
『寧ろ一週間も良く持ちこたえたわよね』
二人とも責任感はあるので頑張っては居たのだ。その分時間を無駄にしたとも言えるのだが。
「と言う訳で交代だ! どっちか頼む!」
「んーじゃあオレが教えるか?」
「……いや、出来ればエレナで」
「私ですか?」
唐突に指名されたエレナはきょとんとした顔で己を指差す。
『何かしらオルガ。専属家庭教師はおっぱい大きい子の方が良いの?』
マリアの戯言は無視して。
「……非常に個人的な問題で恐縮だが、連続で年下に教わってまた理解できなかったらダメージが大きい」
「オッケー。皆まで言うなオルガ。お前の気持ちは良く分かった」
結構真剣に凹んでいる様子のオルガの肩を叩いてイオが励ました。
年下の言っている事が全く理解できないというのがこれほど己にダメージを与えるとは思っていなかったオルガである。
「んじゃウェンディ。ちょっとオレの特訓に付き合ってくれよ」
「うむ? 別に構わぬが、外は雪だぞ」
「大丈夫大丈夫。ちょっと外で試してみたい事があるだけだから」
小隊の年下二人が連れたって外へ出て行く。
それを見送るオルガは何となく不安である。あの二人、結構仲が良さそうだが揃えると無茶な事をし出しそうである。
せめて保護者が欲しい……と思っているとヒルダと眼があった。
任せろと言うように頷く灰色のメイド。何時の間にそこに居たのかと言う疑問を棚上げにすれば頼もしい相手だ。
「じゃあ……ちょっと待っていてくださいね」
エレナが一度自分の部屋に戻って、一冊の本を持ってきた。
「私が子供の頃に読んでいた本です。多分オルガさんでも読みやすいかと……」
「へえ」
そう言って軽く目を通してみると平易な文章で書かれているので確かにオルガとしても読みやすい。
幾つか分からない単語もあるが、その位ならば最悪マリアにでも聞けば何とかなりそうだ。
「分からない単語を書き取って、覚えていくのが良いのではないかと……」
「なるほど……」
『あら、私の知ってる話も混ざってるわね。懐かしいわ』
それはつまり、400年前から伝わっているような物語という事だろうか。
結構貴重な話ではないだろうか、それ。
「んじゃちょっと読んでみるよ」
「はい。私も次に読むのに良さそうな本を探しておきますね」
エレナから借りた本を自室へ持ち帰って机の上で広げる。目次に並ぶタイトルの中で一つ、マリアが目を止めた。
『あ、この十人の小人の話。私好きだったなあ』
「んじゃこれから読んでみるか」
ご主人様に仕えていた十人の小人。
小人たちはそれぞれ家の中を綺麗にする役割を持っていました。
小人たちは一人でも欠けたら家の中を綺麗に出来ません。
だからみんなで協力して家の中を綺麗にしていました。
家の中を綺麗にするとご主人様は小人たちを褒めてくれます。
小人たちはそれが嬉しくて、毎日毎日家の中を綺麗にしていました。
ある日ご主人様はお酒をたくさん飲んでしまいました。
酔っぱらったご主人様はもう大変。
家の中を滅茶苦茶にしてしまいます。
そんなご主人様に小人たちは怒りました。
みんなで協力して酔っぱらったご主人様をベッドに寝かしつけます。
散らかってしまった部屋を、小人たちは片付けます。
とてもとても長い時間がかかりましたが片付けます。
みんなで協力して、元通りになる様に片付けます。
そうして、綺麗になった家の中で小人たちはご主人様が目覚める時を待っています。
また褒めてくれることを楽しみにしながら待っています。
おしまい。
「……綺麗に、っと」
分からなかった単語を書きとってオルガは一息吐いた。
「つまりみんなで協力して事に当たりましょうって話か。後お酒はほどほどに?」
『うん、そうね……』
オルガの雑なまとめにマリアは首を傾げていた。
「どうしたんだよ」
『うん。大したことじゃないんだけどね。私の知ってる内容とちょっと違うなーって。いや、メインのテーマは一緒なんだけどね』
そりゃあ、400年もあればこういう童話的な物はマイナーチェンジを繰り返す物だろうとオルガは思う。
つまりは本筋だけは維持されて、枝葉末節はどんどん書き換えられていくのだ。
「そう言う事も有るだろうよ」
『そうね。難しく考えすぎたわ。タイトルが一緒だからちょっと気になっただけ』
しかし、この本は結構読みやすいなとオルガは思う。
マリアと言う読み聞かせ役がいるので、オルガ一人でも勉強が出来る。
良い本を貸してくれたエレナには感謝である。
『次読みましょ次。この沼の中のトカゲって話気になるわ』
「昔親父から聞いたことあるな。泥に塗れてでもやるべき事があるとかそんな感じの話だったような……」
『ネタバレは止しなさいな。それじゃあ読むわよ――』
マリアが結構良い声で次の話を読み始める。
分からない単語が出てくるたびにいったん止めて貰い、単語を十回ほど書き取る。
流石にそれだけでは覚えられないので読み終えたらまた何回か。
インクと羽ペン、羊皮紙は学院に申請すれば無償で提供してもらえるので助かった。
尚、その物語の内容についてだが――。
「トカゲえ……何でお前はそんなになってまで……どこまで一途なんだよ」
『どうしましょうオルガ。私、トカゲ型の魔獣が出て来てももう斬れないかも』
「俺もだ……」
二人の琴線を刺激しまくりな内容であったという。
トカゲの話は本題には全く関係ない。