07 冬が来る
大遅刻です……すみません。
オルガがマリアの事を明かしてから早一月が経過した。
その間特に、三人の様子が変わった事も無いし、誰かに秘密を漏らした様子も無い。
だからと言って、別にマリアとコミュニケーションを取ろうとするわけでもなく。
要するに何時も通りだった。
そりゃ姿も見えず声も聞こえない相手が居ると聞いても、その相手と交流しようとは思えないだろう。
オルガとしては自分を避けないでくれただけでも上出来な結果だ。
それはさておいて。
また学院の試験がやってきて――そして終わった。
「……もうダメかと思った……」
全身に冷や汗をかきながらオルガが青い顔をして呟く。
もう冬も近付いていると言うのに、汗が止まらない。
「純粋に知識量を問われる試験だったな」
「うむ! 魔獣退治の度に沢山覚えたからな! 我らは余裕だった!」
イオとウェンディが特に焦りも見せずにそう言う。
今回の試験は驚いたことに筆記試験であった。
メジャーな魔獣の弱点や生態を問われたり、マイナーな魔獣の弱点を類似種から類推せよという様な論述問題まで。
400点満点で、200点からの差分がそのまま評価点に反映されるという試験だった。
つまり最大で一気に200点も稼げるという非常にボーナス的な試験だったのだ。
無論、満点ならばである。
「えっと、オルガさん? どうしてそんなに苦戦されたんですか?」
エレナも特段、試験に対して不安は無い。
オルガ達はワニ型魔獣討伐時の手痛い失敗から、事前調査を欠かさなかった。
必然、魔獣についても多くの知識を蓄える事となり、恐らくは全体としても高得点の部類だろうと感じている。
「――なかった」
「今なんて?」
物凄い小声で言われたため、聞き取れなかったイオが聞き返す。
「字が、書けなかった……」
「あー」
羞恥と落胆の入り混じった表情でそう告げるオルガの顔をイオは直視できなかった。
何時もの様に揶揄うのも躊躇われる。
『オルガは頑張ったわよ! 五歳児レベルの語彙でどうにか解答しようとしたんだから!』
マリアはそう言って励ますが――励ましになっていない。
五歳児レベル……と更に落ち込んでいた。
「どのくらい解答できたんですか?」
「……どうにか、半分は埋められた」
もう少し時間があれば……と思わずには居られない。
何しろ貧弱な語彙でどうにか自分の頭の中にある文章を表現する事に時間を取られ過ぎたのだ。
論述問題は殆ど回答できなかった。
他の記述問題はどうにか埋められたので合計すれば。
「……多分ちょっとマイナスかその位」
「なるほど……いえ、0点だったら大変な事になっていましたので幸いと言うべきでしょうか」
今マイナス200点も喰らったらオルガの点数は殆ど枯渇する。
そうならなかっただけマシと思うべきか。
「うむ……しかしまた同じような試験があったら困るぞ」
ウェンディの呟きがオルガの胸に突き刺さる。ぐうの音も出ない程の正論だ。
「勉強するしかないな」
その言葉にオルガは肩を震わせた。一応、してはいたのだ。
入学当初は読むのが手一杯だったオルガも書けるようにはなった。
だが――そもそも学院側の想定している基礎学力には到底届いていない。
最低限の足きりとしてこの様な試験が今後もあるのだとしたら。
オルガの学力アップは急務だった。
しかしである。
「勉強、か……」
フェザーンと対峙したときでさえ見せなかった様な狼狽振りをオルガは披露する。
その単語は元々好きではなかったが学院に入ってから更に嫌いとなっていた。
そんな事をする時間があったら剣を振って少しでも強くなりたいというのが本音だ。
語彙が増えたところで魔獣を倒せるわけではないのだから。
とは言え、まともに読み書きが出来なければ困るというのも理解できる。
「オレ等の中で一番成績良いのは――」
「うむ! 我だな!」
堂々とウェンディが宣言する。
その言葉にオルガは狼狽えた。
「……え、ウェンディって成績良いの……?」
「お嬢様は幼い頃より最高の教育を受けて来ておりますので」
『うわあ! 出た!』
また今回も気配を感じられなかったのだろう。灰色のメイドの出現に、マリアが大仰に驚く。
『最近ヒルダちゃんの気配を探ろうと結構頑張ってるのに……! また擦り抜けて来たんですけど!』
「お嬢様は努力家ですから、勉学においては常に優秀な成績を修めております」
「むう、ヒルダよ。そんなに褒めるな。こそばゆい」
「いや、ウェンディ本当に頭いいんだよな……オレの仲間だと思ってたのに」
「ええ。私も時々教えてもらいますよ。教え方も上手なんです」
イオはまあ、成績はギリギリ合格点と言ったところだ。エレナは上位の方ではあるが、それでもウェンディの方が高い。
ちなみにウェンディは今回の試験で評価点が1000点に到達した。
無論試験はまだまだあるため安全圏とは言えないが――恐らくは一番乗りだろう。一人で中型魔獣を倒したりしていた彼女はかなりのハイペースで点を稼いでいた。そんな訳で彼女には余裕がある。
「つまり、我がオルガに勉強を教えれば解決という事だ!」
「ええ……」
ウェンディ以外の三人からその成績についてお墨付きをもらってもオルガはまだ不安だった。
まさか口に出しては言えないが……ウェンディってちょっと馬鹿っぽいから心配である。
「安心したまえオルガ! 我の指導を受ければ難関と呼ばれるアカデミーの入学試験も合格できるようにしてやろう!」
「いや、アカデミーはマジで良いから」
しかし胸を叩いて請け負うウェンディの姿は頼もしかった。
「丁度冬だ。これからは雪も降る」
「そうなるとどの道魔獣討伐は危険ですから時間が空きますね」
「うむ! その間に我がオルガを一人前の学士にしてやろう!」
「普通に読み書きができるレベルで良いよ……いや、本当に」
『ついでだからオルガ、古典も読めるようになっておきなさいな。多分、私の頃の文章ってかなり読みにくいわよ』
まず間違いなく、混乱するから今は却下だ。
古典については後日余裕があれば手を出す事も検討したいとオルガは思った。多分、検討の結果出さないという結論になるが。
「それじゃあ、よろしく頼むよウェンディ」
「うむ! 大船に乗ったつもりで居ると良い!」
そして一週間後。
「うむ! 無理だ!」
ウェンディが匙を投げた。
ウェンディはその気になれば何でもできる奴。何でここにいる……




