01 入学拒否?
「本当にこれ、聖剣じゃないんです?」
諦めきれずにオルガはそう尋ねた。
十代半ば位の赤い髪の少年だ。その年代には似つかわしく無い、焦りの表情が浮かんでいる。
オルガの処遇に頭を悩ませている教師の一人がもう一度見て言った。
「うーん……一応錆びたりはしない筈だからね」
確かに錆びて、おまけに切っ先が微妙に折れてる。
こんなん巻き藁だって切れやしないだろうというのはこの場に居る全員が共通して持つ見解だった。
教師達から見ても、聖剣の残骸ですら無いらしい。
つまりはゴミである。
「どうします?」
試験を受け持っていた教師達が集まって協議している。
オルガは試験には合格した。筆記は限りなく怪しかったし面接は当たり障りの無い事しか言えなかった。
だが、実技は高得点だったという自負がある。
教師を叩きのめしたのは自分だけだろうと誰かに自慢したい位だ。
何しろ生まれは王都周辺に広がるスラム。育ちも同じく。
まともな教育は受けた記憶は無いが、喧嘩やらの荒事は日常茶飯事だった割とデンジャラスな住処だ。
腕っぷしが無ければ生き延びられない。
兎も角、こうして聖剣選定の儀まで進めた以上、それらの試験は全てパスしているはずだ。
だが、聖剣には選ばれなかった。
聖剣を持った騎士が聖騎士と呼ばれる以上、そもそも聖剣を持っていないオルガには入学の資格がないのではないかという意見だ。
オルガ自身、自分の事じゃなければ全く以て同意せざるを得ない意見だ。
ただ、入学条件に聖剣に選ばれることという文字はない。
というよりも、そんな事を想定していなかったので書いていないだけの可能性すらあった。
つまり、オルガは別に入学を拒否される理由は無いのだ。少なくとも規約上では。
「オルガ君には可哀そうだが、入学は――」
そんなオルガにとって望ましくない結論が出かけた。
「待――」
「良いじゃないですか」
何を言うかも纏まらない内に声を挙げかけた彼の言葉を遮ったのは、他の教師よりも年嵩の少しだけ偉そうな人。
白い髭を蓄えた初老の男性だ。
「学園長!」
「どうしてこちらに!」
偉そうな人、ではなく事実偉い人だったらしい。
オルガも思わず佇まいを正す。
余り育ちの良くないと自覚している彼でさえ、学園長には抗いがたい雰囲気があった。
それは他の教師たちも同じなのだろう。皆表情が強張っている。
「試験の処遇でもめていると聞きましてね」
そう言って、学園長はオルガの顔を覗き込んだ。
次に、オルガの手にしたゴミ――もとい、ボロ剣に。
その目が興味深そうに細められた。
「ふむ……これは間違いなく保管庫から出て来た物なんですね?」
「はい。それは間違いなく」
「ならば。これが彼にとっての聖剣なのでしょう」
このゴミを見て聖剣と言うなんて……この爺さん惚けたんかと突っ込みたかった。
だがグッとこらえる。ラッキーな事にオルガに都合の良い展開になっているのだから文句なんて無い。
「聖剣の格が聖騎士の格に繋がる訳ではない。多くの候補生を見て来た皆さんなら良く分かっているでしょう」
「それは、確かにそうですが」
「でもこれはその……ただのゴ――朽ちた剣ですよ?」
今コイツゴミって言いかけたぞ!
思わずオルガは心の中で突っ込む。彼自身何一つ異論はないのだが。
ぶっちゃけ要らないですこれ、とさえ思っているのだからオルガの方がよっぽど酷い。
木刀でも貰った方がまだ使い道がある。
「別に構わないでしょう。彼が強ければ、この学園で生き残れる。弱かったのなら、他の学生と変わらず退学してもらうだけです」
何の気負いもなく言われたその言葉にオルガは思わず喉を鳴らす。
そうだ。この聖騎士養成学園の退学率は驚きの99%だ。
800人が入学して無事に卒業できるのは10人程度だというのだから驚きである。
三年間の学園生活の中で容赦なく振るいにかけられて、極一部の猛者だけが生き残れる競争社会だ。
そんな狭き門にオルガは挑み――今第一歩で躓いている訳だ。
この学園長の言う通り、例えここで入学を認められたとしても要所要所の試験では聖剣抜きで挑まないといけない。
聖剣を持っていても、99%が落第となる試験に。
「君は大きなハンデを背負う事になる。それでも君はこの学院に入学する事を望みますか?」
そのハンデは、まだここでの生活を始めてすらいないオルガにだって分かる。
最早致命的ともいえる物だろう。
だが、即死ではない。
例えすぐ先に死が迫っていたとしても、今この瞬間は生き延びられる。
ならばオルガの答えは決まっていた。
「はい」
「ならばよろしい。オルガ君」
その言葉にオルガは安堵した。
ここで入学を拒否されたら、色々と躓くところだった。
「最終試験に進むことを認めましょう」
「……最終試験?」
「ええ」
そんな物があったのか。とオルガは少し驚いた。
散々筆記テストと実技テストと面接を受けさせておいてまだ何か見ることがあるのだろうか。
「まあ、今までで不合格になった受験生はいませんけどね。一種の通過儀礼の様な物ですよ」
「はあ」
思いがけない物だったが、全員合格の試験という事は実質現段階で合格したと言ってもいいだろう。
漸く喜びが追い付いてくる。
「君が、三年後どんな聖騎士になっているか。楽しみにしていますよ」
変な事を言う人だと、オルガは思った。
まるで、自分がこの後三年間この学院で生き延びられることを疑っていない様だった。
去って行く学院長を見送って。気を取り直した様に教師の一人が咳払いをして告げる。
「それでは最終試験の概要を説明する」
「はい!」
後少しで終わるという事も有ってオルガの気合の入り方も違う。
そんなオルガを――気の毒そうに眺めながら教師はその最終試験の内容を発表した。
「選ばれた聖剣を使って魔獣一体を討伐することだ」
避けた筈の致命傷が一瞬で追いついてきたのをオルガは感じた。
聖剣(仮)の錆びた刀身を見る。
草刈りにだって使えそうもない。
教師の顔を見る。
残念だったな、という顔をしている。
あ、詰んだ。
オルガはそう思った。
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