第4話 土地の神様を見つけました
本日4話目
夜には雨が。朝には晴れる。
不思議な気象の日々は続きます。
空気に湿り気が増したせいか、心なしか肌の調子まで良い気がします。
砂と岩だらけの土地は草花に覆われ、今では細々した流れですが小さな川まで出来ています。
土地に雨が戻ったのをどうやって嗅ぎつけたのか、小鳥達もやってくるようになりました。
「もう少し川の水が増えたら、お魚も戻ってくるかもしれませんけど・・・」
川の水が増えて、その水が十分に綺麗であったら。
そうすれば聖女様のお手を煩わせずにお茶を淹れることをできるかもしれません。
今はまだ水たまりに小さな海老のような生き物がいるだけですが。
あとは、お茶を淹れるのに少しだけ苦労するようになりました。
それまでは砂漠の大地の其処此処に枯れ木があったので焚き付けに苦労はなかったのですが、連日の雨のせいで湿気ってしまい少しだけ燃えにくくなってしまいました。
もっとも、日のあるうちに適当な枝を手斧で伐採し修道院の空いた部屋に放り込んでおくだけのことですから、ちょっとした手間の問題でしかありません。
そんなわけで、あたしと聖女様はゆったりと辺地の修道院で時折迷い込んでくる砂漠トカゲなどを狩りつつも、少しずつ増えていく緑に心癒されながらのんびりと日々を過ごしていたのです。
◇ ◇ ◇ ◇
ある夜、ガガンッ、と巨大な岩か何かが崩れる鈍い音で目が覚めました。
「何でしょう・・・?」
「ひょっとして長雨で地盤が崩れたのかもしれませんね」
聖女様の仰るには、乾いた大地に水が染み込むと水の力で大きな岩が浮いたりするそうです。
それが山の方で起きると地滑りという恐ろしい災害になるとか。
普通は山林が乾いた布地のような働きをして水を吸ってくれるそうですが、近くの山は乾いた禿げ山ばかり。
「大変じゃないですか!」
「いいえ。このあたりに人はいませんし、修道院は高台にあって頑丈に出来ています。朝まで待ちましょう」
聖女様に穏やかに諭されて、あたしはまんじりともせずに夜を過ごす、つもりだったのです。
実際には聖女様の言葉と体温にすっかり安心して日が昇るまで眠りこけてしまったわけですが。
朝になってみると、草地が生い茂っていた砂の地面は一面の泥で覆われていました。
おそらくは上流から流れてきたものでしょう。
おまけに修道院から少し離れた土地の崖が崩れていました。
幸いなことに泥は浅く、また崖から修道院までは何百歩も離れています。
崖といってもせいぜい人の背丈の数倍ぐらいのものですから崩れた岩の量も大したことはありません。
それよりも。
「せ、聖女様!!大変です!ひと、おおきなひとが!」
くずれた崖の中には、大きな、とても大きなひと、の形をしたなにか、があったのです。
それが、あたしと聖女様と鉄の巨人の出会いでした。
◇ ◇ ◇ ◇
「何でしょうねえ、これ」
「土地神様、でしょうか?」
最初、人に見えたなにか、ですが人とは明らかに様子が違っていました。
砂と泥だらけの像の表面を擦って見ると鮮やかな金属の光沢が顕れます。
たぶんですが、鎧のようなものをまとっているか金属の塊であるように思われます。
それにしても、鉄であるならもう少し錆びていても良さそうなものです。
聖女様に用意していただいた桶の水で拭いますと、黒一色と見えた金属が金のような青いような、不思議な色と輝きへと変わります。
青銅か真鍮か、と表面を鉄の調理ナイフでひっかいてみましたが傷一つつきません。
人の姿を象っているように見えなくもないですが、丸い樽のような胴体に短く太く車輪のついた足、長い両手が地面につきそうな様子からは、動物が無理に鎧を着たようなおかしみを感じます。
「せっかくのご縁ですから、お清めをしてあげましょうか」
「そうですね。土地の神様でしたらこれからお世話になるわけですから」
聖女様の提案で、あたし達の日課に修道院の整備に加えて土地神様の掃除も加わることになりました。
◇ ◇ ◇ ◇
毎夜のように降り続く不思議な雨のおかげもあってか、女の細腕だけでも鉄の土地神様の掃除は捗りました。
大まかな石やこびり付いた土を箒やブラシで大まかに擦っておけば、夜の雨が汚れを流して落としてくれるものですから、さながら天然のシャワーです。
その状態では真っ黒なままですから、よいしょよいしょと水拭きしていきますと金のような青い色が顕れます。
特にやることもないので今日は右足、明日は左足、と続けているうちに半月も掃除すると鉄の土地神様は、そのユーモラスでありながら逞しい全身を表すようになってきました。と、同時に「この土地神様はいったい何なのだろう?」という不思議の念は強まるばかりだったのです。
まず、土地神様は像というには隙間が多すぎました。
普通の像は石や岩から削り出すものですから、中身は石や岩がみっちりと詰まっているものです。
ですが、この土地神様は膝や肘、指に至るまで金属に隙間があり、鋲が打たれていました。
まるで今にも動き出すのが当然の全身鎧のように。
不思議なことはまだあります。
背中に大きな歯車が露出していて動かせるのです。
最初は丸めた背中から見えている背骨のモチーフかと思ったのですが、掃除のついでに手をかけると抵抗なくグルン、と回ったのです。おかげで危うく掃除のために組んだ足場から落ちるところでした。
少しの憤りの込めて押しますと、これまた面白いように回ります。あたしは愉快になって何十回、ひょっとすると何百回もグルングルンと大きな歯車を回し続けました。
何事もない日々が続くなかで、あたしは少し刺激に飢えていたのかもしれません。
その願いは思いもよらない形で実現されることになるのですが、その時には何も気がついていませんでした。
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