境界世界
ギシギシ・・・
廊下を歩く度、ゆかが軋む音が鳴り響く。
現在、時刻は午前2時を少しすぎたぐらい。
辺りは真っ暗でとても静かな中に鳴り響くこの足音は狭い廊下な為、背後から誰かが近づいてくる様な気さえしてくる。
懐中電灯で照らすも、安物の懐中電灯である為少し先までしか見えない。
「ねぇ、もう帰ろうよ。夜の学校なんて不気味だし。」
「何言ってんだよ!まだ侵入して10分も経ってないだろ。」
「でも・・・これ不法侵入だし、犯罪だよ?」
「でもじゃない。俺たちの目的忘れたのか?」
地元の小学校の七不思議の1つ。
【神隠し】
旧校舎2階一番奥の美術室にある大きな鏡。
その鏡を午前2時半に覗くと女性が映り込む。
それを見た者は鏡の中へと引きずり込まれてしまい、二度と戻らない。
神隠しにあってしまう。
「七不思議の神隠しについてでしょ?本当、なんで来る事になっちゃったんだろ・・・」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
時は遡り
ある日の放課後
1人の生徒の失踪事件が話題となる
親友である高坂浩之から聞いた話だ。
「なぁなぁ!裕也は聞いたか!?」
「何のこと?」
「3組の橋本の事!」
「橋本…?あぁ、例の失踪事件のこと?」
「そうそれ!」
「橋本ってあの都市伝説や心霊スポットとか好きなあの?」
「そうそう。ってそうじゃなくて、あれって、失踪事件だけど本当は失踪じゃないって噂!」
「なに?どういう事?」
「神隠しにあったらしいぜ?」
「なにそれ、どうせただの家出で親が騒いでるだけでしょ。」
「僕達も高校生なんだから、家に帰りたくない事もあるじゃん。」
「んー、そりゃそうだけど…。でも、それじゃあ面白くないだろ。」
「いや、面白いって…事件になってるんだから不謹慎だよ?」
「とりあえず俺の話を聞いてくれよ。」
現在、同じ学校の生徒が1人、行方不明になっている。
噂ではその原因が地元の小学校の七不思議の1つにある神隠しによるものらしい。
その生徒の友達の話しによると
橋本は都市伝説や心霊スポット等の話しが大好きであり、休みの日にはよく1人だったり友達と一緒に心霊スポット等の場所へ行って楽しんでいるそうだ。
そして、行方不明になる前日にはどこから持ってきた話なのか、小学校の旧校舎にある美術室の鏡の話しをしていた。
次の日は丁度学校も休みだったため、1人で行った可能性が高いらしい。
「ということらしい!」
「そうなんだ、それがどうしたの?」
「いや、どうしたって気にならないのか!?」
「全然。」
「全然って…俺はかなり気になる!」
「うん。」
「という事で今度の休みの日に行くぞ!」
「えー、ヤダよ。」
「いいから行くの!今週金曜日の26時に例の小学校の南門辺りに集合な!」
「拒否権は・・・?」
「んーない!!」
「はぁ、しょうがないなぁ。少しだけだからね。」
「よっし!1人で行くのは心細かったから助かるわ!」
裕也が浩之に振り回されるのはいつもの事であるため、またかぁと言った軽い気持ちで了承してしまうのである。
しかし、この時の裕也はまさかあんな事が起きるとは想像もしていなかったのである。
七不思議を確かめに行く。
そう決めた日からの日々はこれまでと何も変わらず穏やかな物だった。
しかし、行方不明になった橋本については何も変わらず、今も行方不明となっている。
警察も捜査に尽力を尽くしているが神隠しにあったと言う情報以外は何も入手出来ていないらしい。
どうして警察の情報を得ているのか。
それは親友である永田浩之ひろゆきの父が警察の中でもそこそこな警部補であり、今回の失踪事件を追っている人であるからだ。
捜査状況として都市伝説を扱う事は無理がある為、現在はどん詰まりの状況であるそうだ。
「それにしても、よくお父さんが例の学校に行くこと許してくれたね。」
「おっ・・・おう・・・!!」
じとー
「おっ、おい。そんな反応で見るなよ…。」
「その反応はなに?まさか、無断で行く訳じゃないよね?」
2人は親友であるが幼少の頃からの幼なじみでもある。
これまで裕也は幾度となく浩之の突飛な事に付き合わされる事があった。
大抵の事は問題なかったが、浩之は親に無断で行う事が多々ある。
厳格な性格である浩之の父はそう言った行動を許すはずもなく、何度も何度も雷を落としている。
そして、幼少の頃からの幼なじみである裕也については、浩之の父からは息子の様に扱われている。
そのため、浩之に付き合うが浩之が怒られる時は大抵、裕也も一緒に怒られている。
「大丈夫!大丈夫!!今度は大丈夫だから!」
「前にもそんな事言って怒られた事あるんだけど。」
「だっ、だいじょうぶ・・・」
そう言って浩之は目をそらす。
その行動は無断で行うと自白している様なものだ。
長年、幼なじみをやっている裕也にとっては嘘をつく時の浩之の行動も把握してる事もあり、今回の事も父親に無断である事が伺える。
まぁいつもの事だしいっか。
バレて怒られる時は適当に言い訳作って浩之1人に押し付けよう。
裕也は浩之と違って頭が良い。今までも怒られそうになった時は適当に言い訳をして浩之1人に押し付ける事ができた事は何回もある。
「わかった。そういう事にしといてあげるよ。」
「そういう事じゃなくてそうだ!!」
「はぁ・・・」
そんな話をしつつ毎日が過ぎ、日が経っていく。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
約束した金曜日の放課後
2人は現在、教室で静かに話している。
「なぁ裕也、今日の約束ちゃんと覚えてるか?」
「約束?なんの事?」
「は!?いやいや七不思議の事だよ!」
裕也は首をこてんと傾けて
なんの事?っと言う感じで知らないフリをする。
「いや、男がそんな事してもキモイわ!」
「キモイ言うな!そんな事言うなら夜の学校に行かないよ?」
「すまん、だがお前が変な事するのが悪いんだろ。」
「あはははは、大丈夫大丈夫。約束もちゃんと守るから。」
「わかった。信じてるからな。」
「うん。それで、何時にどこで集合するの?」
「あー、あそこって俺の家からだとお前の家の近くを通るのが最短ルートだし、裕也の家の前に午前2時に
着くようにするよ。」
「わかった。」
待ち合わせの予定を決めて、まっすぐ家へと帰る。
何事も無く家へ着いた。しかし、今夜の事がどうしても頭から離れない。
何故かとても嫌な予感がするのだ。
今までもこういう嫌な予感がした時は大抵は何も無いのだが何か嫌な事が起きる事もしばしばある。
今でさて考えるだけで背筋が凍るような気がするの に、結構の時が来たらどうなるんだろう。
ちゃんと浩之についていけるかな。とても心配だ。
そんな不安に駆られてしまう。それを少しでも紛らわすために剣を振る動画を見る。
ある程度の時間を潰して夜ご飯を作って食べて、風呂に入る。
面白くもないテレビを見たり、スマホゲームをしたりと時間を潰していると少しウトウトしてきてしまう。
時間を見ると既に時刻は午前1時半を過ぎている。
「そろそろ約束の時間か…。寝ないように顔を洗おう。」
そう独り言を呟いて洗面所で顔を洗う。
「ん?今なんか鏡に・・・気のせいか。ちょっとビビりすぎだよね。」
ここは自分の家でこれまで霊的現象は確認した事がなかった。そのため、鏡に何かが映ったような気がしたが気の所為だと判断する。
顔を洗い、ゆっくりと時間をかけて着替えも済ませた頃には時刻が午前2時に差し掛かる頃だった。
「そろそろ約束の時間だけど浩之は大丈夫かなぁ。」
裕也は独り言を喋りながら隅から隅まで施錠をしっかりと施す。
空き巣にはいられないように何度も何度も同じ所を鍵が掛かっているか確認する程慎重な性格なのだ。
もしも浩之と出会う事が無かったら、ずっと家に引き篭っていることは想像に難くない。
施錠が終わり玄関から出たら横から丁度浩之が現れた。タイミングがピッタリだったみたいだ。
「よっ!待たせたか?」
時間を確認するとたった今午前2時になった所だった。
浩之は一見大雑把に見えるが実は時間にだけは厳しいのだ。
ここだけは父親に似たらしい。
「いや、いつも通り時間ピッタリだよ。」
「ほんと、ここだけはしっかりしてるよね。ここだけは。」
「今なんで2回言ったんだよ!?俺みたいなしっかりした人はなかなかいないぜ?どや」
「いや、ドヤ顔しないでよ。あと時間考えて!近所迷惑。」
「あっ、すまん。」
お互いが沈黙してしまい、少し気まずい時間が流れる。
その時の沈黙をぶち破るのはやはり浩之である。
「早く行こうぜ。時間が間に合わなくなっちゃう。」
「そうだね。でも小学校はここから近くだしそんなに急ぐ必要ある?」
「いや、ちゃんと入れるか不安だし?まぁいいから早く行こう。」
「おっけー。」
浩之を先頭に2人は例の七不思議の起きる小学校へと歩みを進める。
歩く事数分足らずで小学校が見えてきた。
幸いと言うべきかその学校には門は既に無く、鎖で封鎖されているだけだった。
その小学校は学校と呼んで良いのか分からないぐらい寂れている。
壁は剥げ、至る所に骨組みが剥き出しとなっている。
木造建築であり、その木からは蔦が生えて旧校舎と言うよりも廃校と言った方が良いだろう。
周りには草が生い茂っており、もう何年も放置されている感じがする。
まるで別世界に入り込んでしまった感覚を覚える。
「よし着いた!時間は・・・まだ2時過ぎぐらいか、間に合いそうだな。」
「そうだね。こっからどうするの?」
「あんま考えてなかったけど、この壊れ具合ならどっからでも入れるだろ、行くぞ。」
「そうだね。何年も放置されている感じがするよ。」
「何年ってぐらいじゃないぞ。ここはな・・・」
そう言って浩之が学校についての説明を始める。
どうやらこの学校は10年以上も前に封鎖されており、具体的に封鎖された時期がわかっていないらしい。10年、若しくは20年以上も前かもしれない。
そんなに昔なのに何故まだ取り壊しがされずに残っているのだろう。
それについても謎なままである。この学校の持ち主だった人もこの件については頑なに話をしようとしない。
噂では幽霊が出るや人が殺された事がある。さらには何人も何人もの人が生き埋めにされた等と言った話しもある。
そう言った背景もあり、この辺りでは誰も近寄らない。
浩之から話しを聞きながら校舎へ近づくとより不気味が伝わってくる。
遠くからでは暗さも相まって懐中電灯だけでは殆ど見えなかったが、近くで見ると至る所の壁が剥がれ落ち、床は抜け、誰かが掘ったかのような穴さえある。
「ねぇこれ、ほんとに大丈夫なの?」
「おっ、おう…。俺も想定以上にボロくてビックリだ…。」
「じゃあ帰る!?」
「なんでそんなに嬉しそうなんだよ。行くぞ。」
帰りたい帰りたいという気持ちがつい表に出てしまったみたいだ。
僕はビビりじゃない!ビビりじゃないよ?ただ嫌な感じがするだけなの。
そう独り心の中でつぶやくのである。
浩之は生い茂った草を掻き分け、どんどん校舎へと近づいていく。その後を裕也も慌ててついて行く。
校舎前へ来ると何処から入るんだろと考えていた自分がバカバカしくなるぐらい壁に穴が空いていて自由に入れるようになっていた。
そのまま歩いていくと校舎の目の前に着いた。
本来の入口は既に崩れており、入れそうにない。
どこから入ろうかと懐中電灯で照らして見回すと、人1人が余裕で入れそうなぐらいの穴が壁にあった。
浩之はズカズカと進んでいく。
途中床の穴に足を取られそうになっている。
「気をつけろよ裕也。床板が腐ってるみたいですぐに崩れる。」
「じゃあ帰らない?危ないよ。」
「だーめ。行くぞ。」
そのまま校舎の中へと侵入する。
中へ入ってみると、外から見た時以上に荒廃が進んでおり、チラッと見える教室は床板は剥がれ落ち、天井には穴が空いていて上の階が見えている。
机はほとんど無く、壊されているものが沢山あり、原型を留めているものは1つしか見当たらない。
黒板や壁に貼り付けてあったであろう物が床にどっさりと積まれている。
1歩歩く度にギシギシと床が軋む音が響き渡る。
どんどん進んでいく浩之に覚悟を決めて裕也は追いかける。
一歩一歩慎重に足を踏み出し床を突き破らないように歩く。しかし、予想以上の脆さに突き破る事もしばしばある。
そして、最近誰かが通ったような痕跡もある。恐らく、行方不明になった橋本さんの物であると思われる。
ギシギシ・・・
廊下を歩く度、ゆかが軋む音が鳴り響く。
現在、時刻は午前2時を少しすぎたぐらい。
辺りは真っ暗でとても静かな中に鳴り響くこの足音は狭い廊下な為、背後から誰かが近づいてくる様な気さえしてくる。
懐中電灯で照らすも、安物の懐中電灯である為少し先までしか見えない。
「ねぇ、もう帰ろうよ。夜の学校なんて不気味だし。」
「何言ってんだよ!まだ侵入して10分も経ってないだろ。」
「でも・・・これ不法侵入だし、犯罪だよ?」
「でもじゃない。俺たちの目的忘れたのか?」
「七不思議の神隠しについてでしょ?本当、なんで来る事になっちゃったんだろ・・・」
そうして冒頭に戻る。
現在の時刻は午前2時15分。
七不思議の時間まで残り15分。
荒廃具合の酷さによりたった2階へ行くだけに予想以上に時間がかかってしまっている。
2階に上がったら落下の危険も有るため、今まで以上に慎重に動かねばならない。
ギシギシ・・・ギシギシ・・・
既に2人は沈黙状態にある。そこに響き渡るのは床が軋む音と隙間から流れる風の音だけ。
そこに突然聞こえる。
・・・お・・・・・・・・・で・・・・・・・・・・
「ねぇ浩之。今なんか言った?」
「いや?何も言ってない。」
「今なんか声が聞こえたような・・・」
「おい、変な事言うなよ。どうせヒューヒュー言ってる風の音だろ。ビビりすぎだ。」
「そうだよね。気にしすぎだよね。」
そうは言いっても、やはりどうしても気になってしまう。
目的の美術室までの距離が残り半分に差し迫った頃に再び聞こえてくる。
・・・・・い・・・・・・で・・・・・・・・・・・
「ねぇ!?やっぱりなんか聞こえたよ!!」
裕也はあまりの事に少しパニックになってしまう。
浩之も聞こえたようで額に汗を浮かべている。
「大丈夫だ!もしかしたら橋本さんが動けなくなってて、助けを求めているだけかもしれない。」
「うっ、うん…。」
裕也は浩之の逞しさに少し落ち着きを取り戻すも定期的に聞こえてくる先程の声、か細い女性の声のようなものがずっと恐怖心を煽っている。
・・・お・・・・・・い・・・で・・・・・
確かに聞こえる。『おいで』と。
時々聞こえてくる声、ギシギシと軋む床、ビュービュー鳴る風の音。
それら全ての現象により裕也の恐怖心は最大まで高まる。
・・・お・・・・・・い・・・・・・で・・・・
そして完全に『おいで』と聞こえた後から声は聞こえなくなった。
「ひっ…。」
「大丈夫だ。恐らく、俺らが近づいてるのを気づいた橋本さんの悪ふざけかなんかだろう。」
「そんなにビビるな。そんな姿を誰かかに見られたら笑われるぞ?」
「うっ、うん…。」
浩之はとても逞しく、自分も怖いはずなのに持ち前の正義感や精神の強さによって恐怖心を押さえ込み、裕也を気遣う事が出来ている。
そのおかげもあって裕也はなんとかパニックになってもすぐに落ち着きを取り戻し、平静を保つ事が出来る。
そうして時間を掛けつつなんとか2階の1番奥、美術室の前に辿り着く。
他の部屋は全て扉が壊れたり、空いていたりしていたが、この美術室の扉は10年以上放置されていたとは考えられないぐらいキレイな状態であった。
幸が不幸か、恐らく不幸であるだろう。美術室の扉は鍵が掛かっておらず、少し触れただけで簡単に開いてしまう。
「ねぇ、ほんとに入るの?」
「あぁ、七不思議の事もそうだが、これまでの事から橋本さんがこの学校にいる可能性が高い。」
「幸い、鍵が掛かっていないみたいだ。行くぞ。」
そう言って浩之は扉を開けて中へと入っていく。裕也も続いて中へと入っていく。
現在の時刻は午前2時25分。
七不思議の1つ、神隠しの時刻まで残り5分。
美術室の中も扉と同様、とても綺麗な状態で他の今まで見た部屋とは違っていた。
ついさっきまでここで授業をしていました。そう言われても違和感がないぐらいの状態である。
床が軋む事もなく、しっかりと足が着いている感覚がある。
そして壁や窓、天井もキレイな状態で崩壊している所は無い。
ここだけ時間が止まっているのではないか。そう感じてしまう。
部屋の中央には描きかけの絵があり、そばには椅子がある。その横の机には絵の具の付いたパレットがある。
そして、その奥には人が座るような椅子も置いてあり、ついさっきまで誰かが肖像画を描いていた感じがする。
描きかけの絵には女性が書いてあった。
それらの配置は中央にはモデルが座る用に1つの椅子があり、それを囲う様に絵と椅子、パレットが合計5箇所あった。それらを結ぶと星の形になる様に置いてある。
さらに、どこからともなく聞こえてくる
カチ・・・カチ・・・カチ・・・
時計が見当たらないのに聞こえてくる時計の音だ。
「なにこれ、どういうこと・・・」
「わからん、なんでここだけこんなに綺麗な状態が保たれているんだ。」
「いや、今はそれより…。おーい!誰か居ませんかー!」
浩之は先程の声を出していたであろう人物を探すために大きな声で呼ぶ。
しかし、その行為に意味が無く、聞こえてくるのは帰ってくる自分の呼び声だけで、誰も反応しない。
浩之が叫んでいる間、裕也は何かに惹かれるかのように部屋の中を歩き回る。
目につくのは部屋の中央にある描いている途中の5つの似顔絵。そして、部屋の1番奥に一際存在感のある大きな鏡である。
辺りを一通り見て回った後、最後に鏡の前へと向かう。
この時の裕也には先程までビクビクしていた様子は全く見られなく、様子がおかしい。
鏡の前でぼーっと立ち尽くしている。
現在の時刻は午前2時29分
七不思議の時刻まで残り1分
―この時の裕也は自分の身体が勝手に動いてしまう状態で、内心は恐怖に飲まれ今すぐ走って逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
目の前に映る鏡に見えるのは自分の姿ではなく、真っ黒な着物を着た女性の姿だったのだ。
そして、自分の脳内に直接語りかけてくる女性の声がする。
『おいで・・・おいで・・・おいで・・・』
裕也は動く事も声を出す事も意識を失う事も出来ない状態だ。―
その状態の裕也に浩之は気が付き、心配になって近づいていく。
「裕也?大丈夫か?」
声をかけて見るも返事が無い。心配に思って更に近づて行く。
「裕也?おい裕也!しっかりしろよ!」
その声に裕也が振り向く。ようやく反応を示したと思って裕也の顔を見たら・・・
何の表情も無く、まるで死人の様であった。
浩之はその状態の裕也を見て少し後ずさりしてしまう。
その時、チラッと鏡の中が見えた。そこには浩之しか映っていなく、裕也の姿は映っていなかった。
「なん…だ…これ…。」
あまりの非現実的な自体にこれまで平静を保ってきた浩之も動揺を隠せずに後ずさりしてしまう。
カチ・・・カチ・・・カチ・・・カチ・・・
その瞬間、時計の音が鳴り響く。
カチ・・・カチ・・・カチ・・・カチ・・・
ゴーン・・・・・・ゴーン・・・・・・
・・・ゴーン・・・・・・ゴーン・・・・・・
現在の時刻は午前2時半。
七不思議の神隠しの起きる時間だ。
『おいで・・・おいで・・・おいで・・・きた・・・』
頭の中に直接声が響く。
そして、時計が鳴り響いたと同時に突如、視界が光に覆われたかのように真っ白に包まれる。
目が見える様になった時には既に裕也は鏡の前から消えていた。
突然の出来事で少しの間呆然としてしまうも、異変に気づき、すぐに平静を取り戻し居なくなった裕也を探す。
「裕也?裕也!おい裕也!!どこ行ったんだよ!?裕也!!!」
大きな声で叫ぶも何の反応もない。そして、視界に映るのは今まで見た部屋の様に荒れ果てた美術室なのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「うっ…ん……。」
裕也は目を覚まして辺りを見る。
そこで見たのはとても見慣れた自分の部屋であった。
「えっ、あれ?なんだ…夢だったのか……。良かったぁ…。」
「まだ暗いし、もっかい寝よ…。」
目を覚まして自分の部屋だった事に戸惑うも、先程の出来事が夢だったと判断して落ち着く。
そして、外は暗かった為時間を確認しないで二度寝してしまう。
裕也が起きたのはそれから二時間後の事である。
「はぁ、ほんと嫌な夢見たよ…。七不思議なんて有るわけ無いもんね。」
「どこから夢だったんだろ…。」
今が何時か見るためケータイを取り出して確認しようとする。しかし、ケータイは電源が切れており使えなかった。
「あれ、ケータイ触りながら寝落ちしちゃったのかな。まぁいいや充電器は〜」
ケータイを充電すため充電器を差す。
充電が溜まるまでに時計を見に行って日付と時間を確認する。
日付は、七不思議を確認しに行った翌日の土曜日であり、時刻はお昼の12時程だった。
「……あれ、七不思議の話しは本当だったってこと?つまり…浩之と合流する前に寝落ちしたってことかな…。やば。謝らないと。」
時間的には充電も充分溜まった頃で浩之に謝罪する為ケータイを取る。しかし、電源がつかなかった。
「…壊れたのかな……。はぁ…。」
「仕方ない、直接家に行こう。たぶん居るだろうし。」
家を出る準備をするため、まずは顔を洗い歯を磨くため洗面所へと向かう。
洗面所へとつき顔を洗って歯を磨く。しかし、何か違和感を感じる。
なんだろう。そう思って辺りを見回すが何も無い。そして再度鏡を見る。その時違和感の正体がわかった。
なんと鏡に自分が映っていなかったのだ。手に持つ歯ブラシだけが映っている。
「ん…え…?え…!」
見間違いかと思い再度顔を洗って鏡を見るも、何も変わらずそこに自分が映っていなかった。
ビックリして尻もちを着いてしまうが、寝ぼけているのだと思い込み、自分に信じさせて口を濯ぎその場を離れる。
「まだ寝ぼけてるんだよね。うん。そうに決まってる。絶対そうだよ。七不思議とかあるはずないもん。うん。」
そして、先程から感じている違和感はもう1つある。現在の時刻は午後0時。丁度お昼の時間だ。その割には辺りが少し暗い。
暗いが真っ暗では無いため、午前と午後を間違えていることもない。
「ちょっと暗いけど、この時計の時間がズレちゃってるのかな。」
「ケータイの電源入ったら直さないと。」
再度ケータイを確認しに行くが、やはり電源は入っていなかった。
「はぁ、修理か…。」
ケータイを諦めて浩之に謝りに行くために動きやすい格好に着替える。
着替え終わったらいつも通り施錠をしっかりと確認して外に出る。
「え…なんだこれ、不気味だ…。」
そこで見たのは、どす黒い茜色で紫に近い色となっている空であった。
普通なら絶対にありえない色の空である。
雲ひとつなく、空を飛んでいる鳥等も見当たらない。
異常な色の空にビクビクしながら浩之の家へと向かって行く。
「ほんとなんなの、空の色は変だし誰もいないし、また夢なの?」
この辺りは元々一通りが少ない事もあり、人とすれ違うこと無く浩之の家の前へと辿り着く。
普段なら一緒に来るか、事前に連絡を入れているため、そのまま中へと入るが、今回は連絡を入れていないのでチャイムを鳴らす。
ピーンポーーン ピーンポーーン
バタバタと足音が聞こえて浩之の母親が出てくる。
「ひぃっ……。」
その顔を見た時、背筋がゾクッとして恐怖のあまり絶句し尻もちを着いてしまう。
それを見ていたはずの浩之の母親は辺りを見渡すも何も見なかったかのように家の中へと戻っていく。
この時、裕也が見たもの。それは目と口が空洞の様に真っ暗でまるで、とても人の顔とは思えない顔だった。
裕也は腰が抜けてしまい、少しの間動けなかったが、家の方へと足を引きずり必死に帰ろうとする。立ち上がっても何度も何度も転びそうになりながら自分の家へと向かう。
「なにこれなにこれ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」
途中、何人かの人とすれ違ったが全員目と口が空洞の様に見える顔であった。
その度に腰を抜かしてしまうが、誰もそれを見ていないかのように通り過ぎてしまう。
「いたっ!」
前を見ずに走っていたため人にぶつかってしまう。しかし、ぶつかった人は何も当たっていないように真っ直ぐ進み、逆に裕也は電柱にぶつかった時みたいに弾き飛ばされてしまう。
「もうやだ、なんなのこれ!ほんとに何なの!!」
更にパニックになり脇目も振らず自分の家へと全力で走る。
家に着くとすぐさま布団へと潜り込みガタガタと震える。
「やだやだやだやだやだやだ。なんなのこれは!夢だよね!?早く覚めてよ!!」
しかし、残念ながらこれは夢ではない。現実なのである。