少年は進む・魔女は笑う
季節は雪が降る冬へと変わり森も寒そうに雪をかぶる。
身元登録も終え、ダダはクワンティコ魔法学校への身支度を少しずつ始めていた。ルルーシカからもらった大きな革のトランクに自分の好きな本や服を詰めていく。ルルーシカは一人、家の庭に出ていた。白い息を吐きながらどこか遠くを眺めている。
「ルルーシカさん」
ダダはそんな彼女を見つけて同じように庭を出た
「すっかり雪の来る季節にならましたね。」
「うん。北の国ではシチューの時期だね。」
ダダはよくわからなかったが、なんとなくここともしばらくお別れだと思うとさみしく感じた。
白い雪の世界に赤い髪の女性。その白い背景のせいかその赤はよく映えた。
「やっぱり椿みたいですね。」
雪の中に咲く赤い花。何かの本に書いてあったその花をルルーシカに当てはめた頃からダダは彼女にそれをよく当てはめていた。
「もうすぐ、ここを離れるんだね。」
「・・・はい」
「たくさん学んでおいで。」
「はい」
「そして大きくなって、帰っておいで」
「はい」
「ダダ。あなたは私を親だと思っているかもしれないけど」
「・・・?」
彼女は振り返ってその燃えるようなだけど少し陰った瞳で笑った
「私はあなたを子供だと思ったことはないわ。」
その透き通るような肌は血が通っていないように見えるのに真っ赤な目と真っ赤な瞳が力強く燃える。
「さ、風邪引くよ!部屋に入ろう」
「・・・はいっ」
彼は彼女を綺麗だと思った。
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「ダダくんっ!忘れ物ない?」
ホルスはまるでお母さんだった。
「あんた結局最後の最後までいたわね。」
ルルーシカは嫌味を耳元で囁く。雪もだいぶ深く積もりだした頃ダダは遠方ということもあり入学式より早めに入寮することになり迎えにきたユリシーヌとともにクワンティコへ向かうことになった。
「私駅まで行くのに」
ルルーシカはユリシーヌに冷たい視線を浴びせたがユリシーヌはなにも見えていないかのようにダダの家まで迎えにきていた。
「さ。ダダさん。準備はいいですか?」
「はい!」
大きなトランクを両手で持ってルルーシカとホルスに向き合う
「風邪ひかないでねダダくん」
「何か忘れてたら届けに行くね」
「来るな。」
「ははは・・では、行ってきます!」
こうしてダダはクワンティコ魔法学校へ向かうのだった。
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ダダを見送った後、ホルスとルルーシカも身支度を整えた。するとまるで、様子を見計らったように家のドアがノックされる。
「もういいか?」
「ったく。こっちは愛弟子との別れに感傷的なのにさ」
「ホルス黙って、私の弟子よこの牛女」
「おいおいやめてくれよ。またその弟子のことで喧嘩するのは・・」
「「うるさいわよ、デカブツ」」
デカブツと呼ばれたウルクルンは頭をぽりぽりとかいて隣に立つ女剣士に助けを求めた。
「私に何か求めないでよ。これだから弱い男って嫌い」
「それよ」
「わかる」
ウルクルンは諦めたように肩をすくめた。
「この度は我が『プリムマ』にご助力いただけるということで、ありがとうございます。魔法使いルルーシカ・アレンスタン様並びに魔法使いホルス・バレンタイン様」
「暇だし、そろそろ遊びたかったからいいわ」
「私はルルーシカが行くっていうからだから」
ウルクルンとユピカは顔を見合わせた。やはり魔法使いってやつは扱いにくい。
協力要請に向かった日どんなことを言われるのだろうか、まず話を聞いてくれるだろうかそんな不安でため息ばかりしていた二人だったが、ルルーシカは自分の弟子が学校へ行くまで待ってくれたらいいだろうと簡単に承諾してくれた。
彼女に弟子がいたことにびっくりしたが、こんなに簡単に交渉が上手くいくならこの際、なんでもよかった二人はルルーシカの弟子が学校に行くまで彼女を待っていたのだ。
彼女に絶対に弟子に見つからないようにしてくれと言われ、二人は約束の期日までほんの少し『プリムマ」の一団たちとささやかな休日を楽しんだ。
「では、参りましょう」
ウルクルンが息巻き二人の戦士と二人の魔法使いは冬の寒い空の下森を後にしたのだった。
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「ダダさんこちらです。」
ユリシーヌは『アウレラ街』の中心部にある噴水広場まできていた。その大きな広場はなんでも『アウレラ街』の観光名所らしくその中心部にある大きな噴水が盛大に水を噴き上げていた。流石にこの寒空の下人はちらほらとしか見えず、その代わりにここに来るまでの西のメインストリートの両端に敷き詰められているように立っていた店々には、暖かい光と楽しそうな賑やかな笑い声、美味しそうな食べ物の匂いが溢れかえっていた。この『アウレラ街』の中心部、噴水広場から伸びる東西南北に別れた四つの大きなレンガ調の道、この広場と道の境目の場所には東西南北に別れたメインストリートの数と同じだけアーチ状の門があり、そこから地下に向かって伸びる階段をがあった。
ユリシーヌたちはは西の森から西のメインストリートを抜け噴水広場まで歩き、東のメインストリートと広場の境目にあるそのアーチ状の門をくぐり、地下に伸びる階段を下った。
「ユリシーヌさん!アウレラ街ってアウロラの都市より大きくないけどそれでもすごく賑わってますね!!」
「ええ、ダダさん。これから長旅です。ここでそんなに驚いては疲れてしまいますよ?」
ユリシーヌは口元に手をおいて微笑んだ。ハーフエルフといっても彼女はとても整った顔をしていたから本物のエルフはどんなのだろうとダダは思った。
「でもなんで、魔法で行かないんですか?」
「原則、自分が住んでいる国以外で魔法を行使することは禁止なのです。迷宮は例外になりますが・・」
「へぇ。」
だから移動は基本的に魔法使いでも交通機関を使うんですっとユリシーヌは教えてくれた。
「さ、これに乗ります」
「わぁ・・!」
階段を下りきるとそこには噴水広場にいた人たちの倍以上の人たちがいた。そこは横長いホール状にできた空間があった、食べ物や飲み物を売る出店がいくつかあり、そこでは子供達が、棒についたお菓子を美味しそうに食べていたりした。たくさんの種族が行き来している中、誰もが大きな鞄を持って寒さを防ぐ厚手の服やコートを着込んでいた。ダダにとっては見たことがない服装ばかりで、帽子や首に巻かれたマフラーにさえ、興味を持った。そしてユリシーヌが指差した先には大きな鉄の塊があった。大きなこの鉄の塊はいくつも繋がっており一番最初の塊だけが形が違っていた。何やら筒状のものが頭についており、そこから蒸気のようなもものが少し漏れていた。ユリシーヌは蒸気機関車というものだと教えてくれた。鉄の塊の下に引かれた二つの鉄のレールを先頭の蒸気機関車が後方の客車や貨車を牽引し走行するのだそうだ。
「これは人間が作り出したものです。どんな種族だろうとこれに乗れば長距離の移動を可能にするのです」
「すごい!こんな大きなものを。人間ってすごいんですね!」
感嘆するダダにユリシーヌはびっくりした顔をして微笑んだ。
「ダダさん。貴方は本当に面白い人です。人間をそんなに強く褒める魔法使いなんて初めて見ました」
「・・・?」
「ダダさん。約束してください。その気持ちを忘れないこと、貴方が元は人間だったとしても今は魔法使い。これから貴方はその魔法使いたちの世界にどっぷりと浸かって行く。だからこそその気持ちを忘れずにいてほしい。そしてあの印、手首の刻印を他の誰にも見せないこと。」
「はい、ユリシーヌさん」
薄緑色の髪を軽くゆらしてユリシーヌは微笑んだ。
「東三番線、東三番線『クワンティコ』『クワンティコ』この超特急列車は魔法トンネルを通過します。この超特急列車は魔法トンネルを通過します。」
蒸気機関車のそばでかっちりとした制服を着こなし立っていた大柄な狼男が何やら大きな声で同じ言葉を言っている。
「ユリシーヌさん今、クワンティコって!」
「ええ、これに乗るわ。この『超特急列車』は各国の魔法学校に繋がるの。各学校に一日一回ずつ走るからこれを逃したら次の便は明日になるわ!さぁ魔法使いの身分登録書を出して!行くわよ」
もう、ワクワクが止まらない。
「はいっ!」
そして二人はその大きな鉄道車両に乗り込んでいった。
「お客様、身分証をお願いします。」
「はい」
蒸気機関車のそばに立っていた狼男と同じ制服を着た人間が汽車に入ると話しかけてきた。
「ありがとうございます。まもなく発車いたしますので空いてる客室席にてご着席ください。良い旅を」
人二人分ほどの通路の両サイドには客室と呼ばれる部屋がズラリとあり部屋の扉はガラス張りになっていた。そこには番号が振られており、中には向かい合った二人がけの座席が二つと小さな窓が一つ、ついていた。
「ここ空いてるわ、入りましょう。」
「クワンティコって結構遠いんですよね?でも結構人がいる。」
「クワンティコは超有名な魔法学校よ『四大魔法学校』と言われる名門魔法学校の一つだから遠いこの西の大陸からでも沢山の魔法使いや魔法を使える種族たちが集まってくるわ」
「な、なんか緊張します・・・」
「ふふっ。早く友達ができるといいね」
ガタンッー
『超特急蒸気機関車クワンティコ行き、出発いたします。魔法トンネル通過に伴う大きな揺れにご注意ください。』
車内に響く声とともにダダはもう一度胸を大きく膨らませた
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『サナブリレラ(傷を癒せ)』
ホルスは腕をから血を流す魔法使いコルフィをに杖をかざした。
ここは『36番目の迷宮』最深部。
「す、すいませんー。ホルス様」
コルフィはいつもの胡散臭い笑い顔など微塵も出さず、自分よりうんと高位の魔法使いの女性に何度も頭を下げた
「いいわー、私今回は後方支援だから、傷でも直しとけって言われたしねあのまな板女にっ!!!」
揺れる双丘に目が釘づけになるコルフィ。
『キュプロクス』はその一つ目を大きく見開きこれで3度目となる『プリムマ』一団を威嚇していた。
大きな身体は研ぎ澄まされていた醜い顔以外はとても戦闘に向いた身体つきをしていた。長い手足、鋭い爪、鍛え込まれた体躯その大きな腕の一振りは数メートル先まで風が吹きませるほどだった。
「こいつ、この前より強くなってないか?」
ウルクルンは『キュプロクス』の攻撃を大剣で防ぎながら、たまに防ぎきれなくなり身体が飛ばされることに動揺を隠せずにいた。
「さっきも尖った岩のかけらを遠方射撃しようとしてたコルフィを狙って投げつけていたわ。」
ユピカが確かにこの前と戦い方を変えている『キュプロクス』に顔を青くさせた。
「成長しとるって言うんか?あの能無しの一つ目怪物がぁ」
大斧を振り回し『キュプロクス』がものすごい勢いで投げつけてくる岩のつぶてをを弾くドワーフのへプティ。
「ホルスタイン。これ、あんた気づいてる?」
ルルーシカは後衛で援護に徹していたホルスのそばに来ていた
「あんた!前衛でしょ?!死ぬわよあのこたち!」
「いや。そこまで弱くないでしょうよ(笑)で、今の質問だけど」
「ええ。あれはかなり食べてるわ。『キュプロクス』の匂いに混じって血の匂いがする。」
「原始的な脳しか持ち得ない野蛮な生き物『キュプロクス』が後方を狙って攻撃をしてきている。しかも、あの『超回復』、あれはちょっと異常だわ。『プリムマ』が初めて攻略に入った時からあの能力があったと言っていた。『キュプロクス』にそんな能力はないわ。傷が完全に塞がって治っているどっちかと言うと『再生』に近い。あの子、『トロール』を食べているみたい。そして攻略に来た冒険者を食べ、かなり知恵をつけてきていると言っていいわ。・・・とても興味深い」
コルフィは小声で話している二人の魔女の会話を聞いて頭から血が引いていくのを感じる。
「だからって殺さないわけには行かないわ。」
「・・・わかってる」
ルルーシカはそこまで言い終わるとニコリと口端をあげてコルフィを横目で見た
「ヒッ。」
『オブリビスカトル(忘れよ)』
ヒョイっと指でコルフィをさすと、コルフィはゴトンと鈍い音を立てて地面に崩れ落ちた。
「ちょ、」
「私、聞き耳立てる子って嫌いなのよ」
ルルーシカは不敵に笑って見せた。