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少女の試験


「さ、とりあえず。身元登録ねー」


「て言うか!あんた!この子の登録してないってどういうことよ!ほんと頭おかしんじゃないの?!」


なんでも国際魔法使い連盟とは魔法界の国際的連携を行うために設立されたものらしく、魔法界の秩序を作り出すもの。まぁ、とりあえず魔法使いは、魔法使いである以上必ずここに自分の身元登録することが義務づけられているらしい。それは、魔法使いという存在事態が希少で貴重であり、大きな力を一人でも生み出しかねない存在であることからの悪用を危惧しての完全管理。また、その存在の少なさ故に可能とされる完全教育義務制度が確立しており、そのためにも身元登録は必須なのである。

また、魔法使いといっても万能ではない。不死の存在でなどましてやない。自分より強い相手には負けもするし全てをどうにか出来るような神の存在でもない。しかし彼らが多種族より優遇される理由は一つ、神秘を扱えるということ。

その力は時に有力者たちに悪用され過去には奴隷として虐げられ蔑まれた時代もあるし、国の戦争で辛い時代を生きた時代もある。それを教訓にし魔法使いたちが作り出した組織が国際魔法使い連合。多種族との共生をうたい、魔法使いであること魔法使いであるが故の知識探究心をきちんと養えるよう作られ国は違えど他の土地との魔法使いのたちを繋ぎ共に成長しようと生まれた魔法使いのための政治組織である。


「魔法使いはエルフよりうんと長生きよ。だから人口も増えない。さらに純潔主義がいまだに多いから尚更増えない。」


ルルーシカはどこか遠くを見るように言った。

彼女は落ちていた木の枝で家の庭の地面に大きな円を描いたそこに何やら模様を書き足していく。


「世界っていろんなことがあるんですね。」


これからゆっくり知っていけばいい。ルルーシカは優しくいう。


「これも魔法ですか?」


「違うわよダダくん。これは魔法円」


ホルスが代わりに答える


「連盟にきちんと登録をすれば私たち魔法使いはこうして魔法円を使いいつでも国連本部、または支部にいくことができるの」


「いくってここからですか?」


「そうね。これは扉の役割をしてくれるの」


なんとも摩訶不思議だとダダは目を見開く


「じゃあ僕は今日、初めてこの森の外に出るんですか?」


ダダは興奮のあまり声を裏返しながら言う。


「あ、ほんとだね!」


ルルーシカも今初めて気付いたように目を開けた


「たくっ!ごめんねダダくん。こんな奴が師匠なばっかりに自分の身元の登録もできていないなんて・・・」


「ところであんた。いつまでいる気なのよ」


「ははは・・喧嘩はやめましょう?」


ダダは苦笑しながら二人が小競り合いを始める前に止めに入った。ルルーシカは一通り書き終えると枝をぽいっと捨てると指を鳴らした


パチンー


すると地面に描かれた魔法円がゆっくりと光だしその円の中の模様が消え、まるでそこに水が流れ込んだようにゆらゆらと揺らめき出したのだ。


「うわっ!」


ダダは感嘆する間も無くホルスはその円の中に沈み込んで行ってしまった。ルルーシカもダダの手を握り、行こうっと円の中に連れていく。


「ちょっ!わっわっ!」


とぷんー


まるで湯船に浸かる時と同じ感覚が体に押し寄せ眩しい光に固く結んだ目をゆっくりとひらいた。


「うわぁぁ・・」


「国際魔法使い連盟のアウロラ支部よ」


そこはダダが知り得るどんなものよりも衝撃的なもだった。

右も左も上も後ろも前も人、人、人、人、途方もなく大きなホールに高い天井には大きな大きなシャンデリアがついていた。階段だろうかガラスの板が段差になって一枚一枚が宙に浮いていたり、正面の受付と書かれたカウンターが横一列に何個もありそこには沢山の書類に忙しなく目を通すゴブリンたちがいた。そのカウンターの後ろには巨大な書類棚があり、いろんな本や書類が所狭しに敷き詰められていたその本や書類は独りでに飛び出したり、元の位置に戻ったりしている。ホブゴブリンが手を伸ばすとその方角から本や書類が手元に飛んできたりもしている。あたりには談笑し合う声や厚い本を読みながら歩く男、何かを飲みながら笑い合う女たち。かっちりとしたスーツに革の靴を鳴らしながらせかせかと走る人、めまぐるしく動く世界にダダはあっという間に目をくるくるくると回した。


「る、る、ルルーシカさんっ!ひ、人が!ご、ご、ご、ゴブリンがぁあ!」


「おーおーすごいな、君ってほんと」


ルルーシカの服の裾を強く握りしめブンブンと振り回す姿にホルスはケラケラと笑い出した


「あれは、『ホブゴブリン』よ。彼らはゴブリンより”高尚な生き物”なの絶対に”ただ”のゴブリンなんて言っちゃダメよ。プライドがすーっごく高いの。」


ルルーシカはホブゴブリンを横目で見てダダに耳打ちした


「『ホブゴブリン』??」


「それに彼らは物を作ることが大好きなの。彼らが作る『ホブゴブリン』ていうダークエールは格別よ」


「えぇ。あれは最高」


ホルスはいつか飲んだダークエールの記憶を思いだしたようにうっとりとした顔をしてみせた。

ダダはよくわからないまま二人に連れられ『ホブゴブリン』たちのいるカウンターに向かった。


「いい、ダダ。驚くことばかりだと思うけど今は静かにしててね」


「はい!」


ルルーシカは黒髪の少年をひとなでするとニッコリと笑った。


「要件をどうぞ」


目の前の『ホブゴブリン』は目を通している羊皮紙から目を離さずに淡々と言った。

大きくとんがった耳と鼻、頭にちょんと乗った綺麗に撫で付けられた赤茶色の髪、モノクル(片眼鏡)から垂れている革紐を片手の指でクリクリといじりながら、骨ばったゴツゴツの長い指と鋭い爪、肌はくすんだペール・オレンジの色をしていて身長は100センチほどと小さく、かっちりとした灰色のスーツベストと蝶ネクタイをしていた。


「身元登録をお願い」


「親、または保護者のお名前をどうぞ」


「ルルーシカ・アレンスタン」


そこで、『ホブゴブリン』は手を止めた。


「今、なんと?」


「ルルーシカ・アレンスタン」


『ホブゴブリン』モノクルが目元から落ちたことも気付いていないように大きな目をさらに大きくさせた。


「しょっ、少々お待ちください!アレンスタン様!」


「始まったわ・・」


ルルーシカは深いため息をつくといつものようにした唇をかみ腕を組んだ。


「どうしたんですか?」


ダダはホルスを見るとホルスはクスクスと口元で指を折った。


「ダダくんは知らないのよね?ルルーシカがどんな魔法使いなのか」


ダダははてな顔をするとその愛らしい相貌にホルスは母性をくすぐらされ、とりあえずダダを自分の谷間に埋めとくことにした。


「な、なんで?!」


「ルルーシカ様、さ!どうぞ二階の応接間にて支部長がお待ちです」


「あーめんどくさい。私、身元登録だけお願いしたいんだけど」


「そ、それは、私どもの判断するところにありませんので・・」


ルルーシカがあからさまに嫌な顔をすると『ホブゴブリン』は困ったようにお願いしますと頭を下げた。

ルルーシカは頭を上げない『ホブゴブリン』に諦めたように肩を竦めるといってくるとガラスの階段を登っていった。

彼女はカツカツと音を立てて階段を登っていくのを見送っていると後ろから服の裾を引っ張られた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃんっ」


そこには120センチほどのハーフエルフの女の子が立っていた。


「ふぁっ!!エルフっ!!?」


「お兄ちゃん、お母さん知らない?」


「あら。なに迷子??」


ホルスも異変に気がついたのかダダのの裾を引っ張る少女のそばに歩み寄ってきた。


「ホルスさん!ぼ、ぼ、僕ど、ど、どうしたら?!」


ダダはハーフエルフのしかも少女がいきなり現れたことにバタバタと慌てだした

(す、すごい!!世界ってすごい!!!!)


「だ、大丈夫?ダダくん??」


ダダの尋常じゃない慌てぶりにホルスもおどおどし出した。


「と、とりあえずこの子の親を探さないとだし、警備員探してくるからここで待っててダダくん!」


「は、はい!」


ホルスは二人を残し雑踏のなかに消えていく


「君、名前なんていうの?」


ダダは裾を掴んで離さないハーフエルフの少女に膝をおって目線を揃えて聞いてみた。


「ユリって呼んで!お兄ちゃん」


「お、おにっ・・うん!ユリちゃん」


「お兄ちゃん、おてて!」


「は、はひ!」


小さなお人形のような目を潤ませてハーフエルフの女の子はその小さな手を伸ばしてきた。ダダは顔を真っ赤にして少女に言われるがままその手をぎゅっと握る。すると少女はにっこりと笑う、ダダはその整った顔とエルフ特有の耳、長いまつ毛を見て心臓が飛び出るほどドキドキした。本の中でしか会えなかった架空の存在が今日だけでこんなのも目の前にある事実に驚きと興奮が冷めない。


「お兄ちゃん、こっち」


少女は握られた少年の手をくいくいと引っ張り人混みの中へ進もうとする。


「え?!ダメだよ?!ここにいないと」


ダダが止めようとするが少女は振り返り今まさに泣こうかという顔をする


「うっ!!」


ダダはそれ以上何もできず少女が進むまま引きずられていった。人混みを掻い潜り大きな扉を何度も超えた、そのうち人がまばらになっていき小さな通路に出た。少女は足を止めず迷いなく進んでいく、ダダは変わっていく景色に顔を青くさせながら、ぶつかっていく人々に頭を下げ続けてもう自分がどこからきたのかわからないでいた。

少女は階段の前に来ると初めて振り向いた


「ここの先だよ!」


「え?」


少女はさらに進んでいくダダは引っ張られるまま階段を登りきった。するとそこに広がったのは大きな街の風景といろんな種族たちだった。


「うわっ!すごい」


「きたことないの?」


少女はダダに小首を傾げてみた


「う、うん。僕森の外出たことなくて・・」


「・・へぇ。ここは『中立国家アウロラ』だよ。お兄ちゃん」


「中立国家・・?」


「うん!いろんな人種の人がいるでしょ?誰でも仲良くしようって街なの」


ハーフエルフはニコニコと教えてくれる。


「誰でも・・すごいね。」


少年は笑いの絶えない街の人々をみてこんなに世界は広いのかと心が躍った。街のいたるところに生活感のある家や賑わう店何かを焼く香ばしい香り、耳に溢れかえる笑い声と囁き話、路上に楽器をひろげ愉快に音を奏で出すカルテットたちが街並みに音を零していく。


「あれ!すごい!一体なんなんだいこの街は!!」


「ここは都市だからね。沢山の人種が生活して沢山のものが溢れるそんなところにはあんな風に趣味を仕事にしたりして街の音を溢れさせてくれる人もいる。それにここは『アウロラ』夜明けの街、希望に包まれた街よ」


「素晴らしい!こんなにも世界は神秘で満ちてる!」


ダダは街に溢れる音や物、人々や建物に湧き上がる高揚感を胸いっぱいに浴びた。


「君は、まるで生まれたばかりみたいに何も知らないんだね。でね。お兄ちゃんあっちにいくの。」


(あっちにいく・・?)


ダダは改めてこの少女に違和感を感じた。少女のたまに見せる大人びた顔や言葉に。


「君、お母さんを探さなくていいの?」


「うん、お母さんはあっちにいるの」


ダダは彼女に感じる違和感を押し殺して彼女のいきたいところまでついていくことにした。

街の大通りを抜け人気の少ない街のはずれまできたところでおおきな門が大きな口を開けていた。


「・・・ここ?」


少女は屈託なく笑う。大きな扉は土で作られているのかとても古めかしくところどころに欠けたり砕けヒビが入っていた。扉を覗くとすぐ階段があり地面の中に伸びていた。


「地下にお母さんがいるの?」


ダダは少女を見た少女は何も言わない。そして一人でその階段を下っていってしまった。


「ま、待って!」


ダダは先の見えないこの階段と物々しい扉になんとも言えない恐怖を感じたがそれと同時にワクワクした気分も感じていた。土色の階段を下っていきながら外の光が届かないところまで降りていくとそのまま狭い通路が続いた。両脇の土色の壁に一定間隔で火の松明が壁に吊るされている。


「ここって・・・ユリちゃん!どこいったの?!」


ダダは姿の見えない少女を追って狭い一本道の通路を走った。道がだんだん広がっていきいつの間にか大きな部屋に出ていた。相変わらず周りには松明と土色の壁しかない。


「ギギギギギギギギ。」


「えぇ・・」


そこでダダは足を止めた。

部屋の隅の暗がりにそれは居た。100センチほどの背丈ガリガリに痩せた体はあばらボネががうっすら浮き出ていて緑色の肌に大きな鼻と大き耳不気味な鳴き声をあげながら腰に布を一枚巻いただけの魔物。ゴブリンだった。



「あ、あれ?ユリちゃん?」


「ギギギギギギギギ」


ゴブリンは長い舌をべろりとだし嫌らしく舌舐めずりしてみせた。


「ギャッギャッ!!!!」


ゴブリンは骨ばった指をダダに向けその鋭く伸びた爪でダダを切りつけようとした。


「うわぁ!ぁぁぁぁぁあぁぁっ!」


寸前のところでダダは大きく体を反らし爪を避ける自分の半分くらいの大きさの怪物に恐怖し大きく尻餅をつく。

ゴブリンは爪で辺り構わず切りかかろうとしダダの肩を深くえぐった。


ビチャッ!!


血が地面に飛び散る。初めて肉を裂かれた痛みに少年は叫ぶこともできずにゴブリンを思いっきり蹴飛ばした。


「ギッ!!!」


自分の倍はある獲物の蹴りはガリガリのゴブリンを吹っ飛ばすのには十分な威力だった。

ドクドクと溢れ出す血に顔が真っ青になっていく。少年は何が起こっているのか理解できないまま本能的に蹴飛ばしたゴブリンを見た。


「すっすいませんっ!!」


ダダはなぜか謝っていた。さっきまで知的に話していた『ホブゴブリン』を見たばかりだったからか世界を知らない、敵がどんなものか知らない生活をしてきた彼はゴブリンになぜか自分と同じくらいの知性があると思ってしまったのだ。ゴブリンは頭をブンブンと振ると少年を睨んだ。その醜悪な顔につく大きな黄色い飛び出た目には血をダラダラと流す少年に対して食欲しかなかった。少年の儚い願いはゴブリンに届くこともなくゴブリンは新鮮な肉に飛びつくように走り出した。そして少年は気づくこのゴブリンは僕を食べたいんだと。


「わーーーーーー!!!」


少年は走り出した。そしてそれと同時にダダはハーフエルフの少女のことで頭がいっぱいになった。壁に吊るされた松明を一つとるとゴブリンに向き直って大声をあげた


「ユリちゃーんっ?!」


土色の壁に身を潜めていたハーフエルフの少女は大きく口を開いていた


(どういうこと?なんかいまゴブリンに謝っていなかった??あれ?あの子ルルーシカの弟子よね??私間違えた?!?!)



「ユリちゃーん!どこー?!」


ダダはゴブリンが近寄らないように松明をぶんぶん振り回している。ゴブリンは部屋に充満した血の匂いに理性を失って暴れまわりどうやっても食いちぎってやろうとしている



「お、お兄ちゃん!」


「ユリちゃん!!大丈夫?!」


「お兄ちゃん、魔法使いじゃないの?!杖は?!」


「え??僕、杖なんてないよ?!それになりたてだからどうやっていいかわかんなくて!?」


「なりたて・・?!」


ゴブリンは自分を挟んで行われている会話に少し困惑してからハーフエルフの少女に狙いを変えた


「ギャーッ!!!!」


「ユリちゃん?!!」


少女は少しもたじろぐことなく慣れた手つきで腰から杖を出して唱えた


『ブラシリソムヌラ!(眠りなさい)』


「ギィ?!」


ーゴトン!


少女は流れるように杖をふりそこから出た淡い光にゴブリンは包まれた。

ゴブリンは鈍い音を立てて地面倒れた。気持ちよさそうに寝息を立てているゴブリンを見ながらダダはそれ以上にハーフエルフの少女に目を見張った。


「君、・・・魔法使えるの?」


「まぁ。ハーフエルフだしね?その傷も治してあげるわ。服脱いで?」


「え、う、うん」


ダダは素直に服を脱いだ、血がべっとりとついた服から白い肌が顔を覗かせる。

困惑した顔で言われるがまま服を脱いだ少年は腰を折って少女に肩を見せた。少女は何も言わずに愛らしい顔に不釣り合いな大人びた顔でダダのに手をかざした。


「・・・怖くなかったの?」


「え?」


「だって、こんなに血が出てるのに逃げ出さずにいたから」


傷口に杖をかざしながら呪文を唱えると青白い光を傷口を包む。

少女は少し気まずそうにダダの瞳を覗き込んだ。


「いや!怖かったよ?でも、ユリちゃんいないしさ。僕一人では逃げれないよ」


ケロっとして当たり前のようにそう話す黒髪の少年に少女はなんだか違和感を感じた。彼には感じなかったのだ。魔法使い独特の利己的でどこまでも自己的な思想を。自分の危険を何よりも拒む魔法使いが危機的状況下で他の者のことを考えるなんて、少なくとも彼女はそんな魔法使いは一人しか知らなかった。


「・・変な人ね。少なくとも私の中の魔法使いはそんな人種じゃないわ」


「・・・?僕は少なくとも小さい女の子をこんなところに置き去りにはしないよ?」


ハーフエルフの少女は少し目を見開いて、少し口の端しをあげて意地悪そうに笑った


「私、女の子じゃないわ『プリムマスピシズ(本来の姿へ)』」


ダダはまたまた大きな目を開いた。少女はムクムクと大きくなったかと160センチほどの女性に変わったのだ。スラリとした身体つきに慎ましい双丘。容姿はそのまま薄緑色のサラサラの髪と黄色い瞳、尖った耳に端正な顔立ち、少女の時の柔らかい目元はその幼さを隠し女性らしい涼しげな瞳に変わった。


「おわーーーーーーーっ!!!!」



「ふふっほんと変な人。はい!傷も治ったわ。」


「ど、どういうこと??」


「学校の試験だったんだけど・・・なんかうやむやになっちゃったね。本当は危機的状況の中、戦わないにしても、魔法の行使で合格だったんだけど、杖がないんだったら仕方ないわ。だからそれはまた今度でいいわ。」


「試験・・・ですか?」


「そう。私はクワンティコ魔法学校の試験官。校長がね、流石に身元登録もできていない魔法使いをいきなり魔法学校には通せないから様子を見てきてくれって頼まれたの」


「そ、そうなんですか・・」


「しかもあの女の弟子だからね。どんな生意気な小坊主かと思ったんだけど君はとても素敵な男の子だったわ。」


「うっ・・・ところでここって」


「あぁ。ここは『3番目の迷宮』よ」


「迷宮?!やっぱり!!」


「どうかしたの?」


「僕、学校卒業したら迷宮攻略の冒険に出たいんです!」


「・・魔法使いとしては珍しい職業選択ね?」


「そうなんですか?僕、英雄になりたくて!」


少年は照れ臭そうに鼻をかき、ハーフエルフの女性は不思議そうな顔をした。

(世の中にはまだまだ私の知らない思想を持つ魔法使いもいるのね)

そう思いながらなんだか目の前の少年が微笑ましくなりハーフエルフは微笑もうとした。が、彼の手首の刻印を見て目を疑った。


「それ・・・」


ダダは指さされた自分の刻印を見て小首を傾げて笑って見せた。


「僕、やっと最近、弟子の証が出てきたんです」


とその刻印を彼女に見せてあげた。超階級社会の魔法界では忌むべき地位とされる最下位を示す奴隷の証、血の契約の印を。


「ルルーシカ・アレンスタン!」


「えぇ?!ユリさん??」


「私はユリシーヌ。ダダさん。その証がどんなものかよくわかっていないようだからこれだけは教えておくね?それはあまりいい意味を持たないの。だからできれば今後、誰にも見せないようにして?」


「え?・・はい。ユリシーヌさん」


「うん。とりあえず帰ろっか」


ダダは詳しく聞こうと思ったが、近くで眠るゴブリンのそばにいつまでもいる気分にもなれなかったのでユリシーヌに従って『3番目の迷宮』を後にした。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ホルスはもうカンカンだった。どこにぶつければ良いかわからない燃え上がる怒りと溢れ出す双丘が服から溢れ出さんとばかりに盛り上がっていた。


「ごめんなさい。ホルスさん」


ダダは一生懸命頭を下げたがユリシーヌはケロっとしてゴメンナサイとカタコトで詫びを入れ続けた。


「私、ダダくんには怒ってないわ。むしろ戻ってきてくれて本当に安心している。問題はあんたよ!!」


「ホルスさん抑えて」


ダダは暴れまわる猛牛のようなホルスとその暴れ出す胸を軽蔑するような眼差しで見るユリシーヌの仲裁に必死だった。



「まぁまぁ。ホルスさん、ダダさんもあちらで一杯どうですか?」



ユリシーヌは何一つ反省してないような顔でホールの端にある店の一つを指差した。

ホルスは少し動きを止めて目を輝かせた。


「あら、私ちょうど『ホブゴブリン』を飲みたいと思っていたの!」


ホルスは手のひらをパンと合わせると大きな双丘が大きく揺れた。ユリシーヌもニコリと微笑む。


「え、でもルルーシカさんが・・」


「あれは当分帰ってこないわダダくん。さ、行きましょう!」


「えぇえぇぇ?!」


3人は小さなバルに入った。調理場の周りがガラス張りで丸見えな作りになっていて酒瓶やワインボトルビール樽などがところ狭しに飾られていた。調理場では、勝手にフライパンが火の上で振られ、包丁がたんたんたんと軽快に果物や野菜を切っている。3人は丸テーブルの席に着くとバルの店員がニコリと微笑みお飲み物は?と聞いてくる。

ダダは見るもの全てに興奮して終始顔を真っ赤にしていた。


「私とこの女性は『ホブゴブリン』のダークエールを二つ」


「え。ダダくんも飲むよね?三つお願いね。それとそれにあうおつまみをいくつかお願い」


ホルスは店員をにっこりと微笑んだ、ダダはよくわからなかったがとりあえず同じように微笑んだ。


「ホルスさん、いいの?この子お酒飲めるの?」


ユリシーヌは怪訝そうにホルスを見た。ホルスはもはやエールで頭いっぱいというところだ。

店員が運んできた『ホブゴブリン』をグラスに注ぎホルスは嬉しそうに口元に運んで唇にエールを染み込ませる。

香ばし香りがするエールとテーブルに並んだ目を楽しませる色とりどりのハムや野菜やチーズがダダをさらに興奮させた。ダダはホルスの真似をして『ホブゴブリン』を飲んでみた。


香ばし香りを口元から流し込むと苦味を感じ飲み込むと甘味を残した。鼻から抜ける麦とほのかなチョコのような香りがなんとも言えない。初めて飲んだそのエールにダダは思わず目を輝かせた。


「わ!美味しいです!」


「あら!いけるじゃない!」


「ずいぶん楽しんでもらえて私も嬉しいわ」


ユリシーヌはダダをゆっくりとみた。


「ホルスさんはどこまで知っているのですか?」


「なに?契約のこと?それとも理由?」


「後者です。アレンスタンさんが何をしようとしているのか。」


「私が知ってるわけないわ。あいつは秘密主義なのよ」


ホルスはコクコクとグラスを煽る。


「いい?それにね。この子はいずれ第一席をとるわ」


「な?!」


「あ、はい!とります!第一席勲章!」


「そう!まさに下克上!!」


「はい!!・・・(?)」


「・・・魔法も使えないのに?」


ユリシーヌはふんと鼻を鳴らし眼鏡を押し上げた。

身分的にも最下位の彼が学校の第一席を狙うということは天と地が逆さまになることくらいありえないことだった。


「魔法ならこれから覚えていきますがこれくらいなら」


ダダはちょいっと人差し指をあげユリシーヌのグラスのエールだけを宙にうかせて見せた。タプタプと揺れるエールをユリシーヌはギョッとしてみた。


「そうよ!この子はあのルルーシカの弟子それくらいの事・・・」


鼻高々に声を上げていたホルスは目の前に浮かぶエールを見てギョッとした。


「杖なしで・・?物質の空中浮遊魔法??素晴らしい!!!ダダさん!これで試験合格ですよ!さ!これにサインを!」


「ちょっ!勝手に何にサインさせようとしてるの」


「入学同意書です!なにぶん敷居とレベルの高い学校です。身元の調査と魔法適性レベルを判断しにきたつもりでしたがここまで正確にグラスとエールを分け浮遊魔法がかけられる貴方に適性がないなんてありえませんからね!私は嬉しいです!こんなに素直で礼節を弁え、人を不愉快にしない、ダダさんが我が校に来てくださる。最初はあのルルーシカの弟子と聞いてどんな不作法で生意気腐ったものが来るのかと思っていましたから。純血は子供でも鼻にかかる奴ばかりですからね」


「あんた本音が大洪水おこしてるわよ・・」


「貴方のような方でしたら我が校は大いに歓迎です。」


ユリシーヌに気圧されながらもダダはなんだか気に入ってくれたのかなっと苦笑した。ユリシーヌはなんだか嬉しかった。堅苦しい階級社会の魔法界の学校で働きながら、その魔法使いたちにほとほと愛想が尽きかけていた彼女は、ダダの様な存在がとても新鮮で、自分がハーフエルフだからと肩身の狭い思いをしていたのもあるが彼に何か希望を持ち始めたのかもしれない。ホルスは今これ以上ルルーシカのいない間に何か話を進めてしまっては自分の身が危ないと感じ、ダダに対してもユリシーヌにに対してもこれ以上問うことをやめておこうとエールを飲み込んだ。



「とりあえず!この同意書は私が預かっておくわ。今はほら、保護者もいないんだし?ほらこれ食べてみて美味しいわ」


ホルスはとりあえず生ハムをすすめた


「・・・あら。いけますね。」



「でしょ?」



それからルルーシカが帰ってきてユリシーヌとの一件を酒のつまみのように話した酔ったホルスとユリシーヌがルルーシカに首を絞められ救急医療班に運ばれていったのはもうすこし後の話になる。








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