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「ルルーシカさん!?」
ダダは大きな声をあげた。
彼はその丸く黒い瞳をさらに大きく開き、抱きしめられた事実に困惑した。
「ど、どうしたんですか?ルルーシカさん?!」
どもりながら彼は両手をわたわたと宙で動かした。
その柔らかな感触と胸元に感じる自分にはないその膨らみに心臓はすごい速度で音を鳴らした。
彼の首筋にそうようにルルーシカは自分の顔を埋めた。ダダは背筋に電気が走り抜け、ゾクゾクとした感覚に体全身が熱を帯びていくのを感じた。
「よかった。目が覚めたんだね。」
二人はあの赤い屋根の家にいた。木のほのかな香りと彼女から漂う柔らかな香りがダダを包み込む。窓から漏れる日差しに照らされて彼は耳元で安堵する彼女の自分に対する優しい何かに自分の心も溶けていくような暖かさを感じた。
くたびれた淡い紺色のソファで抱きしめられ続けるダダはドキドキしながらとりあえず何か話そうと口を動かした。
「・・すみません、僕、急に手首が焼けるように痛くなって、痛みに頭がいっぱいになって気づいたら気を失ってしまってて・・」
「・・・」
「でも、僕、もう手首も痛くないし、全然大丈夫ですよ?」
「もう大丈夫?」
「はい!それに聞いてください!ルルーシカさん」
「僕、魔法が使えたんです!自分の意思で」
ルルーシカはゆっくり体をはなす。
「よかったね。」
その柔らかい表情にダダは息をのんだ。
「じゃあお祝いに抱きしめてあげよう。」
「そ、それはもういいです・・!」
ダダはもう一度抱きしめようとしてくる彼女を両手で制して苦笑した。
「・・それは残念。」
ダダは自分の手首に目をやった。そこにはくっきりと黒い線が二つ刻まれ線の真ん中に何か文字が書いてあった。
「これ・・・」
ダダがそう声を出した時だった。
ガチャッーーーー
ルルーシカの部屋の扉もとい、魅惑の扉が開いた。
「・・・ダダくん!」
「ホルスさん!」
その扉から現れたくすんだ翡翠の瞳と柔らかな茶色の色をした髪、ルルーシカよりもメリハリのある身体つきと大きな胸をした彼女が目を大きく開いて嬉しそうに駆け寄ってきた。
ルルーシカを押しのけダダをむぎゅっと抱きしめる。
「ホルスさん?!」
「よかったー!気がついたのね?!心配したのよ?ルルーシカあんた邪魔」
ルルーシカは二人の輪に入ってきたこの図々しい女をどうしてやろうかとダダには見えない角度でキッと睨みつけた。
ホルスはダダを自分の胸元で揉みくちゃにしながらルルーシカの方へ振り向きニヤニヤとニヤついてみせた
「キィィィィィーーー!!」
「うわぁ!ホルスさんっ!」
「よーしよしよしっ!」
ひとしきりして、落ち着くとボロボロになったダダはコーヒを淹れようとキッチンに向かった。
よれたソファで試合に負けたルルーシカはブツブツと悪態をついていた。ホルスは木製の椅子に腰掛けると満足したように息をついた。
「あら、いい香り」
ダダがコーヒーをゆっくりマグカップに注ぐとコーヒーの豊かな香りが部屋に充満する。
マグカップを二人に渡すとダダは改めてルルーシカに手首の刻印について聞こうとした。
「ルルーシカさん。これ、なんですか?」
手首をルルーシカに見せる。ホルスはそれをじっと見た。
「・・・あなたが魔法使いの弟子にになった証だね。」
ダダは顔をぱぁっと明るくした。ルルーシカはそれ以上なにも言わず彼にニコリとしてみせた。
「ねぇ。ダダくん。魔法学校って知ってるかしら?」
ホルスは頬杖をつきながら二人を見ずに話した。
「魔法学校・・ですか?」
聞き慣れない言葉にダダはキョトンとした顔をした。ルルーシカは唇をきつく噛むと諦めたように小さく溜息をついた。
「あなた宛にこれが届いたの」
ルルーシカはどこからか一つの封筒を彼に差し出した。それは真っ白い長方形の厚紙で青い封蝋がしてあった。
そして宛名に『ルルーシカ・アレンスタンの弟子へ』と書かれてあった。その封蝋から見ればわかるように封はされたままであった。
「僕に・・ですか?」
ルルーシカは小さく頷くとダダに封筒を渡した。すると封筒の封蝋がピシッと音を立てて中から紙がするりと宙に浮いた。ダダの目の前までゆらゆらと浮かんでくるとパラリと二つ折りになっていた紙が開いた。
『クワンティコ魔法学校。クワンティコ支部最上級責任者兼クワンティコ校長クワッツ・べザレル
親愛なるルルーシカ・アレンスタンの弟子殿
この度クワンティコ魔法学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。
つきましては、国際魔法使い連盟にてご自身の登録手続きをお済ませてくださいますようお願い致します。
詳細につきましては別紙の通りです。
敬具 副校長 ニコラ・フルリダ』
「おぉ・・・」
ダダは声にならない声を漏らし、紙は言い終わるとまるでこ事切れた様にぱらりと床に落ちた。
「入学許可・・?登録・・?」
「おめでとうダダくん!入学許可証よ、貴方は世界でも有数の『魔法学校クワンティコ』で学ぶことができるのよ!」
ホルスはパチパチと拍手すると微笑んでみせた。ルルーシカも(表情だけ)微笑んでみせた。
「・・・えっと」
ダダは頬をかく仕草をして大変申し訳なさそうにちらりと二人をみた。
「「??」」
「僕、学校・・いかないとダメですか?」
二人は目を大きく開き顔を見合わせた。
「あの、学校ってのもよくわかんないですけど勉強するところってのは分かります。ただ、僕、はやく冒険したいんです。魔法の出し方もやっと少しわかるようになってきたしそれに、魔法のことならルルーシカさんが教えてくれるし。それに僕、はやく迷宮に行きたいんです!」
ダダは言い切ると二人を不安そうに交互にみた。自分が今やりたいことを認めて欲しい。そう言ってきているような切実な眼差しで。
ホルスは驚きの感情から彼への認識不足をもう一度改めた、彼はなにもわからないのだ。世界を本でした見たことがない彼にとって、どれほど彼が世界に出た時危ういか。ホルスはじっと彼を見つめた。
ルルーシカは驚き半分喜び半分だった感情が次の言葉で一気に絶望に変わりカタカタと小刻みに震え出した。彼を閉じ込めておきたかったのに大切に育てていきたかったのに、学校でさえ行かせたいとは思っていなかった彼女に、彼はあろうことか自分を一番危険に晒すであろう場所に行きたいという。その意志が彼自身に強く芽生えている。こんなにも強く言葉にしてしまうほどに。その事実にルルーシカはどうしたらいいのか目を回した。
「ダダくん。こんなこと私が言うことじゃないけど、教えておくわ。貴方は世間を知らなすぎる。こんなところで育った貴方は世界がどれほど残酷なものか知らない。貴方はもっといろんな人に出会い、知り、経験しなくてはならない。
それにね。貴方は”英雄”になりたいと願ったのでしょう?貴方が最初に魔法に込めた”思い、想い、念い、願い”がそれなのならその気持ちを大切に持ちその魔法を”育む”ことが大切よ。それが結局はダダくんが望むところに導いてくれる。」
「で、でも・・・」
ダダは、ルルーシカを見た。訳も分からずに学校に行くという、自分が想像していた未来と違う方向に進んでいく未来。そこに不安しかない彼は彼女に助け船を欲しがるような顔をした。
「ダダ。・・・貴方は本当に英雄になりたいと自分の魔法に願ったの?」
ルルーシカはまるで答えて欲しくないように顔を暗くして彼に尋ねた。
「・・・僕は、そう願いました。僕の魔法の糧にする思いは”英雄”です!」
それが彼の魔法の原動力となる。魔法使いとは永遠の探求者なのだ。魔法は本人が探求していく過程で輝きを生む”神秘”彼が選んだ探求テーマは”英雄”それを阻むことはたとえ自分の弟子だとしてもできない。ルルーシカ本人も魔法使いなのだ。その気持ちは痛いほどわかる。探求したい学びたい知りたいそれを極めたいそれが人生。魔法使いが自分のその人生をかけて追い求めるテーマ。彼の中に出来上がったテーマをなかったことになどできない。
「そう。ならホルスの言う通りだわ。貴方が貴方の追い求める理想がそれなら、まず世界に出ること、そして学ぶこと。今の貴方には何もないの。今は遠回りに思えるかもしれないけど学校に行くことが結局は貴方が望む道の近道なるよ。」
「ルルーシカさん・・・」
「私もそうしたわ。私のテーマは英雄ではなかったけど学校ではたくさんのものを得たわ。」
ホルスはルルーシカをまるで妹を見るように優しく見つめながらダダに言った。
「そうね。まぁ。私も・・・得たものはあったんじゃないかな」
ルルーシカは少し含みのある表現をしながらそれでも何か踏ん切れたようにダダの背中を押した。
「いっぱい学んでおいで?」
「二人も学校に行ったんですか?」
「えぇ。もちろん。そうね。英雄なんて大層なものになりたいのならまずは軽く第一席勲章くらいは取らなきゃね」
ホルスは意地悪そうに笑った。
「うん。私の弟子だしそれが妥当ね。」
「え?え?なんですかそれ?」
「まぁ、簡単に言うとダダくんが英雄になるための布石だわ」
「そうね。それができなければ英雄なんて無理。」
「そうなんですか?!行きます学校!取ってきます!その英雄の布石!」
「・・・くっ。辛いわこの子を手放すなんて」(小声)
「ルルーシカさん・・・?」
「あんたこっそりついて行くんじゃないわよ!」
「うるさいのよ乳牛」(小声)
二人の攻防を他所に黒髪黒目の少年は窓の外を見た。そしてこれから始まるであろうまだ見ぬ未来に胸を躍らせた。
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「で。どこなんだ。その超有名な魔法使いて言うのは?」
ウルクルンたちは『36番目の迷宮』の出口の門まで撤退すると他の迷宮探索の一団たちとは反対の進行方向に進んでいた。
「おい、『プリムマ』だぜありゃ。」
「また、撤退か。よほど手強いんだなここの主は」
どこからか聞こえる冒険者たちの囁き声、おこぼれを待っていたハイエナたちの悪態、ここぞとばかりに名を上げようと迷宮に駆け込む命知らずを他所に女剣士ユピカは『プリムマ』一団を見る。
「とりあえず負傷者、同行補助班、戦闘員もへばってる子達は休ませてあげましょう?」
ウルクルンも一団を眺めて思いの外へとへとになっている団員を見てコクリと頷く。
「なんじゃギルドに戻るのか?」
ずんぐりむっくりのドワーフは肩に担いだ酒壺を煽りながらもう帰るのかと先ほど行われた激戦など全く気にもとめていないように言った。それもそうだ。初めての『36番目の迷宮』攻略の時は『キュプロクス』との戦闘に丸1日費やし、さらに迷宮入りも初めてだったため行きも帰りも一日づつ費やしたのだ。
今回はそれも顧慮し簡易な荷台を持っていったのが思いの外役に立った。負傷者はそこに乗せ、運びきれない負傷者の武器やら迷宮で手に入れた鉱物やら大きな荷物は魔法使いのコルフィの担当となった。コルフィは俺も疲れてますよーと胡散臭い顔でヘラヘラしながら木でできた杖を振り、何か言うと荷物はふわりと宙に浮きあっという間に荷物を出口まで運んだのだった。
迷宮は世界のいろんな場所にある為、街の中心部に出てくることもあれば『36番目の迷宮』のように近くに何もない荒原のど真ん中に現れることもある。そうなると迷宮の現れた場所には仮設テントなどが周りにたちはじめ、小さな集落ができる。そこに商人たちが集まる為、冒険者や『プリムマ』のような大きな一団はそこで迷宮で手に入れた物質を売ったり、または武器や薬品を買ったりもする。特に現在進行形で攻略されていない迷宮には沢山の人間が行き来し商人や冒険者が溢れる為、勝手に大きめの仮設村ができてしまう。
「そうだな。とりあえず仮設村じゃなくこのまま一番近い街に行こう。流石にこの人数では小さい村では厄介になれんしな」
「ウルクルン。『アウレラ』に行きましょう。私たちが欲しがる魔法使いもきっとそこにいるわ」
ユピカは多分ねと付け足して重い足を前に進めた。
「なーにぃ??『アウレラ』行くの?団長遊んでいい?」
「え!え!やだ『アウレラ』?!いい男いるかしら?」
ウルクルンの元に駆け寄ってきた二人の女傑は目をキラキラとさせた。二人とも褐色の美女で『プリムマ』の統一された銀の鎧が原型なく着崩されていた。と言うよりはもはや大事なところにしかその鎧はなくそれは見るものからしたら下着となんら変わりがないようにも見えた。その鎧から出た四肢は程よくついた筋肉と女特有の丸み、そしてみずみずしさに男なら目を止めしまっても仕方がないものだった。腹部にはまるで装飾品のような薄い楔帷子があり、そこから透けて見える美しい腹部の白線が一層色香を放っていた。彼女たちは『プリムマ』五本指の二人。アマゾネスのオトレールとメラニである。
二人とも同じ格好をしていたがオトレールは身長170センチほどの長身。青黒い長い髪を綺麗に結い上げ目は焦げ茶、耳に大きな丸い金のピアスをしていた。メラニは155センチ程と小柄で髪は金色に近い薄い茶色目はオトレールと同じ焦げ茶であった。
「頼むから街の男を殺してくれるなよ。ガッハッハッ」
ドワーフのへプティは愉快そうに酒壺をさらに煽る。
「なんなら俺がお相手しますよ〜」
ヘラヘラとコルフィが話に割って入ろうとする。
「雑魚無理。」
「え、あんた女じゃなかったの?」
オトレールとメラニはコルフィをあしらうとへプティはさも嬉しそうにガハガハと声をあげた。
そんな団員を尻目にユピカは大きなため息をつきながらこれから交渉する相手のことを考えて胃を痛めていた。
「ウルクルン。交渉にはあんたと私で行くわ。あんまりことを大きくしたくない。相手が相手だから慎重におこわなければならないわ。」
「お前がそこまで慎重になる相手か。では。俺ら以外の者は『アウレラ』のギルドで休んでもらうか。」
「そうね。」
こうして『プリムマ』一行は西大陸の『中立国家アウロラ』にある『アウレラ街』を目指す。