廻り出す
そこは『超高度魔法都市クワンティコ』
他の者をまるで寄せ付けない様に都市全体を鋼鉄の防壁が囲う様に作られていた。
そこは”魔法を使える者”なら一度は訪れたいと願う。”魔法を使う者のため”だけに作られた都市であった。
防壁の中はとんがり帽子の屋根が埋め尽くし沢山の建物がそびえ立っていた。
その中でも一際目立つ大きな城の様な外見をした建物。魔法学校がそこにはあった。
霞んだ灰色の煉瓦で全体を構築し、棟がいくつもある。まるで一つの建物を沢山寄せ集めた様な作りになっていた。その中でも中心に位置した大きなとんがり帽子の建物の最上階に彼は居た。
口元に蓄えられた髭、髪は真っ白くだがそれを小綺麗に毛先で結っていた。その老人は大きな鷲鼻と深い堀に青く光る目があった。彼はまるでおとぎの国からそのまま出てきた魔法使いではないかという容姿をしていた。その身を包む黒いローブも目深に被ったつばの広い帽子もしわがれたその顔も、骨ばった指先もなんともそれ(魔法使い)を連想させた。
彼は手に持った白い光沢のある厚紙をじっとを見ていた。
そこに写された女性は左の中指を突き出しなにかをわめき散らしている。
「はぁー。」
男は頬杖をつき大きなため息を漏らした。
「アレンスタン・・・・」
男は口元に生えるごわごわした白い髭なで付けると、その手元にあった紙に目を細めもう一度深く息を吐いた。
男が腰を据えていた立派な木製の椅子は背もたれに綺麗な木彫りの模様があり肘当てまで流れる様に施されていた。更にその肘を置いた机もとても立派に作られており滑らかな表面は光沢を帯びていた。
そこで唸っていた男と机を挟んで相対する様に立っていた女ハーフエルフが目元の眼鏡をくいっとあげ、男が呟いた名前にピクリと眉を動かした。
「・・アレンスタンが弟子を取ったそうだ。」
女はすこしキレ長い目をもっと細めた
「あの、アレンスタンがですか?」
眼鏡の女は口元で指を折ると眉間にしわを寄せた
「わかっておる。おぬしがあやつに対して少なからず嫌悪感を抱いていることは、だがこれはめでたいことだ。な?そうじゃろう?」
「しかし・・・」
その写真に写る女は同じ時間をループしているかの様に同じ動作を繰り返していた。
尖った耳と顎下まであるサラサラの薄緑色の髪、そして黄色い瞳、妙齢のハーフエルフの女は薄い唇を固く閉ざしもう一度眼鏡の縁を指で押し上げた。
「あやつは儂たちに隠している。その弟子の存在も。おぬしはそれでいいと望むかもしれない。だか、ユリシーヌ。儂はこの魔法都市クワンティコの魔法学校の学園長。そして、あやつアレンスタンは儂の教え子。できればあやつが初めて持った弟子をこの学園に迎え入れたいと思っとる。魔法という神秘に触れ、知れば誰でもそれを知りたいはずじゃ。誰でも学びたいはず、だからこそここがある。」
ユリシーヌの呼ばれたハーフエルフはなにも言わない。
「教え子の弟子は儂の孫の様なもの。わかっておるだろう?ユリシーヌ」
ユリシーヌはすこしだけ男をみて、すぐ目をそらすと小さくため息を漏らす。
「それで、私は何をすれば?」
ーーーーーーーーーーーーーー
ルルーシカのサラサラな赤髪は秋の夜風に優しく揺れた。膝の上ですぅすうと寝息を立ている少年に指先で触れる。黒髪の柔らかなうねりのある彼の髪をすくように撫でた。
その髪はふわふわで指先を通すと雲をかくようだった。
その愛撫と眼差しに愛を感じたとしても彼にやったことは愛でおさめるにはあまりに残酷だった。
ルルーシカは片方の頬を赤く腫らしていたがそんなこと気にもとめずダダを撫でていた。
その右手の手首に、くっきりと浮き出た黒い模様は彼の身分を示そうとする焼印のように痛々しく、ホルスは目を細めた。
『血の契り』あれはいわゆる誰かの所有物であるという証みたいなものだ。その呼称だけ聞けば神秘的であるが実際は力を与え眷属にするようなもので、いわば奴隷だ。
それは与えられる力が大きければ大きいほどその証の刻印を濃く深くつけさせる。
ホルス自身もあんなにしっかりとした刻印を見たのは初めてだった。
「ルルーシカ、あなたはその子をどうしたいの?」
ルルーシカの膝の上で仰向けになって眠りにつく黒い髪の少年をホルスは眺めた。
身体の半分の力を与える。それはつまり自分と同等の力を持たせるということ。まず、成功するかもわからない博打。誰も手を出さなかった死を伴う実験と同じ。
「はぁー。そう。なにも教えてくれないのね。今回も。・・・・でもね。ルルーシカ、その子は、苦労するわ。この森の外に出れば・・・」
「・・・・なんてなかった。」
「え・・・?」
「出す気なんてなかった!!!この森から!!!私の手のうちから!!!」
怒鳴るように大声をあげるルルーシカのその声は鋭く響き渡る。
そこではっとした。ホルスは自分の中で今まで感じていた違和感の正体に気づいた。
外の世界をなにも知らない少年。なにも教えない魔女。閉ざされた森。外界との接触を拒む柵。この世界こそが彼女の心の表れではなかったのか。最初、これはルルーシカが身を隠すために作ったものだとばかり思っていた。だが、そうではない。これはダダという自分の宝物を自分以外の全てから隔離するための檻だったのではないか?まるで、世界から彼を隠すように。彼から世界を隠すように。
「・・・・?!」
ホルスは思った。彼は一体『なに』なのか。
ルルーシカは人が変わったように形相を変えてホルスを睨んだ。まるで天敵から我が子を守る獣のように殺意のこもった眼差しにホルスは背中が冷たくなるのを感じる。その時ー
バサッーバサッー
3人の頭上に一羽の梟が飛んできた。その梟は胸に青いガラス玉がありそのガラス玉の中に紋様があった。その翼を大きく羽ばたかせゆっくりと地面に足をつけると頭をクリクリと揺らし3人を順番に見つめた。やがて、ルルーシカに目を止めるとその嘴を大きく開いた。
「これって・・・クワンティコの梟?」
ホルスが目を細める。
『お手紙です。ルルーシカ・アレンスタン!!』
梟はその嘴から声を出した。ルルーシカはそれを聞くと顔を真っ青にした。
『お手紙です。ルルーシカ・アレンスタン!!』
「クアッツ・べザレル・・・」
ルルーシカは指先に自分の魔力を乗せた。すると梟はルルーシカに近づきその指先に乗った淡く光る魔力を啄ばんだ。
『ルルーシカ・アレンスタンと認識。』
梟はそういうと体をグニャリと変え白い封筒へと姿を変え、地面にパタリと落ちた。
ルルーシカはその白い封筒を拾いはしなかった。ただ、自分の膝の中で眠る少年を優しく撫で続けた。ホルスは少し間をあけて自分が今後どうするべきか考えた。
(きっとここにきたのも何かの縁なのかもしれない。奇行奇抜で暴力上等、自分本位で冷徹無慈悲。さらには純血主義だった旧友があんなにも何かに執着している。しかもただのヒューマンに。慈しみ自分を偽ってでも彼の理想になろうと自分を変えている。そんな姿に私は少なからず驚いている。それに私は結局、彼女を嫌いになれない。頬を叩き軽蔑の目を送っても彼女の全てを見捨てはできない。彼女がなにも話さなかったとしても私は昔からずっとそんな彼女を慕っていたのだから。彼が何者なのかはわからないが命をかけて分けた力のことからも彼がルルーシカにとって大切な存在なのだということは理解した。とりあえず彼が生きていて良かった。私はこのまま見守っていたほうがいいのかもしれない。)
ホルスはそう考えた。
ルルーシカのあの顔を見た後では、少年を保護するといい彼女から取り上げる気には到底なれなかった。
「ルルーシカ、ここは冷えるわ。部屋に入ろう?」
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「くっ!!!やっぱりダメです!!団長!」
何度も打ち返される斬撃に剣を両手で握りしめたわかい剣士は弱音を吐いた。
「”36番目の主"には打撃が効かないのはわかっていたがここまでとはな!!」
統一した銀の鎧と紋章をつけた一団『プリムマ』はここ西の大陸に開かれた『36番目の迷宮』に2度目の探索に出ていた。その一団は多種多様な種族で組まれ50人程の一個団体であった。団長と呼ばれた大男は身長が190センチほどあり、その広い肩幅とがっしりとした体格、サイドを刈り上げた短い金の髪そしてその整った顔と髪と同じ金色の目はまさしく英雄と呼ぶに値する姿をしていた。今もっとも英雄に近い男プリムマのウルクルン。その一個団体の前に立ちふさがるのは迷宮の最深部にいる”主”と呼ばれる魔物がいた。
一つ目の魔物『キュプロクス』であった。
どの迷宮にも最深部には”主”と呼ばれる魔物がおりその魔物はその奥にある鍵と黄金を守っていた。その鍵は次の迷宮の場所を教え扉を開ける働きをしていた。黄金を手に入れたい者。冒険をしたい者。魔物を倒したい荒くれ者。名声を得たい者。いろんな物が世界各地の迷宮を血眼になって探索する中、その第一線を走っている団体が『プリムマ』であった。
今や世界はこの迷宮攻略に躍起になっていた。国を挙げて迷宮探索団体を支援するのはなおのこと、攻略できればその国は大きな恩恵として黄金を手にすることができるのだから力を入れないわけがなかった。『プリムマ』が所属している国は東の大国『プリムマ』であった。
一国の名を持つということはその国の探索団体の中で一番権力を握っているという証でもある。ウルクルン自体は『プリムマ国』の王家に仕える聖騎士団長であったが、国との戦争そっちのけで迷宮探索に明け暮れるこのご時世にウルクルンも王の名を受け探索に駆り出されたというわけだ。ウルクルン自体そこら辺んの冒険家とは違い王家直属の騎士の家で育った身の上、屈強な剣士であったウルクルンが世界に名をはせるのに時間はかからなかった。
ウルクルンが国に与えた利益は莫大だった。迷宮を攻略すればするほど黄金は国を潤した。
迷宮の探索入る冒険者には最初に『精霊の恩恵』を頂くという儀式がある。迷宮に現れる魔物の内部には精霊が好む『魔石』がある。その『魔石』を欲しがる精霊たちはいつしか冒険者に『魔石』をもらう代わりに恩恵を授けるようになった。その恩恵は身体的能力向上種族特有の能力の向上があり体のどこかに線の印が現れる。その印は階級を表している。経験を積むほどその印の線は増え階級が上がったことを知らせる。現時点で認知されている印の線の数は5本ちなみに線の入り方は人それぞれ違うらしくクロスしたり平行に刻まれたりする。ウルクルンは5線である。
「ガァアアアアアァァァアアアアアアアアアアアァッーーーーーーー!!!!!」
『キュプロクス』はその醜い顔をこれでもかと歪めて見せた。
「この馬鹿でかい体と怪力、さらに硬い皮膚で打撃が皆無。やはり内部から攻めれる魔法が有効打か・・せめてここに4・・いや5線の魔法使いがいれば・・」
魔法使いは超希少種族に入る。さらに基本他種族との交流を嫌う。エルフ以上の頑固者として有名である。
魔法自体はドワーフ、エルフ、魔術師を筆頭に使えるものは他の種族にもいるが、魔法使いの魔法は他種族とは一線を画す。『魔術』が到達することのない『神秘』を使う魔法使いはその存在自体がとても貴重とされていたため『プリムマ』にも所属している魔法使いは1人しかいなかった。
「けっ!!魔法使いなんぞ!あの鼻にかかる態度がどうもわしゃー好かん!!!」
ウルクルンが顎に手を当てながら唸っていると隣で大斧を振り回していたずんぐりむっくりんした身体のドワーフが話しかけてきた。
「聞こえてますよーへプティさん」
ヘラヘラとした胡散臭い顔をした男が話に割って入ってきた。ひょろ長い体を黒いローブで包みツリ目の狐のような顔をしていた。さらさらの栗色の髪が動く度に目元で揺れる。
「なんじゃ若造!黙ってあの一つ目の攻撃を防がんか!」
悪態をつくドワーフのへプティには気にもとめず若い魔法使いはウルクルンにぺこりと頭を下げた
「すみません団長。俺、駆け出しなもんでまだ2線で」
「・・いや、駆け出しでもう印が2本を刻まれているんだ。コルフィやはり魔法使いの君は希少だ。」
そう言われるとニヤついた顔をへプティに向けてコルフィは後衛に戻っていった。
「かーっ!!あのクソガキ!!」
やれやれとドワーフを横目で見て、目の前で吠えている『キュプロクス』が振り回す大きな腕を大剣で受け流す。
いくら大剣で切りつけても浅い傷にしかならない。しかも最悪なことに再生能力まで持っている。
「キリがないな。やはり魔法使いを一人仲間につけないとダメか。」
大きく開かれたドーム状の部屋は全方向土壁に覆われており前衛にウルクルンを筆頭に剣士が3人アマゾネスの女戦士が二人ドワーフが一人接近戦を担っていた。中衛は弓矢部隊が10人程度エルフも混ざっていた後衛も10人魔術師と先ほど話に割って入ってきたコルフィもいた。残りは負傷者の治療と迷宮で獲得した魔獣の中にある魔石や珍しい鉱物、薬草、魔物の牙や爪などを担いだ同行補助者がいた。
『キュプロクス』との戦いが始まってもう1時間は経過しただろうか。仲間の消耗が激しく後衛は特に魔術師は息が切れていた。もうそんなに魔術を打てないだろうとウルクルンは後衛に目を走らせた。『キュプロクス』とはというとウルクルンの二倍はあるその体をまだまだ元気に動かしていた。
やはり何度打ち込もうと打撃では決定打にはならず、魔術師と魔法使いの渾身の攻撃もあっという間に再生してしまった。中衛のエルフも詠唱を始めたが、今回はあれを撃って有効打にならなければ退却だなっとウルクルンは思った。
「やっぱりダメね!私の渾身の一振りも骨まで到達しないわ!」
女剣士のユピカはウルクルンのそばに来て悪態をついた。
『プリムマ』の5本指と呼ばれる主力の一人女剣士ユピカ、ウルクルンと同じ王直属聖騎士のユピカは女ながらに剣の才に恵まれた女性だった。生粋のヒューマンだがその身体能力は足腰が異常に強いアマゾネスとも対を張るほどであった。そしてその性格も豪快の一言、自分より弱い男は男と認めないと豪語している。見た目は黙っていればどこかのお姫様のように可愛らしく青い目と腰まで流れる金色の髪をキュッと一つに束ねていた。そんな見た目に騙されて口説こうものなら男は心に軽いトラウマを残すだろう。
「ユピカ。やはり今回だけでも5線の魔法使いを雇おう」
「私もそう思うわ。こんな相手に優位な状況、無謀だわ。まさかここまで打撃に強いとは思ってなかったとはいえ、これは失態よ!」
「そうだな。自国に帰る時間が勿体無い。この迷宮の近くに誰か当てはあるか?」
ウルクルンはユピカに目をやると彼女の顔がみるみる青ざめていくのがわかりギョッとした。
「・・・やばーい。すんごい嫌な奴の顔思い出しちゃったわ」
エルフの詠唱が終わり迷宮に大きな爆発音が鳴り響く
しばらくして土煙が収まっていくと『キュプロクス』は平然とそこに立っていた。
「・・・・・撤退だ」
「ええ。そうね」
「名案だ。」
「うむ。」
『プリムマ』一団の二度目の『36番目の迷宮』攻略はこうして失敗に終わった。