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裏切りの文学

作者: 裏切りの缶コーヒー

裏切りの文学。


悲恋、悲運の類、自己耽溺と世界の拒絶。

巨悪というのは常に現実のことであり、貴種流離譚とは逃避の末、敗れ去った私の陽炎である。孤高の正義漢がその瞳の奥に優しさを讃えるのは、偏に世界を名乗る敵が彼を裏切り、彼を孤独にした為だ。我々が如何に独善を愛しているかの証左である。


男の抱える悲嘆や絶望が深ければ深いほど、その男は我々にとって尊くなり、触れがたい程の神性を帯びる。故に彼はその体が滅んだ後も、また彼という人間を知る者が誰一人としていなくなったその後も、数千年もの間ずっと磔にされ、殺されては復活したのである。あの十字架への信仰、そこには散りゆく花、美への崇拝がある。


儚さ、というのもまた一つの裏切りである。この万物流転の宇宙にあって、無常の物を我が眼前に留め置こうとする、この抵抗こそが普遍にして不変の美を求む芸術の果てであり、またその叶わぬが故の独善の形象が絵画であり、映像であり、文学である。内包する矛盾に裏切られる、我々の生き様も又、然り。


十字の彼の例に漏れず、儚さ積もって世界を為す。我々は万物に境界を作り、細分化し、仮託をもって再構築するを性とする。然して、万物は細分化しきれない、ということがない。私の不可能ではあるかもしれないが、宇宙がそうであるように、創造された物質は必然としてそれを構成する物質を必要とする。


無限の後退に虜囚となるも必定、かと思える。しかしその期待も淡く裏切られる。物質世界で有限の時間軸を生きる我々には、知覚に物理的限界がある。故に答えを理解する前で「答え」に縋らざるを得ないのだ。つまり我々は自ら与えられて世界を細分化し、その世界によって自らの限界を知る。抗えぬ巨悪。


これが裏切りでなくてなんとする。


我々がその身に抱え込んでいるのは、正義と不義などの二項対立的諸概念ではない。しかし脱構築の永遠の螺旋から抜け出し、我が断ずるところは人間の齟齬、愛である。我々は裏切りによって深く傷つけられ、故に愛を知る。偽悪の中に切なさと孤独と優しさとまた「物語」を見つけ、これを故郷とするのだ。


他人とその世界を愛する私、その根底に渦巻くは自分、ただ一人自分への愛だ。

だからそんなものがないと知りながらも、私は書く。未来の過去の今の明日の時制を超えた誰も彼もに対し、私は敢えて、宣言する。回り続ける独楽の、いつかは止まるその独楽の、すっくとたったその軸。その軸たる私が存在することを。常として同じ形をとらず、しかし不変な私の存在を。


お前は記憶や言語や資料などの偽りによって私を復元しようとし、しかし得るのはその残滓のみだ。


だが。

それでいいではないか。


先ほどの私が存在したことが、既にして私の誇りである。お前も誇りに思っていい。裏切りの存在が、哀しいかな、我ら人類が作り出す、虚妄妄執の類、つまり、科学や文化、神話や貨幣経済、共同体への幻想、そういった「物語」の基盤、前提なのである。




裏切りの文学。


悲恋、悲運の類、自己耽溺と世界の拒絶。

巨悪というのは常に現実のことであり、貴種流離譚とは逃避の末、敗れ去った私の陽炎である。孤高の正義漢がその瞳の奥に優しさを讃えるのは、偏に世界を名乗る敵が彼を裏切り、彼を孤独にした為だ。


我々が如何に独善を愛しているかの証左である。


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