嫁入り
叔母の夢を見た。
叔母というのは父の弟に嫁いで来た人で、とても気立てがよく、大変子供好きな人だった。私も幼い頃にはよくお手玉や人形遊びに付き合ってもらったし、田植えの時期には母よりも叔母の方にくっついて手伝ったものだ。ある年の夏、その叔母が病にかかった。酷い咳と高熱が続き、ほとんど立っていることさえ出来ない。最初、家の者はみんな、「風邪だろう」と言って二、三日も横になっていればすぐに良くなると思っていたが、五日が過ぎ、七日が過ぎてもその様子はない。さすがに医者を呼んで来たが、特別に変わった症状があるわけでもない。「やはり風邪ですな」といって何でもない顔をするものだから家の者も「そうだ、そうだ」と頷いてどこか安心していたが、十日経った頃から、叔母の様子がおかしくなった。
「油揚げが食べたい」と叔母は言ったという。
食欲があるのは良いことだから、とすぐに油揚げを買いに行かせて、味噌汁にして食わせてやったが、「もっと食べたい」「まだ欲しい」と続けて、あっという間に小鍋ひとつ分の味噌汁が空になった。これは怪しい。キツネに憑かれているに違いない、とみな口々に言いだした。しかし当の叔母は毅然としてそれを否定した。
「私、憑き物なんかじゃないわ。本当に、お腹がすいて、油揚げ食べたくなっただけです」と言ってクスクス笑うのだ。家族もそれで納得しかけたが、数日経った朝、台所がめちゃくちゃに荒らされていて、どうやら油揚げや魚を見つけてはその場で食っていた様子で、家中にそのクズが散らかっていて、しかし叔母はどこにもいない。これは大変だと大騒ぎになって、町の人間総出で探し回ったが見つからない。やがて日も暮れようかという頃に、隣家の爺様がぐったりと冷たくなった叔母を抱きかかえて帰ってきて「連れでがえでしまった」と言ったという。叔母は林の奥の沢に落ちて、死んでいたらしい。沢の上流には破れ落ちた稲荷が、人知れず祀られていた。
夢の中で会った叔母は、真っ白い花嫁衣装を纏っていた。凛と立ち、ふっくらとした笑みを口元に浮かべた姿は、病に倒れる前の叔母を思い出させた。遠くから沢の流れる音がしては、ザザザ、と風が木を撫でる低い音に掻き消される。
「あの人に、ごめんなさいねって。私、ここに、嫁ぐことにしました」
そうか、叔母は狐の花嫁になったのか。私は妙に得心し、ウン、と黙って頷いた。それからふと、手の中に、酒のはいったおちょこを持っていることを思い出し、それを稲荷の前へ供えた。「ありがとう」と言うと、叔母はゆっくりとそれを口へ運んだ。
「おいし」
その叔母の声が、夢だったのか、目が覚めてから聞こえたのか、分からなかった。
カラカラっと窓を開けると、晴れた空から、細くてやらかい雨が降っていた。