不遇
勝利を軍師にした曹操軍は、次々と黄巾軍を討伐していき、敵の首領・張角を追い詰めていた。
「皆の者!よくぞここまできた!もう少しで、反乱がおさまる!あと少しじゃ!」
官軍の将校が集まる会議で、何進は意気揚々と演説していた。
「曹操様!あいつ、ほとんど何もしてないではないですか!」
「気にすることないわ、あんな小物。それより…乱世はまだ終わらない。黄巾軍を倒したところで、まだ始まりだと思うのよ。勝利、官軍の中で誰が台頭していきそうかしら?」
勝利は辺りを見回す。話したことはないが、一緒に戦ってきた将校たちだ。大体の力量は分かっていた。
「まだそこまで把握していませんが…まず、董卓殿。なにか妖艶な雰囲気のある彼女ですが、戦の指揮等からも、非凡なものを感じます。」
そこまで大きい声で話していたわけではないのだが、聞こえたのか、董卓が不思議な笑みを浮かべてやってきた。
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね…坊や。私の配下にならないかしら?」
勝利が董卓に反応する前に、曹操が早口で言い返した。
「ご冗談を。貴方みたいなおばさんより、勝利はこっちを選ぶに決まっているわ。ねぇ、勝利?」
曹操がここまで口が悪いのは珍しい。
「官軍として、俺たちは仲間だ。それ以上もそれ以下もあるまい。」
「なによその返事…私との関係も、それで説明できちゃうじゃない…」
曹操は不満そうだが、董卓は笑みを止めない。
「坊やのおかげで、黄巾軍をここまで追い詰めることができた。でもね、私はこう思うのよ。このまま、黄巾軍を滅ぼさない方が良いんじゃないかって」
「ふむ。それはどういうことだ?」
「官軍として、今はこうやって纏まっているけど…、それは共通の敵がいるからに違いないわ。共通の敵を倒してしまっては、どうなるか、分かるでしょう?」
そう。ここまでの大規模な反乱は、国が力を失っていないと起こらない。そして、国の衰退は、もはやとめられない。この反乱を鎮圧しても、国という力がない以上、権力争いが起こることは間違いないことだった。
「あら。心配ないわ。どれだけ乱れても、私が統一するもの。」
曹操は自信満々に凄いことを言っている。
「あら。見ものね。私が統一するかもしれないのよ?もしくは、他にも…」
「関係ないわ。そうよね、勝利?」
「さあな。まあそれより、黄巾軍をまずはどうするか考えようぜ?」
それを聞くと、董卓は笑みを浮かべたまま、離れていった。曹操は見るからにイラついている。
「ちょっと勝利、どうしてもっとはっきり言わないのよ。董卓の軍師になるなんて、許さないんだからね?」
「人生なにが起こるかわからないからな。それより、そろそろ作戦会議だ。」
曹操は不安そうにしていたので、勝利が頭を撫でると、照れた顔をしてそっぽを向いた。
「いきますよ、曹操様!」
夏侯惇が呼びにきたので、軍議に出発した。
ー
「何進殿!これはどういうことですか!」
軍議中だが、構わず曹操は叫ぶ。軍議に提示された策は、あり得ないものといっても良かった。
「どうして、私たちが囮にならないといけないんですか!」
そう、作戦の内容は、曹操をはじめとする、官軍の中でも発言権の弱い部隊が囮になって敵を引きつけ、その間に回り込んだ、何進軍等が敵の陣地を奪う、というものであった。
囮に使われる部隊は、どれだけの被害が出るか、分かったものではない。
「もう決まったことじゃ。諦めよ。自陣に残る部隊は、董卓軍とする!以上じゃ!軍議は終わり!早く支度せよ!作戦開始は夜明けじゃ!」
無理矢理何進は軍議を終わらせ、立ち去る。
「曹操様、これはどこがダメな作戦なのですか?」
「説明してやろう、夏侯惇。恐らく、これは…何進の作戦ではない。奴にそこまでの頭はない。恐らく…董卓。」
「ふむ。もう少し詳しく教えてくれるか?勝利殿」
夏侯淵でもまだ分かってないらしく、勝利は詳しく説明する。
「この戦は、官軍の将校達の権力争いのはじまりといえる。つまり、黄巾軍を倒して終わりではなく、そこからは権力争いが始まっていくだろう。そして、今までの戦から、誰が権力を握りそうかなど、すぐに分かる。」
そういって、勝利は囮となる軍の説明をはじめる。
「まず、俺たち曹操軍。そして他にも、孫堅軍という黄巾軍討伐でかなりの成果をあげてきた軍だ。他にも、公孫瓚軍。これは、隊長の公孫瓚より、部下の劉備・関羽・張飛・趙雲という人たちが気になる。全員、面識はないが、戦い方等からも、こいつらが権力を握りそうってのは、少し先を読む力があればわかるんだ。」
「なるほど…。そして、勝利殿。なぜ考えたのが董卓殿だと?」
「董卓も、権力を握るだろうと俺が睨んでいた奴なんだ。ところが、董卓は囮軍ではなく、自陣で防御。さらに、彼女なら、恐らく誰が権力を握るかもわかっているはずだ。」
「くそ、やられたわ!」
「勝利、どうすればいいんだ?董卓と何進を殺せばいいのか?」
夏侯惇はすぐ物騒なことを言う。
「バカか、そんなことをしても処刑されるだけだ。ただなぁ…どうしようもないんだよな。」
「バカとはなんだ!軍師だろ?なにかないのか?」
「ない。被害が少なくなるように態勢を整えて、なるべく死者が出ないようにすべきだろう。命令違反で処刑されるわけにもいかないし、とりあえず囮役になって、なんとしても生き残るしかあるまい。準備を始めよう。」
勝利はそれでも、生きることを諦めていなかった。出来る限りの準備をしながら、配置についた。
準備をしていると、董卓が勝利に近づいてきた。
「もう一度だけ言うわ。坊や。私の軍師になりなさい。なるのなら、今回助けてあげてもいいわ。」
「やっぱりお前の考えか、董卓。」
「あら、怒らせちゃったかしら。でもね。あなた達も、孫堅軍も、公孫瓚軍も、こんなことで死ぬとは思えないのだけどね。」
「ああ。死なないぜ。」
「大した余裕ね。…ねぇ、一つだけ。なんでも一つ言うことを聞いてくれるって条件で、助けてあげてもいいわよ。」
「…考えておく」
董卓は、悲しそうな顔をして、自分の陣営に帰っていった。
夜が明けた。