第54話 御神木
《なんで、来たの?》
「んー、待ち切れなくなっちゃって」
そう言いながらも、リアリスは俺の朝飯を貪っていく。
すごい食欲だ。なんで太らないんだろう。
無論、聞くようなことはしない。
俺も紳士を志しているからだ。そう、じぇんとるめん。
「ふー、ごちそうさまでした」
気付くとリアリスは食事を終えていた。
皿の中身は空っぽ。結局俺は葉っぱを一枚食べただけだ。
……ま、夜にハリオンさんに色々貰ってるからいいんだけど。
《よく、たべるね。森人族って、胃袋もすごいんだ》
「……ダル、あなた、少しはスカルさんを見習った方がいいんじゃないの?」
俺の正直な感想に、何故かリアリスが眉根を寄せる。
謎い。
謎すぎる。
どうしてそんな返答が出てくるのか。
「ま、いいわ」
リアリスは「呆れた」とでも言うかのように、眉間に入れた力を緩めてから、ため息をついた。
そんな動作までもが洗練されているように見えて、俺は思わず見とれてしまう。
そんな中、こともなげに、リアリスが言った。
「今日はね、御神木に行くの」
《御神木って、あの?》
俺の問いに、リアリスが頷いた。
この森の中央には、他の巨木群と比べても圧倒的にでかい木が一本、屹立している。太さは一般的な巨木が四、五本くらいは中に収まりそうなほどで、高さだって他の追随を許していない。
それが、御神木だ。
確か、女王様が【神術】と関係がどうたらこうたらみたいなことを言ってた気がする。
勿論、俺は初日からそこに行きたかったのだが、リアリスに「待て」をくらっていたのだ。
「目玉は最後だー」とか言っていた。リアリスは目玉焼きの黄身は最後に食べる派らしい。
……目玉焼き食べたい。
「御神木はね、私たちにとってとても大切なものなの」
《うんうん、やっぱり醤油だよね》
「えっ、醤油?」
《えっ、ソース派?》
「えっ」
リアリスが固まってしまった。
どうやら醤油派でもソース派でもなかったらしい。
「……ちゃんと話聞いてる?」
うむ。
なんか、森人族達は目玉焼きの黄身の部分を大事にしてるとか、そんな感じでしょ。
俺は白身も好きだけどなー。
「……はぁ。もっかい言うから、ちゃんと聞いててね」
そう言ってリアリスは、大きく大きく、ため息をついたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
理解した。
いや、うん。
目玉焼きとか全く関係なかったよ。
なんで目玉焼きの話とかしたんだろうか。
ややこしいこと言わないで欲しいよね、ほんとさ。
簡潔に言うと、御神木は森人族達の心の拠り所らしい。
その最たる例がいわゆる冠婚葬祭で、それが全て御神木のふもとで行われるのだ。
それにもちゃんと理由があって、なんでも、森人族達の祖先の魂が御神木に宿っているんだと。んで、祖先達に見守られている中で森の重要な祭事を行うのがしきたりになったらしい。
《で、これがその御神木かあ》
そして、俺は今、御神木を見上げていた。
「どうだ、中々なものだろう? 長老達によると、少なくとも千年以上前から我々を見守ってくれているらしい。……まあ、千年というと遠すぎて実感が湧かないものだが」
そう言って苦笑するのはデールさんだ。
彼は頭上高くそびえ立つ御神木を眺めるために、その大柄な体躯を仰け反らせている。
そんなデールさんの顔付きはやはり森人族の中でも凛々しい方なのか、かなりの後方から一直線に突き刺さってくる幾つもの羨望と嫉妬の視線が痛い。振り返るのも怖い。
「私達の寿命が五回分くらいだもんねー」
真ん中で、リアリスが快活に笑って言った。
こいつは、うん、いつも通りである。
ニコニコと笑いながら、周りの人々にも挨拶したりしている。
周りの人々も、愛想よく返してくれていた。リアリスには重々しい礼儀がいらない、というのが浸透したらしい。
白いモンスターと王女殿下。その奇妙な組み合わせは既に森の人々の知るところとなっていた。
まあ、当たり前だ。だって、俺みたいな奴は殆どの森人族達からしたら相当珍しいだろうし、リアリスは大事な大事なお姫様である。
これはハリオンさんから聞いた話なのだが、リアリスは前森王様――つまりは女王様の夫――の忘れ形見らしい。その王様がたいへん森人族達に好かれていたらしく、その遺児であるリアリスは森人族達からも女王様からも甘やか……大事にされているんだと。
だから、今までは箱入り娘として丁重に扱われていて、外に出ることもあまりなかったらしい。外に出るようになったのは俺と帰ってきてからなんだとか。
さて、どうしてそんな有名コンビの隣に女王様の護衛的な立場のデールさんがいるのか?
よくはデールさんもわからないらしいけど、女王陛下の命令らしい。
まあ、うん。
別に全然残念に思ってなんかないし。むしろリアリスが「えー、二人がよかったのに」とか言ってたし。
でも多分特に意味はないんだろうな。
あいつはそういう奴だ。
「? どうしたの、ダル」
俺の複雑な気持ちが籠もった視線に気付いたのか、リアリスが右下方にいる此方を見やってくる。
向けられる碧色の瞳。やっぱり、綺麗だ。
《別に、ないよ》
うん。ない。
なにもないよ。
「んー、ならいいけど。……なにかあったら、言ってね?」
リアリスはそれだけ言ってから、正面に向き直る。
同時に、後ろで一つに束ねられている白金色の髪が揺れた。
ちなみに、「そんな大事にされてたリアリスが何故ダルと添い寝することが出来たのか」なのですが「森人族エルフは肉体よりも精神性を重視する」ってのと、「女王様はダルの記憶を覗いてる」ってのと、「女王様がたとえ相手がきんもちわるい人外でもリアリスの気持ちを大事にできる程の親馬鹿」ってのと、最後に「リアリスの倫理観を信頼してる」っていう四つの要素からですかね。
なお、「リアリスが無理矢理襲われる」というのは、「力の差的にありえない」ってのがあって、あんまり警戒してません。一応、精鋭の兵を数人配置する程度のことははしてましたが。
という設定を半分くらい今考えました。




