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第50話 “才能の差”②

「……だから意味が無いって、言ってるだろ」

 

 揺るぎない意志を瞳に宿して立ち上がってきた、森の客人――寄生虫のダル――が放った攻撃に対して、おかっぱ頭の美青年が冷たい言葉を投げかける。


 実際、彼には一切のダメージが入っていなかった。

 ダルの必殺の攻撃が直撃したにも関わらず、だ。


 その余波で巻き上がった土埃が白金髪の美青年――ハリオンの視界を妨げるも、彼が表情を変えることはない。 

 眉一つ動かさない無表情。

 しかしその表情とは裏腹に、彼の心中は静かな怒りをたたえていた。


(――どうして、認めようとしない……!)


 ハリオンは、自分の力量を、才能を測れない者が何よりも嫌いだった。

 諦めなければ報われる。

 そんな妄言を信じている者が、嫌いだった。


 この世界では、生まれつき――越えられない壁というものが存在する。


 努力さえすれば、『凡才』でも『天才』と戦える。

 そんなことを言っている奴を見ると、怒りが沸々と湧いてきた。

 『凡才』はいくら努力をしようと『凡才』だし、『天才』はいくら怠けようとも『天才』なのだ。

 結局、『天才』が努力をしてしまえば、『凡才』に追いつく術はない。

 

 それをハリオンは、幼い頃の経験で知っていた。  

 そして彼は、『天才』と『凡才』のすれ違いも、生み出される悲痛をも知っていた。


 だから彼は放っておけなかったのだ。   


 古代森人族(ハイエルフ)の時期女王たるリアリスが、明らかに能力に隔たりがある低級モンスターと親しくしていることに。 

 リアリスと彼は主従の関係であるし、それ以前に良き友人であったからだ。


(――それでは結局、リアリスも、自分自身すらも傷つけることになるんだぞ……!)


 あるいは、あの大きく小さな寄生虫(ダル)のことも思っていたのかもしれない。

 いずれにせよ、彼は怒りを抑えながらも足を一歩、踏み出そうとして――


 ――視線を感じた。


 ハリオンはその端正に整った眉を寄せ、足を止めた。

 視線と共に、力を感じたからである。

 結界を貫通して尚、ハリオンの行動を抑制する程の力を。


 彼は困惑していた。


 場合によってはこれは、森人族(エルフ)への宣戦布告に等しいからである。   


(リアリスを狙う者は結界の内外にいて、しかもこれだけの力を持っているのか? ……いや、こんなことを態々(わざわざ)する意味が無い。なら――)

 

 色々な考えが脳裏を掠めるが、しっくり来る物は一つもない。

 しかし彼は、長命な森人族エルフ達の中、若すぎる十代という年齢で実質的な森の警備を任されている男だった。

 森の危険性について、何度も何度も、様々な考えを張り巡らし続ける。


 そして、何十個か目の仮説を捨てて、新たな思考に移ろうとしていた時だった。




《潤い与える(せせらぎ)。天の水瓶(みずがめ)は傾く――――》




 やけにはっきりとした声が頭で響き、ハリオンは現実に引き戻される。

 意志の灯った、確かな声。

 その声音は確かに先程、聞いたことがあるもので――しかし、強い思いと決意を孕んでいるそれは、まるで別人のようだった。

 

(これは――あの、寄生虫――?)


 ハリオンの困惑など関係ないかのように、ボロボロの寄生虫は――詠唱(うた)う。


こぼれ、ながれ、まり、のぼる、潤いの循環よ》 

 

 辺りの魔素が、うねった(・・・・)

 同時に、ハリオンは目を見開く。


《清らかな円環、淀んだ廻転、緩急の旋廻。――廻り続ける天の恵み》 


 深紅の瞳に強い決意を宿した寄生虫が詠唱を紡ぎ続ける中、彼の操る魔素が、競技台リング上で暴れ狂う。

 ハリオンの操る風魔法に勝るとも劣らない程の――魔素、魔力。

 ダルの周りでは土埃が巻き上げられ、彼の頭上には魔素が集中していく。


(――なぜ、森人族エルフでない一介のモンスターが、ここで魔法を使える――?)


 ダルの操る魔素に吹き飛ばされないよう、両足で踏ん張っているハリオンの頭に浮かんだのは、そんな疑問だった。

 それも当然のことだろう。

 彼にとってダルは、たまたま(・・・・)手柄を立て、たまたま(・・・・)客人として女王陛下に認められた、ただの(・・・)低級モンスターなのだから。


 普通ではない。

 結界を無視して魔法を使用するなど、普通なら有り得ない。


 だが――


 彼はこれを、知っていた(・・・・・)


 普通なら有り得ないことを起こす、世の理を超えるそれを。

 “奇跡”と呼ばれるそれを、彼は間近で見てきた。

 

 そう、リアリスだ。


 彼女と幼馴染だったハリオン、デール、ルーデの三人は、その“奇跡(チート)”の恩恵を、幼い頃から受けてきたのだ。

 だからハリオンは――疑問に対する解答をすぐに導き出すことが出来た。


(……リアリスとやけに打ち解けていたことも、陛下が簡単に認めたことも、かの“貴人”と“暴君”の部下であることも――この視線が、今ここに向けられていることも) 


 白金髪の美青年の口角が、上がる。

 

「――ああ、そうか。君も――“持っている(こっち)”側だったか――――ッ!!!」



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


  

 ハリオンさんが、思いっきり笑いながら、叫んだ。

 よくはわからないけど、俺もそれに応えるようにして、笑った。

  

《――大いなる循環、その静かなる一節を今ここに》


 そして、詠唱が完成する。


《――『ウォーターボール』っ!!!》


 そう念じた瞬間、あれだけ暴れていた魔素が音一つ立てない程に静まり――次の瞬間、一気に膨張する。

 膨らみ続けた魔素はやがて成長をやめ、魔法として水球を形作り――始めなかった。


 パンパンに膨らんだゴム風船が中身を放出するように、急速に魔法がしぼみ始めたのだ。

 やがて、跡形もなく消える。

 

 完全に予想外の事態に、俺は目を点にして――


 ――え?


 視界が揺れると同時に、どさっと、何かが倒れる音が闘技場に響いた。

 歪んだ視界の向こうから、ハリオンさんが此方に走り寄ってくるのが見えて――それを最後に、俺の意識は暗転した。

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