第49話 俺は――――
俺は、調子に乗っていたのかもしれない。
あの“半魔人”を倒して、スカルさん達からも認められて。
多分、そうだったんだ。
俺は……弱い。
確かに、“半魔人”は倒せた。
でも、ハリオンさんには負けた。
彼の言う“強さ”は俺にはなかったんだ。
俺より弱い奴がどれだけいようとも、ハリオンさんに負けてしまえば、意味はない。
これで、終わりだ。
ハリオンさんの言う通り、場違いだったんだよ。
病魔の調査だけで十分だったんだ。
そうさ、俺は“潜入者”と戦うつもりでいた。
でも、そんなの必要なかった。
彼等は、森人族は、戦闘においての俺の助けなんて全くいらなかったんだ。
だってハリオンさんは、森人族は――強いから。
……リアリスも、そう思ってたのかな。
俺のことなんか、全く頼りにしてなかったのかな。
本当はこの戦いだって、俺を帰らせるために……。
まあでも、どちらにしろもう終わりなんだ。
終わり。
リアリスとも、他の森人族達とも、これっきり。
……おじさま達の縄張りに戻って、ゆっくり暮らそう。
エミネルちゃんと遊んで、グルートさんと狩りに行って、おじさまに怒られて。
スイレンさんや、ヴォルフさん達と仲良くなったりして。
そうやって、森人族達のことなんか忘れて、生きていこう。
そんな結論に達して、俺は無理矢理口角を上げる。
そして、リアリスの方に視線を向けた。
視界も滲んで……ここからじゃよく見えないけど、これで終わりだ。
潔く、諦めよう。
……面倒くさいし。
まあ、俺も頑張った方だと思うよ。
ハリオンさん相手にさ。
じゃあね。リアリ――――
――心の中で、そう言いかけた時だった。
〔熟練度上昇 『視力強化』5/10→10/10〕
〔SLv上昇 【視覚強化】 Lv2→3〕
〔熟練度上昇 『視界拡張』 1/20→5/20〕
視界の端に半透明の文字が次々に浮かび上がってきたかと思えば、急に視野が広がり――ぼやけていたリアリスの顔が、はっきりと映った。
彼女は口元を真一文字に結び、心配するような目つきで眉根を寄せていた。胸に当てた左の拳に、右の手のひらを祈るように重ねている。
ふいに、彼女の唇が動いた。
『が』
『ん』
『ば』
『っ』
『て』
一語一語ずつ、ゆっくりと、彼女の口元はそう形作っていった。
少なくとも、俺にはそう見えた。――そう思えた。
胸の奥が、カッと熱くなる。
……くそ。
くそくそくそっ。
くそくそくそくそくそっくそったれ!
何だってんだよ、俺は!
何で諦めてるんだよ――ッ!!!
俺は弱い! それがわかった!
ならどうして! 先に進もうとしないッ!
どうして! 言い訳にするッ!!!
ここで森人族達と――リアリスと別れる!?
お前は本当にそれでいいのか!
本当に忘れられるのか!?
その後悔を一生背負う覚悟があるのかッ!?
何が潔く諦めて、おじさまの所でゆっくり暮らすだ――!?
俺がここで諦めることで泥を塗るのは、誰の顔だ!?
俺の力を認めてくれた、スカルおじさまとグルートさんのだろ!!!
ここで逃げた俺は、エミネルちゃんと本当に笑い合うことが出来るのか!?
格上の相手に、自分を省みずに突っ込んでいった彼女に!
俺は、顔を合わせられるのか!?
諦めたら――そこで勝負事は終了だ。
まだ、やれる筈だ。
俺の全力は――おじさまが保証してくれた俺の力は――こんなものじゃ無いはずだろッ!!!!!
ああ、やってやる……やってやるさ!!!
俺はキッと、ハリオンさんを睨みつける。
そして体を起こそうととして――全身に激痛が走った。
「ギャッ――ルルッ……!!!」
くそ痛え……思わず声まで出しちまった。
まだ傷が治ってない――つまり、『気功の真髄』はさっき吹き飛ばされたときに解除しちゃったってことか?
なら――好都合だ。
持久力を浪費してなくてよかった。
「ギャア、ラ……ッ」
軋んだ骨の感触を味わいながら、唇を噛み締めて、俺は起き上がっていく。
痛い、痛いけど……大丈夫、でもないけど……大丈夫だ。
――ここで退いた時の痛みのが、もっとでかいから。
「ギャルロオオオオォォォ――ォ!!!!!」
吼える。
体がズキズキするけど、関係ない。
意味なんてない。
ただ、そうしなければならない気がしたからしただけだ。
視界の奥で、ハリオンさんが眉を顰めるのが見えた。
『ステイタス』を呼び出し、残りの持久力を確認する。
『衝撃波』が三発使える程度か……?
でもそれじゃあダメだ。
火力が足りない。
せめて、呪法と魔法が使えれば……。
クソ、何かないのか……!?
俺の全てを使って、火力を上げる方法――!!!
何か。
何でもいい。
俺が出来る事を全て――
――――あ。
――――一つだけなら、あるか。
とても、とても低い可能性だけど――それしか、ない。
“固有スキル”
リアリスが言っていた、それ。
もしも俺にもそれがあって、魔法系だったなら。
リアリスの『創作世界』のように、正真正銘、文字通りの“チート”だったたなら。
――この結界を無視することも、可能かもしれない。
……ただの、妄想のような話だ。
でも、リアリスにあるのなら、俺にもあるのかもしれない。
その可能性に、賭けるしかない。
――決断は速かった。
どちらにせよ、俺にはそれしか道がなかったから。
体中から気を掻き集めていると、ふと、巨龍さんの体の中でのことを思い出した。
……大丈夫だ。
あの時から、まだそんなに時間は経ってないけど、俺は変わった。
魔素の操作だってできるようになったし、魔法だって使えるようになった。
今なら……出来る。
ふーっと息を吐いて、俺はゆっくりと這い始める。
そして一気に――加速した。
間合いが十数メートル程にまで縮まったところで、俺は尾針を地面に突き刺すことで急停止する。
予めためていた気を波状に伸ばして、連続して二つ分、放った。
「……っ……だから意味が無いって、言ってるだろ」
俺の『衝撃波』に避ける素振りも見せなかったハリオンさんが、直撃を喰らいながらも、平然としたままそう言った。
だが、土埃は巻き上がる。
目眩ましになればいいけど……多分、そうはいかないだろうな。
でも、やらないよりはマシだ。
……ハリオンさんは魔法の使えない俺に合わせて、魔法を使わないと言っていた。
本当に助かった。
彼が魔法を使っていたら、万に一つも勝機はなかっただろうから。
彼には悪いけど、俺は魔法を使わないとは一言も言ってない。
だから、使わせてもらうとしよう。
俺の――魔法を。
《潤い与える潺。天の水瓶は傾く――――》
そうして俺は、詠唱い始めた。
2017/8/31『動体視力強化』の獲得を修正。




