第48話 “才能の差”①
「わかるかな、蛆虫。低級のお前は、生まれながらにして守られる側なのさ」
ゆっくりと紡がれる彼の言葉は、俺への嫌悪感などというより、淡々とありのままの事実を嘆いたように感じられた。
「この森に、お前みたいなのは相応しくないんだよ。森人族と低位寄生虫では、生きるべき世界が違う。互いに干渉し合っても――ただ、悲しみと傷を残すだけだ」
伏し目がちにそう言う彼の声はやはり、少なくない悲しみと――自嘲的な響きを纏っていた。
そして、彼の視線は再び此方を向く。
その双眸に浮かぶ茶褐色の瞳は、先程と打って変わって、確かな意志を宿していた。
「だから、圧倒的なまでの差を見せてやる。勿論、結界内で魔法の使えないお前に準じて、僕も魔法は使わない。それでも十二分なんだよ。僕とお前の“才能の差”は、それほど大きい」
ああ、なるほど。
つまり、こういうことかな。
いくら努力をしても最終的には“才能の差”で強さは決まって、強い人と弱い人が干渉し合っても、禍根しか生まない。
だから、生まれながらの劣等種である俺がここにいることが――森人族さん達と接触するのが看過できないと。
……確かに、そうなのかもしれないな。
価値観が違えば軋轢を生むってのは間違ってないと思う。
前世でもそんなことは、たくさんあったし。
でもさ、だからってさ、
《引き下がれ、ない》
「……」
ピクリと、ハリオンさんの眉が動いた。
俺はハリオンさんに相対して、念を送る。
《ようは、認めさせれば、いい》
「……ッ!」
価値観や考え方を変えさせるなんて、そんなことは俺には出来ない。
出来るわけが無い。
それならハリオンさんの考え方に乗っ取って、認めさせればいいだけだ。
ま、どっちにしろ難しいことに変わりはないんだけどね。
「……調子に乗るなよ、蛆虫。それは無理だって、さっきから言っているだろう?」
《やってみなくちゃ、わからない》
「ハッ、どこかで聞いたような、無責任で安っぽい台詞だね。それを言っていいのは一部の者達だけなのさ。――少なくとも、お前に口にする権利はない」
俺達の、茶褐色と赤の視線が交差する。
《……はやく、始めよう》
「……リアリス、合図をしてくれ!」
俺の提案に、ハリオンさんが声を張り上げる。
難しそうな表情で此方を見ていたリアリスは一つ頷くと、俺達に問いかけてきた。
「二人とも、準備はいい?」
《うん》
「勿論さ」
俺達の答えに、リアリスが大きく息を吸い込む。
「はじめ!!!」
闘技場に、リアリスの凜とした声が響いた。
宣言と同時に、俺が動く。
当たり前だ。
先手を取られたら――負ける。
全速力で右側に移動しながら、尾針をハリオンさんに向け、口を大きく開く。
そして、掌状の気と小さなエネルギー弾を、放った。
『衝撃掌』&『低級ブレス』!
俺とて、ここに来てから戦闘の準備をしていなかったわけではない。
森の侵入者と戦うことになった時の為に、使える技能くらいは確認済みだ。
ハリオンさんは涼しい顔で未だ一歩も動いていない。
俺の攻撃が迫るが躱そうともせず、直撃した。
が、その衝撃にも彼は眉一つ動かさない。
焦るな……。
焦ったらその時点で敗北だぞ……焦らないでくれよ……!
俺は白金髪の美青年の周りを円を描くように移動しながら、ひたすら弾幕を張り続ける。
ひたすら。
ひたすら。
持久力を極力減らさないようにしつつも、『低級ブレス』をメインに時折『衝撃掌』を織り交ぜて。
ひたすら。
ひたすら。
それでも全く動きの無いハリオンさんに俺が焦りを感じ始めていると、その時間は、唐突に終わりを迎えた。
ハリオンさんが――動いたのだ。
俺がなんとか目で追える速度で彼は競技台を駆け、俺との間合いを詰め始める。
待てよ。まて。
焦るな。焦るな――
「終わりだ」
ハリオンさんが俺の背後に肉薄し、そう囁いた。
――いま――ッ!!!
俺は重厚な鉄の門を開放するかのように、発動直前で抑えていた技能を開放する。
――『ドラゴンパワー』『精神統一』『気功の真髄』、発動――!!!
一気に、技能を上乗せする。
瞬間、体が急激に軽くなった。
後頭部に手刀が迫っているのが、わかる。
視界の隅に映った『精神統一』の文字を無視して、全神経を攻撃を躱すことだけに専念させる。
頭を下げて、ハリオンさんの側とは逆方向に転がれば、頭上を手刀が掠めていった。
「――!?」
躱した勢いそのままに後ろを振り向けば、ハリオンさんが眉を顰めている。
そして――そのまま。
『衝撃波』――――ッガァ!!!
避けきれまい。
俺の反応速度の急加速に加えて、あの至近距離だ。
低速度下の俺の動きに慣れててしまっていたハリオンさんの反応は嫌でも遅れるし、反応した頃には、もう遅い。
「くっ――」
やはり、直撃。
ズズゥン……と重い音を立てた後、土埃がもうもうと舞い上がる。
『衝撃波』をモロに喰らえば、いくらハリオンさんとて無傷とはいかないだろう。
だけど、これで終わりってことはない筈だ。
『気功の真髄』は後持って一分ってところか?
ほんと、これで終わってくれればどんなに楽か。
そう願いながらも、油断はせずに警戒を緩めずにいた、そんな矢先だった。
土埃から、何か人型のシルエットが飛び出してきた。
白金色のおかっぱ頭に茶褐色の双眸――無論、ハリオンさんにである。
彼が走りくるその姿を見て、俺は目を見開く。
彼がまだ倒れていなかったから?
違う。
彼がまだ走れる肉体であったから?
違う。
あの『衝撃波』を喰らっても、その肉体は――殆ど無傷に等しかった。
あの“半魔人”を木端微塵にした威力を、『気功の真髄』で更に上乗せしたそれを喰らって、掠り傷程度だったのだ。
俺の中で何か衝撃が走り、柱のようなものを砕かれる。
違い……すぎる。
何もかも。
全て。
これが――圧倒。
戦闘中に彼我の実力差に呆然としていた俺は、当然、ハリオンさんの接近を簡単に許し。
彼が振りかぶった右足に、競技台の端まで蹴り飛ばされた。
石の壁に激突した衝撃で、体が軋む。
鉄の味をしたなにかが、喉の奥からせり上がってきた。
「――だから、無駄なのさ。お前がいくら小細工を弄したところで、この“才能の差”は超えられない。少しは現実が理解できたかい? 蛆虫」
体中で熱と激痛が踊り狂い、視界に幾つかの半透明の文字が浮かぶ中、遠くでハリオンさんがそう言ったのが聞こえた。




