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第47話 天才の価値観

「どうしてきたんだい、こんなところに」


 木製の水筒らしき物を呷りながら、ハリオンさんが言った。


「観光に決まってるでしょ。ダルの」

「ハッ……」


 リアリスが答えると、おかっぱの美青年は鼻で笑い、俺に蔑みの視線を向けてきた。

 既にハリオンさん以外の刑務部隊の面々は任務に戻り、ここには二人と俺しかいない。


 それにしても……なんでこの人は俺をこんなに邪険にしてるんだろ。

 いや、全然気にしてないけどね。

 できれば仲良くなりたいんだけどなー、リアリスとも仲良いみたいだし。

 まあでも、とりあえず関わらないようにするのが一番だよね。


 ハリオンさんと視線を合わせないように下を向いていると、リアリスが何か思いついた様子で手をポンとたたいた。

 

「二人で、戦ってみれば?」


 ――一瞬の静寂。


 ……え? どうしてそうなった?


 見上げてみれば、ハリオンさんも嫌そうな顔をしている。


「なにが悲しくてこの僕がこの蛆虫と……。それに、それは僕がこいつに【回復魔法】をかけるってことじゃないのか? 死んでもごめんだね」

「そうとは限らないわよ?」


 リアリスが不敵に笑い、ハリオンさんは顔を顰めた。


 いや、お前俺の戦闘見たことないだろ。

 何が「そうとは限らないわよ?」だよ。

 意味分からないから。  


 この森では、勝者が敗者に【回復魔法】をかける……みたいな文化があるっぽい。

 デールさんと門番(デトルトス)さん然り。さっきも、ハリオンさんが部下達に【回復魔法】をかけてたしね。


 と、今度は、リアリスが俺の方を向いて口を開いた。


「ね、ダルはやるでしょ?」


 うっ。……卑怯だ。

 そんな微笑みを向けられたら、断るに断れない。

 

 俺は渋々頷いた。


「じゃ、後はハリオンだけよ?」

「フン、だからやらないって言ってるだろ」

 

 よしよし。

 そのまま。

 頼むハリオンさん、折れないで。 


「ふーん、逃げるのね」


 リアリスの言葉に、ハリオンさんはピクリと反応する。

 それを見たリアリスの口角が、ニヤリと上がった。


 彼女はわざとらしく眉根を寄せて、いかにも悲しそうな表情で言ってみせる。

 

「警務部隊の副隊長なのに……逃げちゃうのね」

「……」


 うっわー、白々し。

 ハリオンさんも白い目で見てるし……ってこっち睨んでくるのやめて!


「きっと怖いのね。ハリオンの言う蛆虫(うじむし)に負けるのが。そんな臆病者が警務部隊の副隊長だなんて森の未来はどうなっちゃうのかしら。――ああ、そんな低級のモンスターを恐れる副隊長だなんて! 臆病な上司について行く部下の人達も可哀想に!」


 リアリスは一息にそう言うと、まるで悲劇のヒロインかのように手を重ねて膝から崩れ落ちる。

 俺が吹き出しそうなのを精一杯こらえていると(勿論、笑いそうになったのはリアリスの間抜けさにだ)、ハリオンさんが俺の方をチラッと見て「ハッ」と鼻で笑い、口を開いた。


「……まあいいとしよう。君がそこまで言うんだ。そこの蛆虫の相手をしてやるよ。僕も少し不満を抱いていたところなのさ。ぶちのめしていいって言うなら、遠慮無くそうさせて貰うよ」


 彼は美しく輝く白金髪を指でくるくると(いじ)りながら続ける。


「ただ一つ、条件がある」

「なに?」

「その蛆虫を回復するのは君がやってくれ。君は確か、そんな風習には拘らないんだっただろう?」


 リアリスは立ち上がって、ワンピースの裾をパンパンと払いながら、満足げに頷いた。 


 え、なにこれ。

 やる雰囲気? やる空気になってね?

 

「ええ、勿論いいわよ。私が女王になったら、そんな風習すぐにやめさせてやるんだから」


 そう豪語するリアリスに、ハリオンさんは髪を弄るのをやめ、肩を竦める。


「出来たら、ね」

「出来るわよ」


 胸を張る王女様に、ハリオンさんは再度肩を竦めることで返答した。

 ムッと、リアリスが不機嫌そうな顔をする。


「ダル、あいつの鼻柱へし折っちゃっていいわよ。ボコボコにしてやって!」

「出来たら、ねっ!」


 リアリスが鼻息荒く激励する中、ハリオンさんは再度煽りながら競技台(リング)に飛び降りた。


 えぇ……。

 これ本当にやらなきゃなの?

 ムリムリムリ。


 俺が躊躇していると、此方を向いたリアリスが屈み込んで囁いてくる。

 

「大丈夫、ダルなら戦える。これを機に、ハリオンとも仲良くなったらどう?」


 器用に片目を瞑る彼女のひそひそ声に、俺は目を見開いた。


 ……そっか。

 リアリスも俺とハリオンさんの関係が気になってたんだな。

 これは、彼女なりのお膳立てか。


 ……やるからには、全力でやるないと、か。


《リアリス、ありがとう》


 俺が感謝の念を送ると、リアリスはサムズアップしながら頷いた。

 それを確認した俺は頷き返してから、振り向き、石柵から身を乗り出して――


 あ、やべ。


 足場を踏み外し、浮遊感が俺の体を包む。

 咄嗟に目を瞑った。


 ――が、いつまでたっても地面と衝突する衝撃がやってこない。


 恐る恐る目を開けると、俺は地に足を付けていた。

 俺一匹だけが乗るだけでいっぱいいっぱいな、土製の狭い足場。

 俺を囲うように足場から突き立つ五本の柱を見て、これが誰によるものかがわかった。


《リアリス、また、ありがとう》


 柵の向こうから、両の掌を此方にかざすリアリスが微笑んだ。

 次第にゆっくりと、人の腕を模した足場が競技台(リング)に近づいてゆく。


 俺がひょいっと足場から降りると、大きな土の腕はわずかな微粒子をだけを残しながら、跡形も無く消えていった。

 どうやら助かったみたいだ。

 そんな風に俺がほっと一息ついていると、後ろから幼さを残した声が聞こえてくる。


「弱者は、守られることしかできない――」


 聞こえてきた声の方を体ごと振り向くと、ハリオンさんが忌々しげな視線を此方に向けていた。


「いくら努力をしようとも、才能がなければ才能がある者には敵わない」


 彼は自嘲気味に、端正な口元を――歪める。


「たまたまリアリスを助けられて、たまたまチヤホヤされて、いい気になっていたのかもしれないが――現実を教えてやるよ、低級モンスター(・・・・・・・)。“生まれ持った才能の差”という現実をね」

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