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第46話 風吹く訓練場

 森人族エルフの集落を観光している。

 東から南へ。

 “棘の宮”は北にあるから、そことは真逆の方向だ。

 

 ……あの後、終始不思議そうな顔をしていたリアリスを連れて店を出た。


 お金は払わなかった。なんでも、この集落には資本主義的な考え方が全くないらしい。

 皆家族みたいなもんだから、分け合って当然、みたいな考えなんだと。


 完成された共産主義とでも言うべきだろうか。

 これはきっと、人間には出来ないことだ。


 ……そんなことを思うよ、ぼかぁ。


 さて、周りの景色についてなのだが、さっきから少しずつ変化している。

 具体的にいうと、南に向かうに連れて、苔に覆われた石の建物? みたいなのが増えてきた。


 かなりの間隔を開けて乱立する住木の間を縫うように、ところどころに建っているそれは、まさに四角い石。

 色は灰色。大きさは住木の幹と変わらないくらいで、壁には窓みたいなのが空いていて、ちゃんとガラスっぽいのが張られている。


《リアリス、あれ何?》


 リアリスは「んー?」と俺の目線の先を確認してから、「ああ」と頷いて、


「あれはね、遺跡の残骸? を利用して家にしてるんだって。私も詳しいことは知らないのよ」 


 ほーん。

 王女様のリアリスが知らないなんて、よっぽどのことなのかね。

 ま、いいけどさ。


 四角い石から四角い石に、次々と目を移しながらリアリスについていく。


 おっ、四角い石から森人族エルフが出て来た。

 ほんとにあそこに住んでるのか……。

 コンクリみたいだな、あれ。

 うーん、住木に慣れちゃったからか、この石が新鮮に見えるよ。


 そしてそのまま歩き続けて三十分くらい。

 

 俺は、森の中に突如現れたそれ(・・)を見上げていた。


 四角い石の住居と同じ素材で作られているのだろうその建築物は、巨大さという面で石住居と一線を画している。

 高さ三十メートル程の、年季の入ったでかい壁。

 ここからだと、そうにしか見えない。

 しかし、耳に響いてくる音が、これはただの壁じゃないと俺に認識させていた。

 

 曲線を描く壁に沿って進んでいく。

 やがて、苔の蔓延る石壁の一角に長方形型の穴が開いているところまでやって来た。

 真っ暗闇の入り口の中へ、リアリスが臆しもせずに入っていく。後ろから、俺もついて行く。


 『暗視』発動オン


 瞬間、黒一色に支配されていた視界が色彩を取り戻した。


 とは言っても、床も壁も天井も四方全てが暗い灰色だから、色彩を取り戻したなんてのはいささかオーバーなんだけどね。

 あとはリアリスくらいだけど、あいつの服も白だしな。目立っているのは白金色プラチナの髪だけだ。

 

 カツカツとリアリスの足音が反響する中、通路を進むにつれて奥から響いてくる音がどんどん大きくなっていく。 


 ギギギ、と何かをしならせる音。

 パチパチと火花が散るような音。

 ゴォ、と風が吹き荒ぶような音。

 大地を揺らす、爆発音。


 自然、ごくりと唾を飲み込んだ。


 この建物は一体なんだ? 

 石で出来ていて、円柱状で……本当にそうか? 円柱状なら、この音は上から聞こえてくる筈だ。音は真っ直ぐ同じ高さ、あるいは少し下から聞こえてくるし、通路は坂道にはなっていない。


 つまり、中は空洞で床の高さは外と同じか。


 そして、周辺には数々の遺跡の残骸。

 鼓膜を震わせるこれらの音は、おそらく魔法。


 よって、この建築物は――

 

 通路を抜けて、視界が開ける。

 奥まではっきりと見渡せた。

 向こう側から俺達の後ろまでぐるりと囲っている高い壁は、観客席だった。石壁に階段状の観客席がくっついているのだ。

 

 少しだけ視線を落とす。


 十人ほどの森人族エルフがいた。

 銅髪の彼らは盾と片手剣(ショートソード)を構えたり、弓を引いたり、掌に様々な魔法を浮かべたりしながら、それぞれが額に汗を浮かべて、真剣な表情である一点を見据えている。


 その視線の先で静かに佇むのは――一人の美青年。


 白金色のおかっぱ頭を風になびかせる彼は、銅髪の森人族エルフ達とは対照的に、冷や汗ひとつ流さずすました顔で直立していた。


 転落防止の石柵まで這い寄り、身を乗り出す。


 うおっ!

 以外と高さある!

 

 慌てて身体を退いた。

 とぐろを巻いて、首から上だけでそーっと覗き込む。

 固唾を飲んで様子を見守っていると、後ろからリアリスが近付いてきた。


「ここは、かつて円形闘技場だったと思われる遺跡を利用している――訓練場」


 そして俺の隣にやってきて石柵に両手を置いた。


「面白い物が見れるわよ」


 と、競技場リングにいた古代森人族(ハイエルフ)――ハリオンさん――が此方に気付いた様子で、少しだけ眉を顰めた後、右手を上げてリアリスに向かって微笑んだ。


 ――その瞬間、他の森人族(エルフ)達が動き出す。


 当然だろう。隙を作ったのだから。


 魔法を構築していた者達は掌の魔力を解放し、弓を引き絞っていた者達は次々と矢を放っていく。

 剣を構えていた前衛の二人は、それぞれ左右の双方向へと駆ける。

 ハリオンさんは、目を細めた。


 動じていない……のか?


 先じて、幾つかの魔法と矢の雨が着弾した。

 魔法による重い衝撃音の後、土埃が舞い上がる。


 あれ、並のモンスターならば原型を留めてないんじゃないの?

 俺だと四発も喰らえば死ぬな。多分。

 こえー、森人族(エルフ)こえー。


 俺があまりの威力に震え上がる間にも、彼らは追撃を止めない。

 

 降り注ぐ矢が止まったかと思えば、二人の前衛が、土埃を晴らしながらまるで駆け抜ける疾風のように突撃していく。


 左右からの挟み撃ち。

 前方には弓を引き絞った射手隊、背後には壁だ。

 ハリオンさんに、逃げ場は無い。


 二人の前衛はそのまま突っ込み――そして、瞬時に吹き飛んだ。


 彼らは、ぶっ飛んだ勢いそのままに離れた石壁に激突すると、気を失ったのかガクッと首を項垂れた。

 慌てて視線を舞い上がる土埃へと戻す。


 思わず目を見開いた。


 舞う砂塵の中から現れたハリオンさんは、全くの――無傷。

 その整った顔立ちに、引き込まれるような微笑すら浮かべていた。


 後衛の森人族達が未だ動けない中、ハリオンさんの体が一瞬沈む。


 ――来る。


 そう思った時には既に、先程魔法を放っていた後衛の二人――前に出気味だった――の腹に、両腕で体を支えたハリオンさんの足がそれぞれ食い込んでいた。

 二人の魔法使いはゴフッと胃液を吐き出すと、たちまちその場に崩れ落ちる。 


 ハリオンさんが腕の力だけでヒョイッと体を起こした頃、ようやく残りの六人が動き出した。

 弓を捨てて短剣(ダガー)を装備する者達、一旦下がって魔法の構築を始める者達。


 しかし――遅かった。


 短剣(ダガー)を構えた者達に向かって、ハリオンさんが吶喊(とっかん)する。


 (はや)い。

 でも、なんとか目で追える。 

 

 背後に回り込んでいた一人目を、奇襲からの脇腹への一発で沈め。

 二人目は、振りの速い筈の短剣の連撃を余裕の表情で躱し続け、最後に首筋への手刀で撃破。

 三人目では、繰り出された小魔法の雨をくぐり抜け、短剣を一蹴りではじき飛ばした後、顎への一発を打ち込んだ。

  

 そこに、構築を終えた魔法使い達の中魔法が放たれる。

 火炎、水撃、土弾。

 何れも、今の俺が放つことができる最高の魔法と同程度か――それ以上の物だった。


 それら破壊の権化が、ハリオンさんに迫りきった時。

  

 ――風が吹いた。


 その風は次第に大きく、強く、渦巻いてゆく。

 スカルおじさまの言葉が、ふっと蘇った。


《熱魔法とかの操作系? 魔法って、水魔法とかの質量系とは何が違うんですか?》

『ふむ、一般的に操作系と言われる熱、風、電流、の三つの魔法は、魔素によって何かを作り出す物ではありません。魔素によって、擬似的な現象を起こしているにすぎないのですよ』


 おじさまはそこで一泊入れて、


『操作系の魔法には精密は魔素コントロールが必要です。なので、高位の操作系が使える者は大概が強者ですが、その中でも一握りの者らが使う魔法は、その魔力の強さによって稀に――可視化する』


 その後、『だから、気をつけてくださいね』と、おじさまは俺に微笑んだのだ。


 眼前、ハリオンさんを囲むように吹き(すさ)んでいるのは、渦巻く暴風。

 その色は――翠緑。

 勢いは、その余波が遠く離れたここまで届く程。


「あいつはね、ハリオンはね」


 必中の思いを込められた中魔法は、突如出現した風の盾に遮られ、あらぬ方向へと飛んでゆき。

 その術者達も、荒れ狂う猛風に体を浮かせ、吹き飛ばされる。


 純白のワンピースを風にはためかせながら、リアリスが言った。


「――『天才』なの」


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