第45話 団子屋の絶叫(心の中)
今日の二つ目です
長くなりすぎました、すいません
「ダル、ついたよ」
隣を歩いていたリアリスがそう言った。
ここが……目的地。
俺は、目の前の建物、いや、巨木を観察した。
幹をくり抜いて作られた大きな入り口、その上には、『だんご』と大きく三文字が書かれた看板。
思わず、俺は眉間を寄せる。
ここは、東のレストラン街のようなもの……らしい。
ただ、レストランというよりかは、お菓子屋さんというような店が並んでいるとリアリスが言っていた。
しかし、俺は更に眉間に皺を寄せる。
俺の嗅覚は人間程鋭敏ではない。
森人族がどれだけ嗅覚に優れているかはしらないけど、まあ人間とたいして変わらないか、少し優れている程度だと思う。少なくとも、俺よりはいいはずだ。
なら気付くだろ。
この辺り、甘い匂いが全くしねぇ。
変わりに鼻腔を刺激するのは……この、苦い草の匂いだ。
「はやく入りましょ」
リアリスが物怖じせずに入っていく。
ええ……。
内心で仰け反りながら、俺も中に入った。
そして入った瞬間。
苦草の香りが一気に――濃くなった。
思わず顔を顰め、思いっきり仰け反る。
「ダル、焼き魚みたいになってるよ」
リアリスが此方に振り向いて、吹き出した。
どこがツボなのだろうか。
全くわからん。
俺は何とか体勢を立て直すと、店の中を見回した。
お昼時だからだろうか。
すっごい匂いのする店内だっていうのに、六つあるテーブル席も、五つくらいのカウンター席も、殆ど満員だ。
無論、席に座っているのは皆、銅髪だった。
リアリスが、一つ空いていたテーブルを見つけ、腰を下ろす。
俺はテーブルの下でとぐろを巻いて、首から上だけをテーブルの上に出した。
目線は殆ど、リアリスと同じだ。
すると直ぐに、白と黒のエプロンを身につけた店員さんがやってきた。
「ようこそ、リアリス殿下。こんな所までわざわざ、ありがとうございます。ご注文は何になさいますか?」
「そんなに気を使わなくていいわ。他の古代森人族達はともかく、私にはね」
戸惑う店員さんに、リアリスがウインクする。
店員さんは、目を丸くした。
「え、えっと。ありがとうございます。……それでは、改めて注文を取らせて貰います。何になさいますか?」
「うーん、そうねー」
テーブルの上に置いてあるお品書きを見つめながら、頬に人差し指を当てて、考えているようだ。
今更っていうか、さっきの看板もだけど、このお品書きの文章もちゃんと読めてるな。『言語翻訳』便利すぎでしょ。
それにしても、この店臭いわー。
俺が鼻での呼吸をやめ、口呼吸すればいいということに気付いたのと、リアリスが「あっ!」と声を上げたのは殆ど同時だった。
「ダルが決めて!」
おおー、匂いがしない!
我ながら天才、というかもはや、I.Q.200の超天才ヤローレベルだろ、これは。
ふっ、面倒くせぇ。
……憧れるわ-。
って何だ、リアリス。
《え、何?》
「何って……お団子に決まってるでしょ!」
《あ、ごめん》
ふんふん、お品書き……商品は七つか。
一つ、生緑団子。
二つ、茶葉団子。
三つ、【売り上げ1位】渋緑団子。
四つ、こしあん団子。
五つ、つぶあん団子。
四つ、赤果団子。
五つ、【期間限定】香茸団子。
まず、上から三つは論外として……って渋緑団子が売り上NO.1!? 森人族はお爺さんばっかりなのか……? あ、そりゃそうか。長生きだもんな。
じゃないわ!
普通はこしあんつぶあん当たりが一番になるんじゃないのか!?
この森おかしーよ!
……まあいい。俺の頼みたい物は既に決定しているからな。
《香茸団子、二つ、お願いします》
店員さんとリアリスの二人に向かって、思念を送った。
「わかりました。香茸団子を二つですね。すぐにお持ちします」
一礼すると、店員さんはカウンターの奥へと消えていった。
よし、注文は終わりだな。
って……リアリスの奴、なんでこっちを睨んでるんだ?
《どうか、したの?》
彼女ははーっとため息をついてから口を開く。
「私の話、聞いてなかったでしょ。……まあでも、許してあげる。その変わりに……その変わりに……うーん、どうしようかな」
リアリスが一人ブツブツと呟いていると、お冷やとお団子が盛り付けられている皿を二つ持って、店員さんがやってきた。
「香茸団子、お二つ、お持ちしましたー!」
店員さんは、やけに大きな声でそう言うと、お団子とお冷やが乗っている皿をテーブルの上に置き、戻っていった。
キノコのそれなのだろう、薄茶色の半透明なソースが、三つのお団子にかかり、ほくほくと湯気を立てている。
美味そー。
キノコ! キノコ!
リアリスも、お団子が既にテーブルの上にあることに気づいたようだ。
考え事は後回しにするようで、視線をお団子くぎ付けにしながら、手を十字になるように組み合わせている。
食事の時の祈りは種族ごとに違うらしい、とスカルさんが言っていたのを思い出した。
俺は、尻尾を天に向かって真っ直ぐ立て、唱える。
六つの調停者に感謝を。食の喜びに感謝を。生の喜びに感謝を。今日も、我等にご慈悲を――
さて、食べますかね。
皿に向かって、首を伸ばしたときだった。
ふいに、視線を感じた。
顔を上げてみれば、店中の森人族が信じられない、といった様子で此方を見ていた。
皆が一様に、目を見開いている。
なんだろうと思い、リアリスに視線を戻したときには、もう遅かった。
祈りを済ませたリアリスはもう、口に入れてしまっていた。
――香茸団子を。
串に刺さっているうちの先っぽの一つだけを、歯を使って串からはずし、ゆっくりと味わおうと舌の上で転がしていたのだろう。
もぐもぐしている彼女の顔色は、段々と青くなっていった。
一瞬、眉がひそめられたかと思えば、次の瞬間には、彼女の表情は歪められていた。
耐えきれない味にか、眉尻は下げられ、我慢するように目は閉ざされ、口はへの字に結ばれる。
そして、お冷やの存在を思い出したのか、リアリスはお冷やを右手でぱっと取ると、ごくごくと一気に流し込んだ。
たちまち、コップのなかは空になった。
「――ぷはッ……ハァッ……ハァッ……ハァ……」
「おお! 気を保っている!?」
「さすがは殿下だ」
「あの白のフォルム、まさか……奴は……あの方は……」
「これはこれは、凄まじい……!」
荒い息をして生還したリアリスに、店の各所から称賛の声が上がる。
ナニコレ。
あの団子は腕試し的なアレだったのか?
やがて、リアリスは息を整えると、黙ったまま俺を見据えた。
そして、真剣な目のまま頷いた。
食えって、ことかな?
おっと、また視線を感じる……ってまわりの森人族達か……。
……わかったよ。食えってことだろ。
仕方ない。
キノコなら多分食べれるだろ。
やらなきゃ……やられるんだ!
俺はゆっくりと首を曲げ、自分の皿の団子を口に入れる。
無論、三つとも、串ごとだ。
一つだけ食べるなんて器用な芸当、この体では出来やしない。
目を閉じて、味を確かめる。
温かいソースと、コリコリふわふわのキノコ、モチモチした食感のお団子が絶妙な組み合わせだ。
うん、キノコの旨味がしっかり出てて……しいたけの味噌汁を思い出すよ。
モチモチのお団子を噛みしめるたび、キノコの旨味がまるで肉汁のようにじゅわっとあふれ出す。
そしてお団子に内蔵されているコリコリのキノコ! モチモチからの、香ばしい味とコリコリの食感による転換が俺を虜にして止まない。
あまりの美味しさに思わず顔がとろけるのが、自分でもわかった。
モチモチ、コリコリ、モチモチ、コリコリ。
そしてこの木の串も、ツンツンして癖になる。
てかむしろ、この木のツンツンと木独特の味はアクセントになってるな。
……これ、全然いけるわ。
なんてことも無くぺろりと平らげた俺に、周囲の森人族達が唖然とする。
俺は再度目を閉じて、蛇のように首をもたげた。
ククク、リアリスの時ですらあの興奮度だったんだ、俺の場合は、言わずもがなだよなぁ。
さあ、崇めよ! 讃えよ! 俺を!
しかし、何時までたっても歓声はわくどころか、その気配すら無い。
なんだ? と思って目を開けると、皆が奇異な物を見るかのような目を此方に向けていた。
「まさか、モンスターとはあのような物を好むのか? 全くその気が知れんな」
「私もモンスターの血が入ってるけど、アレはないわ。彼は多分、異常なのよ」
「俺を救いに来た……天使か?」
「……全く、リアリス殿下も変な者をペットにするのう」
……おい。
オイオイオイ。
まじで何なんだよ森人族共っ!!!
と、俺の体を、誰かにつんつんと触られる。
振り向くと、リアリスが片手に、団子を皿ごと持って立っていた。
「これ……私の話を聞いてなかった変わりね。ちょっと……苦手だったから……変わりに食べて?」
リアリスが上目遣いに、団子が刺さった串を俺に向かって差し出してきた。
ラッキー。
俺はパクリと、串に食らいついた。
リアリスが串から手を離すのを待ってから、そのまま串ごと全て口に入れる。
俺はゆっくりと味を堪能した後、飲み込んだ。
と、今度はまわりが静かになっていることに気づく。
今度はなんだよと思いながらまわりを見渡す。
森人族の皆が隣でニコニコしているリアリスと俺の方を向いて、口をポカーンと開け、間抜け面を晒していた。
顔を少し赤らめている者も、口に手を当てている者もいた。
「あれって、間接……」
ポツリと、誰かが言った。
隣を見てみると、リアリスは首を傾げている。
頭が、認識した。
心が、理解した。
体が、熱くなる。
う、うぉ……うぉおぉぉわぁぁぁあぁぁぁ!!!!!
らうぉぁあぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!!!!
頭の中が、空っぽになった。




