第44話 そんなわけがない
扉を通り抜けて宮の外に出ると、太陽はほぼ真上。12時頃だった。デールさんの双子の妹、扉の守衛のルーデさんと挨拶してから、門に向かって歩いて行く。
庭を這って門に辿りつけば、顔見知りになった門番さんに会釈をした。
門番さん、確かデトルトスさんだったかな? は首筋をポリポリと掻きながら、門を開けてくれる。
気分は花金スカイ◯ォーカー……ではなく花金のサラリーマンだ。会社に勤めたことないけど。
兎に角、俺は自由なんだ!
ひゃっほう!
内心で踊り狂いながら門を出ると、横合いから声をかけられた。
「ダル、終わったの?」
リアリスだった。
彼女はいつもの深緑のローブではなく、花の意匠が施された純白のワンピースを身につけていた。
正直に言うと、凄く似合っている。
真っ白なワンピースは、彼女の整った顔つきと神々しく輝く白金色の髪の毛と合わさって、まるで天女の衣のようにも思えた。
露出は控えめながらも、スラリと伸びた華奢な脚と腕、一纏めにされた髪の毛の隙間から覗くほっそりとした白い首筋は、並の男をドキドキさせるには十二分であっただろう。
ぺったんこではあったが、それはさしたる問題ではなかった。
問題だったのは、俺がモンスターだということだ。
いや、幸いと言うべきかもしれないけど。
俺が人間だったら、呼吸をすることすら忘れていたかもしれない。
それ程までに、今日のリアリスは綺麗だった。
──が、俺にとってはそれだけだった。
確かにここに残った理由の一つは、リアリスと観光の約束をしていたからだ。でも、恋だとか、別にそういった類の気持ちはない……と思う。
だって俺達は友人だ。
なんてことは無い、ただの友人。
当たり前だ。
そんな、恋だとか、面倒くさいことになるわけがない。
そうだろ?
「どうしたの?」
俺が一人ウンウンと頷いていることを不思議に思ったのか、リアリスがそう言って小首を傾げた。
可愛い。
《いや、なんでも、ないよ》
「そう。ならいいけど」
リアリスが俺に向かって近付いてくる。
隣まで来ると、彼女は微笑んだ。
「じゃ、行こっか」
俺は首を伸ばして頷く。
里の方に向かって、一緒に進み始めた。
ずるずるとずるずると、ゆっくりゆっくり這っていく。
目的地は知らない。
《まず、どこに、行くんだっけ?》
「えっとね……まずは……東の…………」
……全く、女王様は早とちりだぜ。
全然大丈夫じゃないか。
心臓がその存在を誇張することなんてないし、顔に熱が集まる気配もない。
そもそも、そんなことになるわけがないんだ。
俺はモンスターで、こいつは森人族の、しかも王族なんだから。
なるわけが、ないんだよ。
森を、一陣の風が吹き抜ける。
空を覆うかのような枝葉が、俺を嘲笑うかのように、ざあざあとざわめいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
──“恋慕”は、“自覚”から始まる。
それがどんな形であろうと、例外はない。
“意識”し、“自覚”するのか。
“自覚”し、“意識”するのか。
その順に、大した違いは無い。
どちらにせよ、“自覚”はさらなる“意識”を呼び、“意識”はより深い“意識”を呼ぶ。
“意識”は募り、いつしかそれは、“懸想”へと変わる。
“懸想”は募り、いつしかそれは、“恋慕”へと変わる。
きっかけが、なんてことの無い……例えば、ただの冗談であったとしても。
種が蒔かれ、すくすくと成長したのならば。
いつしかそれは、大きな大きな、“恋”という名の花を咲かせるだろう。
形が歪だったとしても、人知れず散ったとしても、大きな大きな果実を付けたとしても。
“恋”という名の、花は咲く。
そのことに、例外はない。
例えそれが、人ならざる者だったとしても─────




