第43話 報告完了
やあ、おはようございます。
まあ別段、何があるというでもなく、朝を迎えましたよ。
うん。
別にね。何も無いよ。
なにせリアリスの奴、寝る前に読み聞かせとか始めたからな。
たしか森人族に伝わってる御伽噺らしくて、『ライトとエイガの物語』とかいうタイトルだった。
まあ内容はよくある英雄譚なんだけど、エイガか闇落ちするところがいいと思いましたね。どうでもいいか。
ほんと、リアリスは俺のこと何だと思ってるんだろう。
ペットか?
ペットだな。
あいつ絶対ペット感覚だって。
まあね、それくらいは別にいいんだけどさ。
抱き枕にするのだけはやめてよ。
物理的に潰れるから。
ほんと。まじで。お願いします。
絶壁だから余計にね。
なにあいつの能力値壊れてるんじゃないの?
……筋肉ゴリラめ。
あっ、だから痛いって。
ちょっ潰れる。 痛いよ、痛い!
そう抱きしめないで!
まって! ミシミシ言ってる! これやばいって!
助けっ誰か助けて! 死ぬ!
死ぬぅぅぅうぅぅぅ!!!!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
四方を本棚に囲まれた書斎風の部屋。
広さは俺と女王様とがいるだけで、もう狭いくらいだ。
俺は、女王様への報告に来ていた。
なんでも、この部屋は女王様の私室の一つで、防音は完璧、絶対安全空間なんだとか。
「やはり、潜入者がいましたか……」
尚、報告は既に終了している。
後は、教えてくれるとかいうことを聞くだけだ。
何かブツブツと呟きながら、考え込むような動作をしていた女王様が、顔を上げた。
「病魔の特定、本当にありがとうございます」
かと思えば、頭を下げてくる。
俺は慌てて念を送った。
《頭、上げてください。それに殆どは、スカルさんとグルートさんの、力です。あっ、グルートさんが、よろしく言っといてくれって、言ってました》
「そうですか……グルートが……。年を取るというのは不思議なものですね。まさかあの二人のことを“懐かしい”と感じるようになるとは……。余も老いたものです」
女王様が苦笑する。
《陛下は、まだ、全然若々しい、です》
「フフフ、世辞をありがとう。……それでは、昨日約束したことについて話すとしましょうか。まずは……そうですね、リアリスが転生者だと知られた理由からですかね」
ああ。
それは聞きたかった。
まあでも大方──
「おそらく、貴方の考えている事と同じでしょう。先程の『吸魔の呪』の話で確信が持てました。この森のどこかに、吸魔が隠れているのでしょうね」
うん、そうなりますよね。
全く同じ予想だ。
《それじゃ、三週間前、この森を包囲した、死霊達も、その吸魔が、呼び出したの、ですかね》
「ええ、そうなりますね。結界を発動したのは死霊の出現後ですから、先に森に忍び込んでから、死霊を出現させたのでしょうね」
しかしそこで、女王様は難しい顔をした。
「しかし、その吸魔は何故未だに見つかっていないのでしょうか……森のありとあらゆる場所は、ハリオン達が毎日見回っているというのに」
うーむ、確かにそうだ。
どこかの髭のおじさんとその一味みたいに、影に潜んでるとかだろうか。
てかそんなことできるのかな?
それからしばらくの間、二人で首をひねり続けてみたものの、答えらしき物は何一つ出なかった。
女王様がため息をつきながら言う。
「二人だけで考えても仕方がありませんね。後で同族の皆にも聞いてみるとします。さて、次の話……敵の概略についてですね」
《お願い、します》
「敵の概略は………さらに曖昧です。分かっていることと言えば、“転生者”を狙っていることしかありません」
ふむ、森人族は他に何か掴んでるわけじゃないんだな。
「大体、そんなところでしょうか」
女王様が話は終わりだというように、頷いた。
だけど、そんなわけにはいかない。
俺には他に聞きたいことが残ってるのだ。
《あの》
「どうしましたか?」
女王様が不思議そうな顔をして此方を見てきた。
目をぱちくりとさせて……何か既視感があると思えば、昨日のリアリスか。
やっぱり、親子なんだな。
《結界のこと、【神術】のこと、教えてください》
俺が頭の中でそう言うと、女王様は顔を顰めた。
そんなにダメなことなのか。
「それについては、基本的に、森人族以外の種族には伝えてはいけないということになっています。いくらスカル達の下にいる貴方とはいえ、答えることはできません」
だが、俺も引き下がれない。
だって気になるもん!
……キモいですか。そーですか。
《少し、だけでも、いいです。お願い、します》
「少しだけ、ですか……」
女王様は、困ったような顔をした。
そして、少し考え込むような動作をしたあと、はーっとため息をついてから、口を開く。
「仕方ありませんね……。少しだけならば、問題ないでしょう」
《あ、ありがとうございます!》
「ただし、これからする話は、誰からも秘密にしておいてくださいね?」
《はい!》
やったぜ!
女王様、結構押しに弱いんだな。
「【神術】とはその名の通り、かつての神の御業です。そして、結界は森の中心の“御神木”から展開されています」
御神木か。
多分、あの一際でかい木のことだな。
確かに、遠目に見ただけだけど、色々と装飾されてたような気がする。
俺はそんな風に考察をしながら、彼女の次の言葉を待つ。
しかし、いくら待っても女王様は口を開こうとしなかった。
え?
嘘。
少しだけって本当に少しだけじゃん。
しかも言ってる内容も神の御業とか、抽象的すぎるし。
《それだけ、ですか?》
「ええ。それはそうと、これからの対応を考えなければいけませんね……。まあ、敵が森にいるとしても、吸魔では結界を通り抜けられないでしょうし、リアリスを閉じ込めて守るようなことはしなくてもすみそうです。ならば、吸魔の捜索を続けるのみですかね。見つけてしまえればこっちのものなのですが。しかしそれだと────」
女王様がブツブツと、独り言の世界に潜ってしまった。
とはいえ、俺は帰っていいぞと言われたわけでもないので、ここを動くわけにはいかない。
待つこと数分間、ようやく女王様が俺に注意を向けてくれた。
「そういえばダルさん、貴方はどうしますか?」
ん?
どうするってのは、どういうことだろ。
質問してみる。
《どういうこと、ですか?》
「貴方は、ここに来た目的、病魔の正体の調査を達成したのですよ。つまるところ、今の貴方は自由というわけです」
ああ、そうか。
仕事は一応、果たせたのかな。
「もう、スカル達のところに戻ってもいいのですよ?」
そうか。
戻れるのか。
まだ一週間しか空いてないっていうのに、随分と会ってない気がする。
色々なことが、脳裏をよぎった。
……まあでも、折角ここまで来たのに、観光もしないで帰るなんて、勿体ないことだよな。
それに、事の始末がつくのを見届けたいし。
《もう少しだけ、残ります。観光とか、したいので》
そう伝えると、女王様はニヤリと笑った。
「そうですか。リアリスも喜びますよ。一応、スカルには連絡しておいてくださいね? 余が怒られるのは嫌なので」
《了解です》
「で、昨晩はどうでしたか?」
《え?》
「昨晩ですよ、昨晩」
女王様が、ニヤニヤしながら尋ねてくる。
……はぁ。
……だから、俺とあいつの間にそういうのはあり得ないんだって。
《別に何も無いですよ。失礼しますね》
俺が早這いで書斎部屋から抜けると、後ろから声をかけられた。
「残る理由、本当には他にもあったのではないですか? んん? そこのところどうなのですか? 長生きしてるから言いますが、正直になった方がいいですよ!」
他にも色々、老人の助言は聞くべきですよ! とか後悔しますよ! とか叫んでやがった。
うざ!
ババアうざ!
全然若々しくないよ!
ババアだよ!
俺は、逃げるようにして宮を這った。
……違うんだ。違うんだよ。
俺は、そんな関係にはなりたくないんだ。
そもそも、なれるわけもないけどな。俺はモンスターだし。
……今くらいの関係が、丁度いいって、そう思うんだ。




