第41話 診察しまーす!
遅れ、本当にごめんなさい!
扉が開かれていく。
“森癒の間”は簡潔にいうと、森奥の泉、だった。
小学校の体育館ほどもあるその空間、床は好き勝手に茂った草で覆われ、四方を取り囲む壁は木材が上から据え付けられたのか、宮自体の壁が見えないようになっていた。
謁見の間と同じように天井はなく、見上げれば、空を覆う翠緑色のベールを見ることが出来た。
半透明の結界を突かんと、床から屹立しているのは……1、2、3……ええと、6つの巨木だ。
巨木の所々にある洞や、その巨木に巻き付いた蔓が作ったハンモックでは、白金色の髪を持つ森人族達が休んでいた。
部屋の中心、水面を美しく輝かせている泉の傍に目を移せば、長い耳を持つ妙齢から老齢の美男美女達が各々の格好で寛いでいた。
前を歩くデールさんに続いて泉に近付くと、此方に気づいた老人が一人俺達に近付いてくる。
「はじめまして」
老人が丁寧に頭を下げてきた。
《はじめ、まして》
俺が会釈をすると、その老人は顔を上げた。
老人は俺の顔をまじまじと見て、ぱっと人当たりの良い笑顔を浮かべる。
「私はデミトル・ウィールドンと言いまして、この森の宰相のようなもの……ゴフッゴフッ……失礼しました。宰相のような仕事をしております」
「まあ、宰相というにはこなす仕事がまわってこないから、陛下の側近や補佐と言ったほうが近しいかもしれんな」
デールさんが補足を入れてくれた。
「これ、デール、それを言うな」
「しかし、事実でしょう?」
「ホホホ、ぐうの音も、ゴホッ、出ぬな」
朗らかに宰相さんが笑う。
この老人は中々、温和でいい人そうだ。
と、部屋に入ってからは俺の後ろに付いてきていたリアリスが、前に出て両手を腰に当てた。
「ふたりとも、ダルはここに雑談をしに来たのではないのよ?」
その言葉に、宰相さんとデールさんの二人は真面目な顔になる。
「そうでした。ダルさんは此処へ病の治療法を探すために、ゴホッ、来られたのですよね。さあさあ、此方へどうぞ」
《お願い、します》
宰相さんが俺を押し押し泉の畔にまで連れて行く。
……なんだか少しボディタッチが多かった気がするんだが……気のせいかな。ま、故意的だったとしても森人族の文化かなんかだろ。
「まずはこの者をお願いします」
「よろしくお願いします、先生」
最初に案内されたのは、泉に足をつからせている見た目年齢30くらいの男のところだった。
少し痩せぎすなものの、顔付きは優男と言うのに相応しいほどに整っていた。
先生と呼ばれ、背中が少しむず痒くなる。
《そ、それではまず、どんな症状が、出ているか、教えてください》
「はい。……そうですね、まずは……ケホッケホッ……咳が出るようになりました」
精一杯医者の真似をしてみると、優男風の森人族さんは少し咳き込んだ後、自嘲するようにそう言った。
「後は、たまに首元の呪印のあたりが痛んだりとか、ですかね」
《どのくらいの、頻度?》
「そうですね……一日に、1から2回くらいです」
頭のメモに記録していく。
気分だけはすっかり医者である。
《他に、は?》
「うーん……あっ、貧血が、ケホッ、起こりやすくなりました。立ち上がった時だとかにです。そんなもんですかねぇ」
《ありがとう。最後に、呪印、見せて》
「わかりました」
優男風の森人族さんが上着を少しはだけさせて、真っ白な首元を惜しげも無く晒す。
そこには、まるで何かの歯型のような血色の紋様が浮かび上がっていた。
これが、呪印。
大きさは500円玉くらいだけども、言葉では言い表せないほどに──禍々しい。
赤く不気味に映るそれを、俺は記憶に焼き付けた。
《ありがとう、もう、いいよ》
「はい、先生」
彼ははだけさせた上着を元に戻すと、はにかみながら頭を下げてきた。
俺も慌てて会釈を返す。
やっぱり、森人族の人達っていい人ばっかり。
俺は、そんなことを思った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後も宰相さんの案内で、おじさんにお爺さん、お姉さんにおばちゃん、おばあちゃん達に話を聞いた。
その間、デールさんとリアリスは部屋のすみっこの方で大人しくしていたようだ。
《宰相さん、今日は、ありがとうございました》
「いえいえ、こちらこそ……どうか、治療の方法を見つけてください」
《勿論、です》
「あと、森で何か不都合があれば言ってください。私のできる限りで……ゴホッゴホッ……力になりますので。……それでは」
《はい、また》
そうして、人の良い笑みを浮かべる古代森人族の老人と別れた後、俺達二人と一匹は来た道を戻っていった。
やがて、謁見の間にたどり着く。
そこで、女王様に病状の調査が終わったことを伝えると、今すぐその症状をスカルおじさまに確認してこい的なことを言い渡された。
女王様を質問攻めにしようと思っていたのだが、病名を知るまでは何も教えてくれないらしい。仕方ないので、結界の外に向かうことにした。
宮の外に出ると、森は既に薄暗く、木々の隙間から西の空が橙色に燃えているのが見て取れた。
もうそんな時間か。
俺達は夕日に背を向けて、森の東に向けて歩き続ける。
中心部の家々を抜けて、外環部の巨木群を抜けて。
翡翠色の結界の麓まで辿り着いた頃には、既に昇り始めていた月が東の夜空を照らしていた。




