第38話 謁見②
「さて……自己紹介がまだでしたね」
長い長い白金色の髪を持つ森人族の女王様が、瞑っていた目をおもむろに開いた。
リアリスと同じ碧色の双眸が、俺に向けられる。
「余の名前はルルティーネ・アージニオといいます。……不肖の娘にここまでついてきて頂き、本当にありがとうございました」
翠色のドレスから真っ白な肩を出しているルルティーネ様が、玉座に座ったまま頭を下げる。
少しして頭を上げた彼女は、俺に向かって微笑んだ。
「あなたの名前はダル、さんでしたよね? そうですね……【念話】系のスキルが使えるのならばその使用を許可します」
そう言う女王様の身長はおそらく三メートルをこしているのであって、いくら彼女が座っているといっても、ミミズのような格好をしている俺は、勿論見下されるような形になる。
でも、謁見の時に感じていた威圧感は既に霧散していた。
他のエルフがいないからか、女王様が何かを変えたのか、はたまた俺の何かが変わったのかかはわからないけど。
だから、俺は安心して【思念伝達】を発動することができた。
《一応、使えます》
俺の念に、女王様は表情を崩さぬまま答える。
「これでようやく、話が出来ますね」
微笑を浮かべる彼女は、背後からの木漏れ日を受けて、金糸の様な髪と、各所に身につけた装飾品を輝かせていた。
「余個人としては、『謁見にて認められるまでは客人と会話してはいけない』などという風習は撤廃してしまいたいのですがね。長老達が五月蠅いので、中々改革は難しいのですよ」
そう言って女王様は肩を竦める。
……思っていたよりも、フレンドリーな女王様みたいだ。
まあ、厳格な王様より全然いいんだけどね。
ひんしゅく買って処刑とか嫌だし。
普通にあり得そうだし。
そんな風に、俺がゾッとしない想像をしていると。
「リアた……娘は、可愛いでしょう?」
──唐突に、女王様が謎の問いを発してきた。
……初対面のモンスターに何を言っているんだろうか、この人は。
しかもリアたって……リアたん?
え?
愛称リアたんなの?
俺が困惑の表情を浮かべていると、女王様は何を勘違いしたのか一つ頷いた後、口を開いて。
「娘は本当に可愛くて可愛くて……あの人の忘れ形見でもあるからか、親が私だけであるからかはわからないのですけど、ついつい甘やかしてしまって……。子供の頃なんて天より降ってきた天使のようでしたし、つい前転生者としての記憶を思い出した時なんて罪悪感があるのか涙目になりながら私だけに打ち明けてくれてね、気にしないって言って抱きしめてあげたらエンエン泣くんですよ? 全く、愛らしすぎですよね」
ペラペラペラペラ、彼女はそこで一旦言葉を切って息を吸い込むと、一拍置いてから喋り出す。
「そんな娘が危険を顧みずに私達を助けに戻ってきたなんて……嬉しいのと心配なのとで胸がいっぱいいっぱいですよ。本当はあの子のやることは全部無条件で許してあげたいんですけど……それだと長老達が五月蠅い。私の命令を無視したって、それって成長のあかしじゃないですか。親離れは寂しいけれど、我慢しなければなりませんよね。ああ、早くあの子に王族としての権利を全て譲渡してあげたい。優しいあの子が王になったら、きっも何もかも上手くいくはずですものね。きっと“龍喰らい”だって簡単に鎮めて──コホッコホッコホッ……けほっけほっ……」
驚きを通り越してもはや呆れている俺の目の前で、女王様が急に咳き込みはじめる。
……ぶっちゃけ途中から聞いてなかったよ。
ガチの親バカじゃん。
もうね、威圧感とか言ってた俺が馬鹿みたい。
威厳って何でしたっけねぇ……。
俺は内心でため息をつく。
少しして、女王様の咳はようやく収まってきた。
「けほっけほっ……もう、大丈夫です。見苦しいところを見せてしまいましたね。とにかく、娘が連れてきたあなたを無条件で認めたいのは山々なのですが、それでは“祖”らが許さないのです」
女王様はそう言って、俺の目を覗き込んだ。
「では、聞きたいことを聞きましょうか。神術を使いますが、あまり気にしないでください」
《へ?》
「【──汝は何者ゆえに、汝は何者なのか。その軌跡は闇中に輝く。我等に流れる神の血にかけて】」
困惑する俺を余所に、エルフの女王は綺麗な声で詠唱う。
「【示せ。──“記憶の閲覧”】」
彼女が詠唱を紡ぎ終えた瞬間。
俺達の周りを、闇が覆った。
なんだよ、これ。
浮いてる……?
闇の中に、俺と、女王様が、浮いてる?
そして。
闇が、塗り替えられる。
赤、赤、赤、赤、赤。
俺達を囲む一面真っ赤な壁がどくどくと脈打つ。
それは鮮やかな赤なんかじゃなくて、こう、内臓っぽいどす黒い赤で。
その光景に、俺は猛烈な既視感を覚えた。
これは、俺の記憶──?
待って。
これが、さっき言ってた神術って奴なのか?
混乱する俺を置いたまま、場面はうつり変わり────
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「っ!」
ぼやけた視界が定まってくる。
あの奇妙な空間は、俺の記憶を辿っていた。
まるで走馬灯のように。
それが神術って奴の効果なのか……?
「……あなたの記憶を覗かせて貰いました」
俺の思考を遮るように響いた声は、女王様のものだ。
少しだけ、顔色が悪いように見えた。
「あなたを……コホッ……この森の客人として、認めましょう。……部屋を手配します。今日はもう休みなさい。他の話は明日またしましょう」
《はい》
素直に頷いておく。
どうやら俺は認められたらしい。
他の話ってのは病気とかの話かな? 多分。
と、女王様は目を瞑り、手拍子一つ。
「デール」
「はっ」
女王様の呼びかけに、デールさんがどこからともなく現れる。
「客人を部屋にまで案内しなさい。私はもう寝ます」
「御意」
デールさんが跪いたままそう言うと、女王様はスラッとしなやかな足を伸ばして立ち上がり、此方に背を向け、奥の部屋へと向かっていった。
そして部屋に入る直前、彼女は立ち止まったかと思えば此方を振り向き。
「リアリスを……娘を、本当にありがとう」
それだけ言うと、女王様は完全に扉の向こうへと消えていった。




