第37話 謁見①
「それでは、謁見を始めましょう」
豪奢な装飾品を、適度に美しくなるよう身につけた森人族の女王が、そう宣言した。
「それではハリ……ゴホッ……ハリオン、改めて状況の説明を」
「はっ!」
病気がちの女王の呼びかけに、右側の古代森人族の列から一人の美男子が立ち上がる。
ハリオンと呼ばれた彼は、おかっぱの髪をかき上げると。
「今朝、僕が部下と共に森の巡回をしていた時でした。結界を通り抜けた何者かを感知。向かったところ、そこにいるモンスターを連れていたリアリスを発見しました」
ああ。
どっかで見たことあるなーって思ったら、あの。
暴言めっちゃ吐いてきた人。
初対面での凄まじい罵倒を思い返していると、ハリオンさんからジッと、冷たい視線を向けられた。
「あのような……汚らしい虫が森にいるなど、私は耐えられません。森のためにも、命令を破ったリアリスへの罰としても、奴は即刻処刑するべきかと」
「ちょっと! ハリオン!」
ハリオンさんの極端な考えに、リアリスが声を荒げる。
「なんだリアリス、事実だろう?」
鼻で笑いながら肩を竦めたハリオンさんに、リアリスが反論しようと口を開いた時だった。
「──黙れ」
冷たく、凍えるような声。
発していたのは、女王様だった。
「リアリス、余がいつ、あなたに顔を上げることを許しましたか?」
「ご、ごめんなさい、お母様!」
もう一度頭を下げて跪くリアリスに、ハリオンさんがフッと笑みを漏らす。
「全く、だからリアリスは──」
「あなたもです、ハリオン。余は状況を説明しろと言っただけです。私見を述べろなどとは一言も言っていません」
今度は女王の鋭い双眸がハリオンさんに向けられた。
ハリオンさんの顔はたちまち蒼白になる。
「も、申し訳ありません!」
「以後発言は慎むように」
「はっ!」
ハリオンもリアリスと同じようにその場に跪いた。
庭が静寂に包まれる。
だから俺は、リアリスが勝ち誇ったようにふんっと鼻を鳴らすのを聞き逃さなかった。
……子供の喧嘩かよ……。
あーあ、森人族ってもっと大人なイメージあったんだけどなぁ。
あ、あいつらはまだ子供なのか。
はぁーと、内心でため息をつく。
と、次に俺の耳が捉えたのも、ため息だった。
最初は空耳だと思ったのだが。
皆ため息ついてね!?
そう、ため息がため息を呼び、欠伸のように伝染したのか、部屋中からため息が聞こえてきていた。
しかもその中には、わざとらしげなため息もある。
つまりそれは、この呆れる状況に慣れてる人がいるってことで。
あの二人、今の子供みたいな言い合いを、よくやってるのだろう。
……リアリスって本当に高校生?
いやまあ、高校生つったらまだ子供かもだけど。
今の見た目年齢18くらいだし、精神年齢は30越えてるだろ。
……あの様子を見るに、越えて無さそうだけど。
てかあの二人まわりのため息に困惑してるじゃん。
なにに呆れられてるかすらわかってないのか。
なんなんだあいつら。
キョロキョロしてんのちょっと面白いな。
「はぁ……謁見を……ゴホッ、再開しましょうか」
ため息をつき、咳をしながら、女王様がそう言った。
その言葉にハリオンが服従の姿勢を戻し、最初に座っていた椅子に戻った。
庭園中に溢れていた、わざとらしく息を吐く音が消え、あたりが静かになる。
「次は、リアリスの説明を」
「は、はいっ!」
リアリスは勢いの良い返事をすると、その場で立ち上がった。
大丈夫かなぁ。
リアリスこの森ついてから完全にダメの子なんだけど。
道中では結構頼りになったのになぁ。
立ち上がったリアリスは、しばらくの間口をマゴマゴとさせた後、女王様に向かって質問した。
「あの、どこから説明すればいいですか?」
ホラ。
やっぱり。
「……そうですね、あなたが帰ってきた理由と、この森に、モンスターの彼、ダル君を連れてきた理由あたりを」
「わかりました。ですが、全てを語るのは難しいので、少し掻い摘まんでお話します」
リアリスは女王様が頷くのを確認すると、口を開いた。
「私が戻ってきたのは……同族のみんなを、助けるためです。あの死霊の軍団から、正体不明の病気から、みんなを助けるために。みんなが死ぬのは嫌ですから。それに……私だけ逃げるだなんて、できない」
この森が襲われるのはリアリスのせいじゃね? と、思ったのだが……誰もその点を指摘する者はいなかった。
つまり……彼らは本気で同族のことを思っているのだ。
森人族達はリアリスを本気で逃がそうと思い、囮になることをもいとわない。
リアリスは森人族達を犠牲にしたくなくて、病気から助けたくて、自分の身の危険を顧みずに森に戻ってきた。
なるほど。
森人族にとっての同族は人間にとっての家族と、そう変わらないのかもしれないね。
種としての数が少ないからかな。
んで、女王様はなんて返すんだろ。
「……リアリス、あなたは頭がいい。余の娘としては申し分のないどころか、それ以上に」
「は、はぁ。ありがとうございます?」
リアリスが困惑した声を上げる。
「つまり、無謀な真似はしないはずです。あなたは馬鹿じゃないから。ダル君の他に、協力者がいますね?」
「……!」
わーお。
すっごい。
さすが、親ってのに隠し事はできないよね。
リアリスは少しの逡巡を見せた後、おもむろに口を開いた。
「……スカルさんと、グルートさん、です」
「……!」
出てきた名前にか、庭の左右に座っていた古代森人族達がざわめき出す。
あの二人も若かりし頃の女王様とは仲が良かったらしいし、森人族達も知ってて当然って感じか。
やがて、難しい顔をした女王様が彼らを黙らせた。
「……そういうことでしたか……。なるほど、つまりダル君も。……リアリス、ありがとう。報告は以上で十分です」
「え……は、はい!」
再度、その場にリアリスが跪く。
女王様は1、2秒だけ考えるそぶりを見せると。
「それでは、今回の謁見はお開きにします。リアリスは自室へ。デールとハリオンは病人達を元の部屋へと先導してください」
そして、と彼女は言葉を繋げた。
俺の方を向いて微笑みながら。
「ダル君、あなたはここに残ってください。話したいことが幾つかありますので」
そう言った女王様が眠るように両目を瞑り、玉座に寄りかかったのを合図に、森人族達おのおのが動き始めた。
やがて庭からは、左右に座していた森人族達がデールさんとハリオンさんの先導でいなくなり、俺とリアリスと、目を瞑った女王様だけが残される。
薔薇のトンネルの近くから、不安げな視線で此方を見やるリアリスに、俺は力強く頷いた。
リアリスは口をキュッと結んだまま頷き返してくれ、そのまま薔薇のトンネルへと消えていった。
俺は女王様の方に顔の向きを戻す。
さて、話したい事ってなんだろう。
面倒くさいことだったら嫌だなぁ。




