第36話 エルフの女王
しばらく、優雅かつ冷寒な廊下を進み続けると、廊下の幅が先程よりも広くなっていることに気がついた。
俺達三人……二人と一匹が横に並んでも、まだ余りある幅だ。
そろそろ、玉座の間的なところに着くのかもしれないな。
やっぱりキンキラキンにさり気なく飾られているのだろうか。
そんなことを思っていると、突然、前の二人が会話をやめた。
古代森人族の二人が黙ると廊下に響くのは、
リアリス達のカツカツという足音と、ズルズルという俺の腹と廊下の床が擦れる音だけになる。
どうかしたのかね?
……んー、二人とも真剣な顔付きになってる。
これはマジで近いんじゃないの。
玉座の間的なところ。
少し厳格な空気を醸し出す二人と共に進み続けると、やがて両側の壁が消え、開けた空間に出た。
先を見てみれば、赤レンガで囲われた花壇に、地球のと変わらないノーマルサイズの薔薇で出来た緑のトンネル。
上を見上げれば樹による影など無く、金色の結界の向こうに空が見え、鳥が歌うように鳴きながら飛んでゆく。
庭だ。
中庭か?
……というか、この気配、多分女王様がいるな。
寄生虫としての本能と、技能である『虫の知らせ』が鳴らしているのであろう警鐘に気を引き締めつつ、俺は中庭へと降りていった。
廊下と中庭の境である二段程度の小階段を降りると、何かフサフサと、チクチクとした感触が俺を襲う。
これ芝生か?
触覚が薄い俺でもこんなにチクチクするなんて……エルフの二人は大丈夫なのか?
確か二人は靴も履いていなかった筈。
不思議に思って、横にいるリアリスの顔を覗いてみると。
へにょーっと。
──緩みきっただらしない顔を晒していた。
「えへ、えへへぇ……気持ちいい……」
恍惚とした表情でそう呟く彼女に、若干、いや、かなり、いや、滅茶苦茶引いた。
それこそ二メートル程を後退るくらいには。
もしかして、デールさんもか!?
慌てて反対側の爽やかイケメンの方を向く。
彼はリアリスと比べればすました顔をしているものの、やはり気持ちよさげな、力の抜ける表情をしていた。
なるほど、なるほど。
つまりこれは、廊下の冷気と同じやつか。
ハイエルフには、気持ちよく思えるんだろうな。
このチクチク感が。
足つぼマッサージみたいな?
だけどまあ、さすがにこの顔はないわ。
「はっ! 誰かに見下されてる気が……」
リアリスが表情を引き締めて顔を上げたかと思えば、俺の目線に気付いたのか此方を向いた。
自然と、目が合う。
俺の冷ややかな視線に心当たりがあるのだろう、リアリスは顔を真っ赤っかに染めていく。
そして、あわわわわと、少しだけキョドった後。
「え、えーと……さ、さっさと行くわよ!」
リアリスはそう言って明後日の方向を向くと、誤魔化すように薔薇のアーチを潜っていった。
「まったく……我らの姫は本当に仕方ないものだな」
デールさんは誰かに同意を求めるかのように肩を竦めると、すぐにリアリスを追いかけアーチを潜る。
そんな彼に、俺は内心苦笑しつつもついていく。
トンネルは……結構長いみたいだ。
途中で、顔を冷ましたリアリスが待っていた。
しかし、彼女はまだ怒っているのか、俺からは顔を背けて言った。
「さ、ここを抜ければもうマ……お母様がいるのだから、急ぎましょ」
そんな彼女とデールさんと、ところどころ光が漏れているツルのトンネルを、三人無言で歩いていく。
たまにツルの棘にあたりながらも、ようやく抜けると。
そこは植物でできた、謁見の間だった。
左右、よくあるファンタジーで大臣達が座っているであろう枝製のたくさんの席には、白金色の髪を持つ、見た目年齢20から70くらいの“古代森人族”達がいた。
そして、彼等の合間を大理石のような白い白い道が通り、その先には、
──王の姿。
木製の玉座のすぐ後ろで、守護霊かのように屹立している木。
そこから漏れ出る日に照らされる、彼女の背丈はとても──大きい。
立ち上がれば三メートルはくだらないだろう彼女の身長は、玉座にすっぽりと収まっている。
リアリスと似た、切れ長の目。
小ぶりの鼻、尖った耳、足元まで伸びる、サラサラとした長い長い髪の毛。
整った顔立ちだが、それよりもまず──圧倒される。
心臓の鼓動がバクバクと大きくなる。
俺の命はまだ健在だと。
俺を安心させるために。
……巨龍さんや、グルートさん、あの大剣の剣士と出会ったときと同じだ。
──彼女は、圧倒的な強者。
俺は体中から汗がふき出るのを感じながらも、リアリスとデールさんが進んでいくのについていく。
そして王に近づいて、ようやく気付いた。
今の彼女は、覇気を欠いている。
そういえば、病にかかったんだっけか?
よく見てみれば、他の面々も少し痩せてるな。
ってことは、これで本調子じゃねぇのかよ。
思わず笑いそうになる。
デタラメすぎるだろ。
やがてリアリスとデールが跪くと、女王様が口を開いた。
「話は既に通っています。出迎えの挨拶は後ほどに。では、これより謁見を始めましょう」




