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第35話 宮のナニカ

「じゃ、また後でね、ルーデ」

「うん。またね、リアリス」


 ルーデと呼ばれた大人しそうな顔の守衛さんが、リアリスに手を振り返す。

 それを背中に、デールさんとリアリスと俺は宮殿の中へと入っていった。


 青い壁、白い床……青い灯。

 色のせいかな、なんだか結構寒い気がする。

 

 広い廊下を見回していると突然、後ろから重い音が響いた。

 驚いて振り返ってみると、外と中を繋いでいた筈の鉄扉が閉まっていた。

 

 ……怖すぎるんだが。


 俺はいっぺん背筋を震わせた後、物怖じせずにドンドン先に進んでいく二人の古代森人族ハイエルフを追いかける。


「やっぱりここは、快適ね」


 心なしか、いつもより軽い足取りに見えるリアリスがそう言った。

 一番先頭を歩いているデールさんはふっと嘆息すると、口を開く。


「ここは我々の為だけに作られた宮殿だからな。他の種族には少しばかりキツいかもしれないが──我慢してくれたまえ」


 ふぅむ。

 だから俺には寒いのか。

 ここにはもう来たくないなぁ。


「そういえば、私が外に出ている間、変わったことはなかったの?」

「ふむ、変わったことと言えば────」


 リアリスらが話を始めるのを耳で流しながら、俺は心の中のひとりごとに埋没していく。


 なんでここに来たんだっけ?

 ああ、謁見か。

 面倒くさいなぁ。

 でも、引き受けちゃったことだしなぁ。

 次、休める時が来たら、一日中ゴロゴロしてやろう。

 そうしよう。

 

 ──と、下を向いて、そんな取り留めも無いことを思っていたからか。


 突如、背筋に悪寒が走った。


 後ろから、何かが。

 天井から。

 繋がる通路から。

 調度品の壺の中から。

 肌を刺すような冷気から。


 ────言いしれぬ、暗闇から。


 何かが迫っていることを、知覚した。

 顔を上げれば、談笑を続ける白金髪の二人はかすんでしか見えない廊下の奥にまで離れてしまっていた。


 俺の中で、警鐘が鳴らされる。


 五感が、第六感が、思考が、研ぎ澄まされる。

 振り向いてはならないと、俺が俺に言うのが聞こえた。

 この感覚には覚えがある。

 そう、あれは確か、ごま粒ほどにしか見えないはずの巨龍さんに射竦められた時────

 

 その考えに至った瞬間。   

 俺は全力で逃げ始めた。

 

 這う。

 這う。

 這う。

 

 能力値を最大限に発揮させる。

 恐怖で動けなくなる前に。

 少しでも距離を。

 行けるならば二人のところまで。


 逃げろ、逃げろ、逃げろ────


 そして、


「あれ、どうしたの、ダル?」


 呼吸を荒げる俺に、リアリスは振り向いて、不思議そうな顔ををして声をかけてきた。

 そしてハッとしたように口に手を当てる。


「……デール、今のはなかったことにしてくれない?」


 デールさんは困ったように肩を竦め、口を開いた。


「やれやれ、と言ったところか。我らが王女殿下にも困った物だな。……もう一つ、これで分かったとは思うが……我々とは絶対に離れるなよ?」


 反応してはいけないとさんざん忠告されている俺は、ただ耳をかたむける。


「アレは“呪怨”だ。“怪異”ともいう。“奇跡”なのだ。少し程度寿命が長いとはいえ、所詮は定命である我らにはどうしようも出来ない」

 

 いいか、と立ち止まった秀麗なエルフは続ける。


「この宮殿は、遺物だ。遥か昔に建てられたとされるが、何のためにか、どうやってか、誰がやったのか。森の結界と同じく、何も分かってはいない」


 その言葉に、俺は先程の恐怖を思い出す。


 闇に紛れたナニカ。

 ナニカは俺を排除しようと、這い寄ってきた。

 何のために?

 どうやって?

 ナニカは何だったのか?

 分からぬから、怖い。


「普通に考えれば、我ら“古代森人族ハイエルフ”を守るためなのだろうが……いや、あまり関係ないことだったな。つまり私が言いたかったのは、アレは我々の認識を越えているということだ。それを分かっていてくれ」


 そう締めくくると、デールさんは再度足を動かし始めた。

 俺は心の中で頷き、慎重についていく。


「ねえデール、さっきから何の話してるのよ? ちょっとかっこつけたくなっちゃったの?」

「君という人は……」


 怪訝な顔をするリアリスに、デールさんがため息をつく。


 ……リアリス、本当に高校生やってたのかな?

 大丈夫かな、この人。


 そんな思いを込めて、リアリスの後ろ姿に視線を向ける。

 すると彼女は振り返り、此方を冷たい目で睨んできた。


 な、なんでわかったんだ。

 グルートさんかよ。


 俺は少し後退る。

 俺の動揺に満足げな顔をしたリアリスは顔の向きを戻すと、ひとりウンウンと頷いた。


「まあ、そういう時期は誰にでもあるわよね。仕方ないわ」

「ほう、リアリスにもそんな時期があったのかい?」

 

 デールさんの問いに、リアリスはふっふーんと無い胸を張って答えた。


「そんな時期、あるわけないでしょう。だって、“森人族エルフ”の次期女王で、あらゆる才能に満ち溢れた、この私よ? そこらの人と一緒にしないでよね」


 一瞬の静寂の後、デールさんが鼻で笑う。

 デールさんを見たリアリスが頭上にハテナマークを浮かべるのを見て、俺は顔を引きつらせた。


 …………笑えねぇ……。

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