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第32話 到着

「ようやく着いたわ……!」


 俺達の目の前では、数々の巨木群が至るところに根を張り、緑色の枝葉を茂らせていた。

 それらを包む半透明の翠緑色の薄い膜は……多分、結界だろう。


 ようやく、ようやく着いた。


 初日から人間の姿をした化け物とすれ違ってさ、次の日にはよだれを垂らした一つ目巨人(サイクロプス)に追いかけられ。

 リアリスが持ってきてた食料は野菜だけだったから、自分で狩りをしなくちゃならなかったし……それなのに全然モンスターが見付からなくて。

 結局リアル野菜生活を強いられ、なぜか全くモンスターがいない不気味な道のりを、森を越え、草原を越え、小さな山を越えと……一週間。


 ようやく、辿り着いたんだ。

 うぅ……長かったよ……。


 俺が達成感と喜びを噛みしめていると、隣にいたリアリスが結界に向かって進み始めた。


「ダル! 早くこっちに来て」


 結界に触れる少し前で立ち止まったリアリスが此方に振り向いて手招きしてきたので、俺は素直にそれに従う。

 俺がリアリスの隣に着くと、彼女は何やら詠唱を始めた。


「【──我らが遠い祖達よ。神の血を受け継ぐ者らよ。我の血にかけて、彼の其の結界への入場を許し給え】」


 リアリスがそれを唱え終えた瞬間、俺の体の周りを半透明の白い粒子が取り巻いた。

 

「じゃ、行こっか」


 そのままリアリスは結界の中へと入り込んでいった。

 向こうで立ち止まって、俺が来るのを待っているようだ。


 詠唱ミスってて、触ったら即死とかないよね?

 まだ死にたくないよ?


 俺は恐る恐る、まずは尻尾で結界に触れてみる。

 ゼリーみたいな感触で、尻尾には何の問題も起こらなかった。


 あ、これひんやりして気持ちいいわ。


 尻尾を出し入れして楽しんでいると、リアリスから冷ややかな視線が向けられたので、俺は慌ててエメラルドグリーンの薄膜を抜けた。


「……今日はこの後、“棘の宮”にまで行って、マ……コホン……お母様と謁見しなければならないの。なるべく急いでね」   


 釘を刺されてしまった。

 でも、ママって言いそうになってから顔を赤らめて、コホンって咳して言い直すの可愛いな。

 圧倒的小動物感。


「それじゃ、行くわよ」


 ぷいっと向こうを向いてしまったリアリスがそう言って歩き出した。

 俺も少し遅れてついて行こうとする。


「──誰だ!」


 すると突然、どこからか警戒心を孕む声が飛んできた。

 俺は思わず体をビクッと震わせてしまう。


「ちょっと待って! 私よ! リアリス・アージニオ!」


 直ぐにでも此方の息の根を止めてやるとばかりの殺気が向けられる中、冷静に対応したのはリアリスだった。

 リアリスの叫びに、今度は困惑するような声が聞こえてきた。


「姫様……?」

「何故ここに……?」

「少数の護衛とともに落ち延びた筈では……」


 どうやら相手は一人ではなかった模様である。

 しかも、この重苦しい殺気は未だ解かれていない。

 あの結界のせいか『魔力感知』も発動できないし、この森怖いよ。


「──弓を下ろせ! あれはリアリス本人だ!」


 今度は幼さを残した男の声。

 すると、さっきまで散々かけられていた重圧がフッと消える。

 やがて頭上から、一人の男が飛び降りてきた。


「お前らはいい! 各自それぞれの担当場所に戻れ!」


 すたっと華麗に着地した彼が声を上げると、幾多もの樹を蹴る音が響き、やがて遠くに消えていった。


「やあリアリス、久しぶりだね」

「あ、ハリオン……久しぶり。さっきはありがとう」


 ハリオンと呼ばれた森人族エルフは、リアリスよりほんの少し高いくらいの身長で、白金色プラチナの髪に茶褐色の瞳を持つ美青年だった。

 左右に分けたおかっぱをなびかせながら、ハリオンさんがこちらに視線を向ける。


「君が帰ってきた理由は……何となく察しがつくけど……この汚い蛆虫はなんだい?」


 なんの躊躇いもなくそう言い放つハリオンさんに、俺の豆腐心メンタルは音を立てて崩れ落ちた。


 汚い蛆虫……汚い蛆虫……汚い蛆虫……。


 頭の中で反響し続ける言葉に、俺の意識は飛びそうになる。

 倒れそうになった俺を連れ戻してくれたのは、リアリスだった。


「そんなこと言っちゃダメよ。この人は私の命の恩人なんだから。……そ、それに……す、少しは蛆虫を好きな人もいる、いるんじゃないかしら」


 あの、後半フォローになってないんですが。

 フォローするところ間違えてるよね。

 俺はリアリスの顔にジッと視線を向ける。


「だ、大丈夫。せ、世界は広いのよ! 頑張って!」


 うわ、こいつ目逸らしやがった。

 エミネルちゃんだったらもっと上手く慰めてくれるぞ、絶対。


 俺は仕方なく、ハリオンさんを期待の目で見つめる。


「恩人? 汚らしい怪物モンスター如きが我らの王族と会話をするなど……。ああ、わかった。新しいペットか? ……こっちを見るなよ、ゴミが」


 わーお。

 こりゃ酷いよ。

 もうやだ帰りたい。


「ちょっと、それ以上言うならさすがの私も怒るわよ」 

「へぇ、陛下の言いつけを守らずにノコノコ戻ってきた君が、この僕を許さないって?」

「そ、それは……」


 肩を竦めて笑ってみせるハリオンさんに対して、リアリスはもうたじたじだ。

 

「──まあいいよ。どちらにせよ僕には君を裁く権利はないんだ。ただ、陛下にはリアリスが蛆虫を連れて帰ってきたと伝えておくよ。それが僕の職務だからね」

「え、ええ。そうしてくれて構わないわ」

「それじゃあ僕はお暇させてもらうよ。副隊長サブリーダーは多忙なんだ」


 それだけ言うと、ハリオンさんは地面を一蹴り、巨大樹の枝へと跳び戻っていった。

 

 すげー身体能力だなぁ。

 羨ましい。


「……ごめんね、ダル。悪い人じゃないんだけど……」

《別にいい、気にしてない》


 何日かぶりの【思念伝達】に驚いたのか、彼女は少しだけ目を瞠って呟いた。


「……ありがとうね」


 そして何度か頭をブンブン振ると、両手で頬をパチンと叩いて俺の方を向いた。


「さあ、行くわよ!」


 気合いを入れ直したリアリスが森の中をどんどん進んでいくのを一生懸命追いかけながら、俺は思った。


 やばい、帰りたい……。

 帰りたいよ……。

 帰りたいです……。

リアリスちゃんとダルくんは旅の間に呼び捨ての仲になってます

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