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第31話 ナワバリ会合

「行っちゃった……」


 鬱蒼とした木々の奥を見やりながら、緑色の肌を持つ幼女が呟いた。

 この場にいる者達の中で、まだ子供と言えるのは彼女だけだ。


《へっ、人生に別れは付きもんだ。……だが、それだけ再会もあるってこった。せいぜい次に顔会わせたときに恥かかねェようにしとくんだな》


 赤い巨大な獅子が尻尾を器用にくねらせて、ゴブリンの子供──エミネルの頭をポンポンと叩いた。


 彼女は目を閉じて、気持ちよさげに微笑む。

 そんな様子を温かい目で見守っているのは、エミネルの両親、蒼い瞳の河童、そして紳士の姿をした骸骨である。


 この実力者揃いの集まりは、このナワバリに突如としてやってきたダルという名を持つパラセクトと、森人族エルフの王女の一人娘、二人の転生者を見送った後であった。

 

 ……既に彼ら転生者は此処を発ち、見送りに集まっていたゴブリンや樹人族トレント人狼ウェアウルフなどはそれぞれの住処に戻っていったが。


「まあ、彼が死ぬ心配はありませんから。きっとすぐ……また会えるでしょう」

「ほんとう?」

「ええ、本当ですとも」


 だから、とスカルは言葉を続ける。


「先程グルートが言ったように、再会したとき、無様な姿を晒してがっかりされないよう、自分を磨いておきなさい」


 スカルの助言に、エミネルは縦に大きく首を振った。


「うん!」


 幼子の純粋な笑顔に、その場にいた者もつられて笑顔になった。グルートとスイレンのそれには、「またか……」といった苦笑も含まれてはいたが。


「カカカ、いい返事ですね。それでは早速べん……おや?」


 スカルが唐突に言葉を切り、目を閉じた。

 そしてそのまま、段々と顔を顰めていく。


「どうしたの?」


 エミネルが不安を滲ませた声で問う。

 スカルは顎に手を当て、少しだけ考え込んでから口を開いた。


「エミネルちゃん、今日はもう帰りなさい。ミネルさん、エルドさん、少し話さなければならないことができまして、今日はここでお開きにしましょう」


 スカルの言葉に、ミネルとエルドと呼ばれたエミネルの両親が神妙に頷く。 

 

「さ、帰りましょ、エミネル」

「……うん。……三人とも、頑張ってね!」


 それだけ言い残してゴブリン家族が立ち去っていく。


 彼女ら三人が完全に見えなくなると、スカルはスイレンに目配せした。

 彼女は静かに頷くと瞬く間に地面に魔法陣を描き、ブツブツと呪文を唱え始める。

 やがてその魔法陣が光ったかと思うと、そこには間抜けな顔をした人狼ウェアウルフが突っ立っていた。


「え、こりゃ……」


 人狼ヴォルフは急な“召喚”に呆然と声を上げ、スカルが唇に指を当てたのを見て口をつぐんだ。


 その内にもスイレンは魔法で作り出した水の膜を肥大化させ、彼女らの周囲を半球のドーム状になるように覆っていく。

 それを何度か繰り返した後、水のドームの中心に魔法陣を浮かび上がらせ、彼女はふぅーっとため息をついた。

 

「こんなものでありんすかね……」

「ありがとうございます、スイレン」

「いえ、この程度大したことではありんせんよ。それに……スカル様とわっちの仲ではありんせんか」


 河童の挑発的かつ妖艶な笑みに苦笑で答えると、スカルは再度口を開いた。


「さて、盗み聞きの心配もなくなったところで……急な会合の理由、先程の眷族の報告について話しましょうか」


 スカルが真剣な声音で話を始めると、間抜けな顔をしていたヴォルフも、艶やかな笑みを浮かべていたスイレンも表情を引き締める。


「いきなり本題に入りますが……『剛帝』が代替わりしました」

「んなっ……!」

「そんなことが……」


 スカルの発表に、ヴォルフは目を見開き、スイレンは目を細めた。

 と、グルートの荒々しい声が彼らの脳裏に響く。

 

《オイ、『剛帝』つったらよォ、少し前にも代替わりしたばっかりだよなァ?》

「ええ、確か二十五年程前にも……先々代が忌まわしき“龍喰らい”にやられ、先代に代替わりしたはずです」

《早すぎねェか?》


 グルートの疑問の声に、スカルがもっともだと言うように頷いた。


「おそらく、元からこの代替わりを予定していたのでしょう。先代の『剛帝』は繋ぎだったのかと」

《あァ、なるほどな》


 スカルの予想に、グルートが納得の声を発する。

 次に口を開いたのは、ヴォルフだった。


「それで、新しい『剛帝』はどんな方なんですか? 先々代の血族は先代だけだったんじゃ?」

「……一人、いたでしょう?」

「……まさか」

「ええ。そのまさかです」


 元々見開いていた目をさらに見開き、言葉を発しようとしては飲み込むヴォルフの変わりに、スイレンが答えを言った。


「つまるところ、人間が“龍帝”に即位したといわすのでありんすか?」

「ええ、そういうことです。私も信じられませんが……実際、そうなっているのです。そういうことなのでしょう」

「そうでありんすか……スカル様がそう言うのなら、そうなんでありんしょうね」


 そう言ってスイレンがため息をつく。

 ヴォルフは押し黙った。

 沈黙の時間。


《んまァ、どっちにしろ挨拶には行かなきゃならねェんだろ? オレとスカル、どっちが行くんだよ?》


 グルートの念は、スカルに向けてのものだ。

 

 “龍帝”の代替わりの際、巨体陸の有力者達が挨拶に行くのは当然で、人間からは“怪物達の宴ハロウィーン・パーティー”とも呼ばれ定着するほどに、種族を問わず有名なものだ。

 元々は、人知を超越する破壊者である“龍帝”に、目を付けられたくなかった巨体陸の有力者達が朝貢をしていた時の名残なのだが、最近でもどこかの馬鹿が挨拶に行かず、“龍帝”の機嫌を損ねたケースもある。


 よって、“龍帝”程ではないにはせよ、“準魔王”クラスのモンスターがゾロゾロと集まってくる宴が、三百年に一度程度の周期で開催されるのだ。

 それも、開催場所が巨体陸の秘境だけというわけではない。

 巨体陸と人大陸との大陸境の町で開催されることもある。

 勿論、その際のフルコースはその町に住む──人間。


 故に、“怪物達の宴ハロウィーン・パーティー”。


 しかし、今回は宴は起こらない。


「それが、必要ないのですよ。新しい『剛帝』は即位してすぐ、武者修行の旅に出かけたとか。実質的な統治などは先代がそのまま行っているようです」

《ハ? なんだァ、それ》

「先代にも知らされていなかったようで、捜索願も出ています。なんでも、朝起きたら置き手紙だけが残されていたのだたとか」


 意外すぎる答えに、グルートどころか残りの二人もポカンと間抜けな顔を晒してしまう。

 一番最初に我に返ったのは、スイレンだった。

 

「そ、それで、捜索願に書かれてありんす特徴は?」  

「少し待っていてください……眷族に聞きますので。……えー、『黒髪で、二本の大剣を振り回す、人間の男』……らしいです。他に質問は?」


 改めてスカルが三人を見回すも、誰も手を上げる者はいなかった。

 

「それでは、今日の会合はここまでにしましょう。最後に一つ、この情報はくれぐれも外には漏らさぬように。“龍帝”の一角が代替わりしたというだけでも世界は揺れるというのに、もしそれが人間だと知られては……」

《最悪、怪・亜・人の三種族入り乱れての戦争になるかもしれねェな》

「なので、絶対に口外しないようにしてください。お願いします」


 ヴォルフとスイレンが強く頷く。

 それを見たスカルは手拍子を一つ叩いて言った。


「それでは、解散と言うことで」


 その言葉を皮切りに、張り詰めていた空気が弛緩した。

 スイレンが結界を解除して、軽く伸びをする。


「それでは、わっちは戻りんすわね」

「じゃあ俺も戻ります。……はぁ。呼び出された理由考えとかないとなぁ」

 

 二人がそれぞれの方向へ帰っていく中、グルートもその巨体を持ち上げた。


《んじゃァ、戻ろうぜ? “死霊王”スカル》

「カカカ、その呼び方、懐かしいですね」


 スイレンともヴォルフとも違う方向に、骸骨と巨獅子は二人で並んで歩き出す。

 

《いやな、ダルのこと見てたら昔のことを思い出してなァ》

「ああ、確かに。……私も今、一つ思い出しましたよ。つい前の事ですがね」

《なんだァ?》


 スカルは盛大な音を立てて隣を歩くグルートの顔を見て、言った。

 それはそれは、とても凄惨な笑みを浮かべて。


「この前、先にダル殿の元に辿り着いたのは私でしたよね?」

《あッ……》


 それを見たグルートの動きは、一瞬、確かに止まった。

 何度も見たことがある嬉々とした笑み、そして同時に思い出されるのは、この上ない屈辱の日々。

 そしてその宣告は、無慈悲に行われた。


「ナワバリ中の風呂沸かし、三ヶ月」

《う、》


《ウワァァァァァアアア──ッ!!!》


 その叫びは“門”をこじ開け、既にかなり離れていた距離をもこえ、ある白い寄生虫にも届いたという。

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