第30話 黒髪の剣士
俺とリアリスさんは今日、朝早くにナワバリを出発した。
数時間が経過し、そろそろ夕刻。
日も大分落ちてきて、開けたところなら綺麗な夕焼けが拝めるだろう。
ま、この辺は鬱蒼とした木々でいっぱいだからそんなもん見れやしないんだろうけどね。
「ダル、あなた、寄生虫って本当なの?」
他愛もないことを考えていると、横を歩いている古代森人族の少女に声をかけられた。
“森人族”の森までは急いでも一週間はかかるし、陰鬱とした雰囲気で行くのはやめようってことになったのだ。
まあでも、
《呼び捨て、やめて》
敬語って大事だと思うんだよね。
そこまで仲良くなったつもりないよ。
思念伝達でそう返しながらも、俺は低木と低木の間をくぐっていく。
「いいじゃないの、そのくらい。転生前の年齢も同じくらいだったんだし。それはそうと、寄生虫の生活ってどんな感じだったのよ?」
無視して森の中を進み続ける。
転生前の年齢なんて教えるつもりはなかったのだが、さすがにしつこすぎたので仕方なく教えたのだ。
……それにしても、結構速いペースで進んでいると思うのだが、息も切らさずに付いてくるとは……この娘やりおる。
「ちょっと、無視しないでよー。……あ、そういえば、“固有スキル”は何? 私は【創作者】っていうスキルだったわ」
懲りない少女の呑気な声が聞こえた。
ん?
“固有スキル”?
《何、それ?》
無視できない言葉が耳に入り、一旦止まってからリアリスさんの方を振り向く。
彼女は急停止した俺を見て止まると、目をぱちくりさせて言った。
「もしかして、ないの?」
え?
何それ知らない。
「“固有スキル”っていうのは私が勝手に呼んでるだけなんだけど……本当にないの?」
怪訝そうな顔をするリアリスさん。
えぇ、そんなものないんだけども……。
もしかして、【寄生虫】のことかな?
「えっとね、私の【創作者】は先天的スキルの方にあって……あのね、恥ずかしいんだけど……前世の私、学生やりながら小説家もやってたのよ」
だから、と彼女は言葉を継いだ。
「多分、前世の趣味とか得意なこととか、そんなものが“固有スキル”になると思うんだけど……あ、種族スキルとは別よ?」
うーん、【寄生虫】ではないのか……。
てかリアリスさん凄いな。
高校行きながら小説家もやるって……俺はずっと消費しかしてこなかったからなぁ。素直に尊敬するわ。
それにしても先天的スキルか……。
あっ、もしかしてあのモザイクの奴?
えぇ……俺のチートってモザイクなの?
ひどいよ!
《俺のもう一つのスキル、モザイクで見えない》
思念を伝えると、リアリスさんは首を傾げた。
「モザイク? スキルがモザイクになってるの?」
《うむ》
そう答えると彼女は首を傾げたまま腕を組んだので、俺も一緒になって首を傾げる。
そのままじーっと見合っていると、彼女は姿勢を戻し、やれやれと首を振った。
「まあ、私もスキルに詳しいわけじゃないし、わからない物はわからないわ……そうね、そうよ」
そう自分で言って自分で頷いたリアリスさんは、止めていた足を動かし歩き始める。
そんなもんか。
俺のスキルについては元からわからなかったんだし、森に行けばわかるかもってだけで十分だよな。
俺はそう思いながら振り向いていた姿勢を前へと戻し、今度はゆっくりと進み始めた。
「もしかしたら森の長老達が知ってるかもね。“森人族”は長生きだから知識も豊富で……って、あれ?」
変な声を上げたリアリスさんの方を向くと、彼女はしーっと唇に人差し指を当てて、その場にしゃがみこむところだった。
フードを被った彼女は目立つ白金色の髪を緑の布で覆い隠し、完全に周囲の景色に溶け込んでいる。
少し尖った耳に手を当てて……耳を澄ませてるのかな?
んー、俺も彼女に倣って隠れるとするかな。
ま、その場に横たわるだけだけど。
死んだフリー、なんつって。
「……音が聞こえる。鳴き声に、足音。これは……かなりの数ね。此方に向かってるわけではない? 一つ、何かを囲んでる?」
すごいな、“森人族”は耳がいいのかね。
音なんて全く聞こえないよ。
一応俺も『魔力感知』の感知範囲を広げとくか。
……うわ。
これは凄い数だな。
少なくとも三十匹はいるじゃんかよ。
ん?
あれ?
これ、一つだけ魔力反応が小さいのを、他多数のモンスターが囲ってるのか?
てかここまで魔力反応の小さい生物なんているのか?
体自体も小さいってならわかるけど、こいつの体まあまあ大きそうだし……おじさまより少し小さいくらい、それこそ人間くらいのサイズ。
あり?
これ、人間じゃね?
……さすがに人間を見殺しにしたとあっちゃ、目覚めが悪すぎるよなぁ。
行くか。
行くしかないよなぁ。
《多分、人間、囲まれてる》
そうと決まってからの行動は早かった。
耳を澄ませている少女に思念を送り、体勢を戻して木々の間を出せる限りの速度で這い抜ける。
やがて少し開けた広場に出ると、獣型、子鬼型、昆虫型、幾多ものモンスターが一人の人間の男を何重にもして囲っていた。
短く切り揃えられた黒髪。
細身ながらどこかしっかりとした体。
赤い着流しを身に纏い、背中には身の丈ほどもある大剣二本。
そして、少しだけ吊り上がった眦に浮かぶ瞳は髪の色と同じく黒く、確かな光と、少しだけ──ほんの少しだけ──黒い炎を宿している気がした。
男はその黒髪を風で揺らしながらも、背中に背負った二本の大剣、その内の一つを片手でゆっくりと抜いていく。
大の男が両手でなんとか持ち上げられるであろう大剣を、あろうことか細身の彼が片手で軽々と抜刀していていく様子は、強い違和感とともに同じく強い畏怖を覚え、我を忘れて見とれるほどだった。
少しして我に返り、慌てて男に思念を送ろうとすると、俺と男の視線が──合った。
男は目を丸くしたかと思えばはにかみ、手出しは無用だとでもばかりに掌を此方に向けた。
なぜ?
向こうからすれば俺は他と変わらぬモンスターの筈。
リアリスさんは……まだ到着してない。
なぜ? なぜ? なぜ? なぜ?
──やばい、思考が追い付かない。
男はそのまま抜刀した大剣を、縦に一振り。
剣閃が閃く。
直後、モンスターの海が──割れた。
剣を振った直線上にいた筈のモンスターは、そこにはいなかった。──既に、塵へと化していたのだから。
しかもその上、彼の斬撃はモンスター以外の全てには全く傷を付けていない。
手加減、しているのだ。
あれで。
「何よ……あれ……」
いつの間にか隣に着いていたリアリスさんが、呆然と震えた声を発する。
そんな中、男は大剣を振ってはモンスターを屠り、大剣を振ってはモンスターを屠り続けていく。
やがて気付くと、広場からは俺以外のモンスターの姿は消えていた。
俺とリアリスさんが唖然として口を開けられないでいると、男は此方を一瞥し、会釈をして、森の奥へと消えていった。
目の前を通りすぎっていった段違いすぎる力に圧倒され、俺達二人はそれからしばらくの間、その場から動くことができなかったのだった。




