第27話 目覚めと葛藤
「僕はひとごろしなんかじゃない!」
叫んでいる、少年がいた。
「僕はひとごろしになっちゃったんだ……」
震えている、少年もいた。
俺はその声が鬱陶しかったから、黙らせようとして、でも、動こうにも動けなくて……。
だから、ただただ聞き続けた。
「あれはてきだったんだ! 仕方ないんだ!」
「わかり合えたかもしれないのに……きちんと話せば……」
「だって、守るべきモノがあったから!」
「僕が……殺したんだ……」
彼等は交互に叫んでは呟き、叫んでは呟きを繰り返して、やがて。
巨大な、巨大な白い蟲か現れた。
そいつは、鼻で笑った後、少年達を飲み込んだ。
さも、弱肉強食は当然だとでも言うかのように。
その様子を見ていた俺は──恐怖ではなく──耐え難い、拒否反応を得た。
鳥肌が立ち、吐き気と頭痛を催した。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
そして、ふいに俺の手を見てみれば──俺の手は、白い鱗に覆われていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
はっとして起き上がると、そこはスカルおじさまのハウスだった。
外は……暗い。
夜、かな?
おじさまは……椅子で寝てる。
傷も、治ってるみたいだ。
そして、俺の白い鱗が視界に入って──何故か、嘔吐感を感じた。
慌ててベッドから降りて、外に向かう。
適当な木の根元まで行って……吐いた。
吐いて、吐いて、吐きまくった。
それだけすると、少しだけ楽になったから、もう一度おじさまのハウスに戻って、寝た。
さっきの吐き気はなんだったんだろうって、考えたりしながら。
技能の後遺症か、持久力と精神力を使いすぎたのか。
それとも。
……ずっと、ずっと目を背けてた。
俺は、人間だって。
でも、俺は人間じゃなくてさ。
ああ、でも、あの時は。頭がぼーっとしてて。
何の抵抗もなく、人の形をして喋る魔物を殺してしまった。
そりゃそうだよ、弱肉強食は当然──
いや、違う。
殺さなくても、よかったかもしれないじゃないか。
クソ、俺が俺じゃないみたいだ。
ああもしかして、俺は、蟲になってしまったのかな?
俺はダラダラして過ごしたいだけなのに……。
なんで、こんな面倒なことで悩まなくちゃいけないんだよ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
空の端っこが橙色に染まって、太陽が昇ってきて、目を覚ました小鳥達がピヨピヨと鳴いて、朝が来た。
ハウスの外に寝そべって、明るい青に変わっていく空を、何を考えるでもなくぼーっと見ていると、玄関からおじさまが出てきた。
「おや、ダル殿、ここにいたのですか。おはようございます」
寝そべったまま、「ギャオッ」っと挨拶を返す。
「寝れなかったのですかな?」
おじさまがそう言いながら俺の隣に座ってきた。
まあ……あのあと全く、寝れなかった。
だって、何でだろうな。
他のモンスター達を倒してきた時は、何も思わなかったのに。
「……ふむ」
おじさまは一人頷くと、俺と同じように空を見上げた。
「ダル殿、あの子は……エミネルは、感謝していましたよ」
その言葉にハッとして、俺はおじさまの方に顔を向ける。
次の言葉を待って、その白い横顔を見つめた。
「……私も、感謝しています。……それだけで、いいのではないですかね?」
見上げる先のおじさまの表情は、どこか、優しけだった。
頭の中が、スゥーっと晴れていくようだった。
「過程はどうであれ、結果として、貴方はエミネルを守ったのですよ。
……さて、ダル殿が眠っている間に、幾つかわかったことがありましてね。起きるのを待っていたのですよ。さっさと済ませてしまいましょう」
そう言って立ち上がり、ハウスの中に入っていくおじさまの背中は、老練さを感じさせて、頼もしかった。
……正直、救われた。
……おじさまとエミネルちゃんには、頭が上がらないな。
俺は頭を持ち上げて、クルリと回っていつもの姿勢に戻ってから、ハウスの中に向かって這っていく。
そうか、俺はエミネルちゃんを助けることができたのか。
ちゃんと……役に立つことができたのか。
少し、頬が緩む。
二頭蛇を殺したから、エミネルちゃんと俺は生き残っている。
それで、いいじゃないか。
玄関をくぐって中に入ると、丁度おじさまが木の椅子に座ったのが見えた。
その正面のソファーに、玄関に背を向けて座っているのは……森人族の少女だ。真っ直ぐ向こう側を向いていて、お茶か何かを飲んでいる。
俺は尻尾で扉を閉めて、手招きしてきたおじさまの隣に向かって這い始めた。
っと、話ってなんだろうな。
あの森人族の子が座っているのを見ると、やはり何かを知っていたって事なんだろうか。
そんなことを考えながらおじさまの隣に到着すると、コップを啜っていた彼女は此方に会釈してきた。俺も少し頭を下げる。
礼儀正しいなぁ。
森人族の少女から漠然とした第一印象を受けていると、脳裏に荒々しい声が響いた。裏の洞窟に住む巨獅子の声だった。
《よう、ダル。ようやく起きたのかァ?》
《あ、おはようございます。ようやくって、僕どのくらいの間寝てたんですか?》
《あァ? あれから、丸二日、お前は呑気に寝てやがったぜ》
へ? と、思わず間抜けな声を上げてしまう。
二日……二日も寝てたのか……。
《それにしてもオメェ、よく格上の二頭蛇を倒せたなァ》
《あはは、手酷い反撃を喰らって、ギリギリの戦いでしたけど……》
《んま、どんな勝利も勝利には違いねェよ。よくやったな、ダル》
苦笑する俺を躊躇いなく称賛してくれたグルートさんに、少しだけ照れくさくなる。
と、パンっと手拍子の音が響いた。
「さて、雑談はそのくらいにしておいて、話を始めましょうか」
手を叩いたのはおじさまだった。
《あ、もしかしてこの念話、皆さんに繋がってるんですか?》
《当たり前だろォ?》
グルートさんの声に合わせて、森人族の少女とおじさまが頷いた。
お、おぉ……準備万端なのね。
「それではリアリス嬢、今一度自己紹介をお願いします」
リアリス、と呼ばれた白金色の髪を持つ少女はおもむろに立ち上がり、口を開く。
雪を思わせる白い肌、少し切れ長ながらもぱっちりと開いている目。
長い耳がその種族をありありと主張し、ほんのりと桜色に染まっている頬は彼女が人形ではなく、生きているということを教えてくれる。
そんな彼女から、鈴の音のような綺麗な声が響いてきた。
「私はリアリス・アージニオ。古代森人族の王、ルルティーネ・アージニオの娘、そして──」
そこで、チラリと俺の方に視線を向けた。
「──そこの、ダルさんと同じように、転生者よ」
・さすがにキノコ狩りのブラバが酷すぎたのでタイトル変更しました。




