第25話 対『二頭蛇』②
遅れてしまって申し訳ありませんでした。
やってやるよ────
意を決した俺は、改めて勝つための何かを探し始める。
まずは、情報の整理。
敵は、一階建ての一軒家程の体軀を持つ蛇。
後頭部からは人の頭が生えている。
今わかっている主な攻撃方法は、口から放つ酸の液弾に、尾をしならせての打撃。
鱗は堅固で、俺の『ウォーターボール』や『低級ブレス』、『衝撃掌』を喰らってもたいしたダメージは入っていない。
せいぜいがかすり傷程度だ。
まわりには、倒壊した家々の残骸に、エミネルちゃんか倒したであろう小から中の蛇達の死骸。
クソ。
俺の火力が足りなさすぎる。
まあともかく、目眩ましだ。
俺には『魔力感知』があるから、わざわざ視界に頼る必要はない。
素早く決断を下した俺は、早速『ウォーターボール』と『低級ブレス』を構築し、二頭蛇の足元にばらまく。
「ほう……」
感心するような声を上げる二頭蛇。
たちまち砂埃が舞い上がり、奴の姿が視界から消える。
と思えば、砂煙の奥から高らかな笑い声が聞こえてきた。
「ギュロロロ残念! 私には『温度感知』があるのです! その目眩ましは無駄でしたね!」
温度感知?
それなら……!
視界が完全に失われている中、四つの水弾を同時に作成する。
そのうちの二つを先に、残りの二つを少し遅らせて放った。
二頭蛇のまわりからも魔力の塊が顕著し、俺の水弾を迎撃した。
「ギュロロ、だから無駄だと── ─ッ!?」
ただし、二つだけ。
「──グ、グァァアァァァァ!!! 目が、目がァァァッ!!!」
何かを潰すかのようなひずんだ音の後に聞こえてきたのは、耳をつんざく甲高い悲鳴。
遅れて撃った二つの水弾が、奴の人頭の方の両目を撃ち抜いたのだ。
もう一度、先程と同じように四つの水弾を放つ。
完全な焼き直し。
奴は前の二つの水弾だけを迎撃し、今度は蛇の方の両目が潰れた。
「グォァァァ──ッ!!!」
これで奴の視界は奪えた。
後は、数を増やしていくだけだ。
砂煙が晴れる。
二頭蛇は憤怒に表情を引き吊らせて、憎々しげに呟いた。
「何を……何をしやがった……!」
ふふふ、簡単な話よ。
先に撃った二つの水弾を、【焦熱魔法】で温めておいたのさ。
そうすれば、『温度感知』以外にまわりの情報を知ることができない奴は、温めた水弾に気が引かれる。
猫だましみたいなもんだから、そう何度も通用するもんじゃないと思うけど。
そもそも火力が低すぎるし。
「この……虫ごとき、虫ごときがァァァァア!!!」
二頭蛇が口を大きく開いて、叫んだ。
うるさいわ!
俺のが一枚上手だったってだけだ……って、嘘だろ?
俺は少し目を見開く。
二頭蛇が大きく開いて晒した口の中に──酸液弾が、できていた。
ただの酸液弾ならば、たいした脅威にはならない。
だが、
大きすぎるだろ……。
って、まだ大きくなるのかよ!?
……だがな。
それはこっちの好機なんだよ!
俺は少し口を開き、『低級ブレス』を三連で放った。
小さな三つの光球が三連星のように横並びになる。
よし!
そのまま誘爆しちまえ!
真ん中の光球が二頭蛇の口へ着弾する寸前。
──大地から土の壁がせり上がった。
防がれる光弾。
小さな爆発。
んなっ!?
弱い爆風が皮を撫でる中、残る二つの光弾は狙いをはずれ、それぞれ二頭蛇のやや後方に着弾した。
一瞬、思考が止まる。
たかが一瞬。
されど一瞬。
その一瞬が、命取り。
「死ねッ! ドロドロに溶けて消えろ!」
二頭蛇は、俺を軽く飲み込めるほどの酸液弾を──放った。
巨大な強酸の塊が、『低級ブレス』を防いだ土の壁をいとも簡単に溶かしきり、俺の命を奪おうと迫り来る。
──ッ!? まずいッ!!!
俺は全力で、『ウォーターシールド』の構築を始める。
今作れる最大数、六つの水盾を作らんと、魔素と魔素を組み合わせていく。
しかし、間に合わなかった。
二頭蛇の放った強大な酸弾は、完成した筈の水盾四つと、作りかけの水盾二つをたやすく屠り、俺の横腹を抉っていった。
先程とは比べものにならない熱と激痛が俺を襲う。
熱い熱い熱い熱い痛い痛い痛い痛い。
〔熟練度上昇 『ウォーターシールド』 16/30→17/30〕
〔SLv上昇 【水魔法】 Lv9→10〕
〔技能獲得 『ウォータープリズン』〕
〔SLv上昇 【酸耐性】 Lv1→2〕
〔SLv上昇 【熱耐性】 Lv4→5〕
〔SLv上昇 【痛覚耐性(小)】 Lv2→3〕
すぐに水弾で傷口を洗う。
またもや傷口に水が染みて、今度は耐えきれず、呻き声を上げてしまった。
「ピギィィィ……っ!」
「ギュッロロロ、まだ生きているとは。……微妙に横に逸らしたようですね。所詮は猿知恵ですが、お見事と言っておきましょうか。まあ、無駄なあがきですがね」
「ギャ、ギャルル!」
「まだやるつもりで? ……諦めろよ。貴様はここで死ぬんだよ。私が……私が! お前を、お前を! 殺すんだよ!」
表情を消して、かと思えば狂ったように叫び出す二頭蛇。
「貴様ごときになァ……。虫ごときに、この私が負けるはずが無いんだよ! 私はここまで、“魔人種”まで、あと数歩のところまできんだッ! ……なんだよ、なんなんだよその目はァ!」
彼は俺の視線を感じ取っているのだろうか、苛々しげに尾を唸らせて、地団駄を踏むかのように地を叩いた。
大地が揺れる。
それでも、俺は止めない。
体は痛みで、殆ど言うことを聞かないけど。
顔は、視線は、奴に向け続ける。
チャンスを探せ。
勝機を探せ。
まだ、負けてないんだ。
「その目、その目、その目だよ! まだ勝てると本気で思っているのか!?」
二頭蛇のわめき声を遮るようにして、口を開き、『低級ブレス』を放った。
放ち、放ち、放ち続ける。
そのことごとくが、二頭蛇に掠りもせずに大きく外れていった。
「……ギュロ、ギュロロロ、ギュロロロロロ! 私を狙っているつもりか! お前はもう終わりなんだよ! 諦めて死ねよ!」
五月蠅い。
まだ、諦めない。
あいつの言葉を掻き消すように、小さな光弾を口から吐いて、吐いて、吐いて───
──やがて。
「……ギュロロ……ギュロロロロ! ついに、ついに、精神力が切れたようですね! ……さァ、死ね! 理想も信念も、守るべきモノすらドロドロに溶かしてやるからよ!」
閉じた目から血を流し続ける、奴の笑みはとても獰猛で。
「跡形もなく融解して、消え去れェェエェッ!!!!!」
奴が放った小さな、それでも動けない俺を殺すのには充分な殺傷力を持つ液弾は、なぜか奴の眼球にも思えて。
“死”が迫っているということは、簡単に理解することができた。
それでも、それでも。
少し離れたところで、安心しきって眠るエミネルちゃんの顔を見れば、勇気はふつふつと湧いてきたから。
俺は顔を上げて、痛む体に鞭打って、尾針の先を液弾に向けた──




