第21話 1体と1頭と1匹
「敵さんの──お出ましです」
おじさまが沈痛な面持ちで言う。
《……河童のババァの所に、ヴォルフの所、後はゴブリン共の村かァ》
『魔力感知』でもしたのだろうか、グルートさんの声が脳裏に響いた。
どういうことだ?
ナワバリに敵が来た。
それは分かる。
でも、相手はモンスターとは言っても知能があるはず。
このナワバリにはおじさまとグルートさんという二大巨頭がいるんだ、普通は攻め込もうとは思わないだろう。
一体、何のために?
「理由など幾らでもあるでしょう……。富、名声。そんなものは私達を倒せば簡単に手に入るでしょうからね」
《あのエルフを狙ってる可能性もあるなァ。敵は三方から来てンだ》
三方から。
それはつまり、おじさまとグルートさんでは一度には対応できないということで。
つまりそれは──
《計画的な、襲撃》
しかも敵は、骸骨さんの眷族を打ち破っている。
並の相手ではないはずだ。
少なくとも、俺と同等か──それ以上。
《ンで、どうするよ? 敵の強さを見る限り、今足止めしてる連中も少ししたら死ぬぜ?》
《え、足止め? ゴブリンの村にもそんなに強い方が?》
《あァ? 村で足止めしてるのはグロルゴブリンの嬢ちゃんだぜ?》
その返答に、時間が止まった。
グロルゴブリン。
子供。
生まれながらの、上位種。
無邪気な笑みを浮かべるその子の顔が思い浮かぶ。
《エミ、ネル──?》
思わず呆然としてしまう。
視界が歪み、焦点が合わなくなる。
なんで。
そんな。
だって彼女は。
巨大キノコの魔眼で怯むような。
無理だ。
勝てるわけがない。
なんで。
俺の中で疑念と焦燥と懸念が渦巻いていく中、その話を聞いていたおじさまが顔を顰めた。
「『呪骨仮面』を使ったのですか……。あれは諸刃の剣だというのに……」
《ンだがァ、あの嬢ちゃんが止めてなきゃ今頃村は血祭りだぜ》
『呪骨仮面』……?
技能のことだろうか。
呪いの足、いや、この場合は骨か。
それよりも、諸刃の剣。
そんな技能を使うなんて──
「まったく……あの子は……」
《それで、どうすンだよ。何処からやるんだァ? さっさと決めねェと、全滅するぜ?》
その問いにおじさまが眉間にしわを寄せる。
それはそうだ。
後回しににするところは、実質見捨てることになるのだから。
俺もおじさまの方に顔を向けた。
「ゴブリン村には──」
《僕が……いや、俺が行きます》
真っ直ぐ、おじさまの目を射貫くようにして言う。
俺の言葉におじさまの眉間のしわはさらに深くなる。
《へェ》
グルートさんの感心するような声が脳裏に響いた。
一瞬の静寂の後、おじさまが口を開く。
「ダル殿、本当にわかっているのですか? 相手はあなたよりも──」
《わかっています》
おじさまの目から、視線を離さない。
真っ黒な瞳孔。
見続けていたら、吸い込まれそうだ。
でも、目を離さない。
数秒後、おじさまがため息をつき、俺から視線を離した。
「……仕方がありませんね。ダル殿はゴブリン村へ。ただし、無理はしないでくださいよ? 私達が他を片づけたらすぐに向かうので」
《わかっています。どうせ足止めぐらいしかできませんから》
心の内を読めるからだろうか。
おじさまは俺を説得できないと思ったからだろうか。
許可してくれた。
とにかく、よかった。
これで村に行ける。
エミネルちゃんを、助けに行ける。
面倒くさくはないのかって?
……面倒くさいよ。
確かに、面倒くさいことに巻き込まれた。
だけど、今の俺にとっては、村の皆が死ぬ方が面倒くさい。
エミネルちゃんが死んで、皆も死んで、後で後悔するのはもっと面倒くさい。
そういうことなんだよ。
《ンじゃ、オレはヴォルフのところに行くぜェ。河童のババァはどうにも苦手だかんなァ》
「カカカ、ならば私はスイレンの所ですね」
笑いながら扉を開けるおじさまに続いて、俺もおじさまハウスを出る。
裏手の洞窟を見れば、グルートさんが出てきていた。
《おい、ダル》
《はい?》
グルートさんが、口角を吊り上げながら言った。
《オレにキノコを寄越すまでは……死ぬなよ?》
《……! グルートさんこそ死なないでくださいよ?》
俺の返答を、グルートさんが鼻で笑った。
グルートさんの鼻の穴から火の粉が巻き上がる。
《ハッ。オレがそう簡単に死ぬかよ》
「カカカカカ。ではグルートよ、先に敵を倒してダル殿に助太刀したほうが勝ちということで」
《いいぜェ。乗った》
その場にいる全員の視線が合い、頷き合う。
「それでは、また──」
《おォよ》
その言葉を残して、グルートさんとスカルさんが唐突に視界から消える。
さて、俺も行くとしようか。
俺が付くまでどうか無事でいてくれよ、エミネルちゃん──!!!
俺は一つの祈りを胸に秘めながら、全速力で村への道を這い始めた。
──本当に、本当に面倒くさいことに巻き込まれちまった、よ!!!
木々の隙間をくぐり抜け、最短距離で森を縦断する。
最速で、村に、エミネルちゃんの元にたどり着く為に。
彼女を救うために──




