第20話 戦いは始まる
「あらあら、こな辺鄙な所に何の用でありんすか?」
真夜中、月の光を反射して光る湖の上で、美しい女が言った。
青い肌に包まれた彼女の、引きずり込むかのような妖艶な視線は対岸に注がれている。
その対岸に立っているのは、狂笑を浮かべる一人の男だ。
「うひひ、うひひひひ」
青い肌の女は、自分の声に反応することもなくただただ狂った笑みを零し続ける男に、眉をひそめる。
「……そうでありんすか──ならば、死んでくんなまし」
女が合図をするやいなや、男の回りから大量の雫が現れる。
無数にいるとも思える雫達が魔法の光を放ち、轟音。
爆発の煙とともに砂塵が舞い上がり、男の姿を覆い隠す。
「やりんしたかぇ?」
河童の女は目を細め、舞い上がった煙を凝視する。
やがてその煙が晴れ、現れたのは──何も無かったかのように傷一つない男だった。
男は目を見開き、口角を尋常ではないほど上げていた。
夜の闇に叫声が上がる。
「ウッヒ、ウヒヒヒヒヒヒヒ。斬れる斬れる斬る斬る斬ルキルキルキルキル!!!!!!」
男は一旦言葉を切り、赤く光る月を見上げ、空に腕を突き出して叫んだ。
「嗚呼神よ!!! この巡り合わセに! 感謝シマス!!!!!」
男のギョロリとした目が河童の女らの方に向く。
女は、細めた目をそのままにして思った。
(これはスカル様が来ないと、どうしようもないでありんすね)
女はため息をつきつつも、頭の中ではどう時間を稼ぐかを考え始めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ウッホホホ、“業炎の暴君”はどこッホ?」
夜の森に、ガタイのいい巨獣の声が響く。
その訪問者に立ちはだかるのは、獣の毛皮で作っただろう衣類に身を包む人間の男だ。
体躯の差が三倍近くある為、人間の男はゴリラのような形をした巨獣を意図せず見上げることになっていた。
「グルートさんは、そのうち来るさ。それまでは平和的にご歓談でもしようじゃないか?」
人間のその言葉に、巨獣は顔を顰める。
「ウホ、平和にご歓談? お茶飲みに来たご近所さんじゃないんだぞッホ」
「そうだったのか。だが、平和的でないと困るな。
──お前を止めないといけなくなる」
男は肩を竦めてわざとらしく笑ってみせる。
その表情に、巨獣もまた笑う。
「ウッホホホ。だったら何だ? 矮小な人間である貴様ごときに俺を止めることなどできないッホ」
男と巨獣の視線が交差する。
静かな風が吹き、木々の葉を揺らしていった。
「“今夜は、月が出ている”」
「?」
男が夜空を見上げて、突然呟いた。
次の瞬間、男の体が──肥大化する。
筋肉が盛り上がり、体毛が伸び、尻尾が生え、歯が尖る。
上の服が音を立てて破れ、瞳はギョロリと変貌する。
彼の肉体は、獣の、人狼のそれへと──変化していた。
「ウッホホホ……」
巨獣が楽しそうに笑う。
最早彼らに言葉は必要なかった。
大地を蹴り、拳をぶつけ合う。
その余りの威力に衝撃波が発生し、辺りを襲う。
彼等はギラギラとした笑みを浮かべながら、本能のままに戦闘に没入していった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
月明かりの中、村に紫煙が立ち籠める。
本当ならば今頃ぐっすりと眠り込んでいた村人達は、今やてんやわんやの騒ぎだった。
「逃げるわよエミネル!」
エミネルの母親が棒立ちになっているエミネルに声をかける。
しかし、エミネルは動かなかった。
ギュッと拳を握り締め、村の入り口の方に目を向ける。
入り口の方からは、突如やってきたモンスター達と、見回りの骸骨達とが戦う音が聞こえてきていた。
彼女の脳裏をよぎるのは、かつて聞いたスカルの言葉だ。
『力を持つ者には、それなりの責任が求められるのです』
そしてもう一つ浮かぶのは、最近ナワバリにやってきた一匹の虫のモンスターの後ろ姿だった。
彼は今日、自分を守るためにキノコの怪物に立ち塞がってくれた。
そしてエミネルは、生まれながらに力を持っていた。
──決意。
「お母さん。先に逃げてて!」
そう言ってエミネルが走り出す。
「ちょっと! エミネル!」後ろから聞こえてくる静止の声にも振り返らない。
走り抜けたエミネルは、村の入り口まで辿り着いた。
そこでは、幾つかの蛇と一際大きい紫の大蛇が、骸骨の軍団を蹂躙していた。
走ってきたエミネルに、中くらいの大きさの蛇が気がつき口を開く。
「ナンダ、ジョウチャン。ココハ、オマエミタイナガキガ、クルトコロジャナイゼ?」
「骸骨さんを、いじめないで」
真っ直ぐとした視線を蛇に向け、エミネルが言う。
「アア? ナンダッテ?」
「力を貸して、仮面さん。『呪骨仮面』発動──」
技能の発動と同時に、エミネルの中から力が溢れ出る。
熱い。
熱い。
熱い。
体が熱くなっていく。
ドス黒い何かが溢れ出す。
「う、うぐぅぅぁぁぁ」
エミネルが苦しむ声を上げると同時に、頭の骨の空っぽの瞳孔が一瞬閃く。
それを機に、頭の骨が鎧兜のようにエミネルの体を覆い始める。
「オ、オイ、ジョウチャン?」
さすがの異常事態に、目の前にいた蛇もたじろぐ。
しかし、エミネルにその声は届かない。
やがてエミネルの叫び声が止まる。
そこにいたのは、骨に包まれた魔人。
その体躯は、元々の約二倍程にまで伸びていた。
(ああ、ミミズさんたす、け……て……)
エミネルは流れ出る呪いの力に体を任せ、意識を失った。
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