閑話03 ダイエットをするぞ!
まえがき
・登場人物
ボク:自称“普通の男子高校生”。
祖父:女ダークエルフで魔王。
・前回までのあらすじ
死んだ“ボク”の祖父が、異世界の女ダークエルフに転生して魔王になった後、前世の世界に戻ってきて、ボクの通う学校に転校してきた。
今回も日常の中の話です。
祖父がごろごろしている。
それはもう盛大に居間でごろごろしている。
夏休みの宿題はすでに終わらせている。
だから遠慮なくごろごろしていても問題ない。
ただ……ごろごろしながら。
「アイス美味しぃ!」
などと言いつつ、ずっと氷菓子を食べているのである。
アイスだけではなく、しょっちゅう菓子類を口にしている。
前世では、さほど甘党というわけでもなかったのになあ……。
それはさておき……。
「祖父ちゃん」
「なんだ?」
「こっちの世界に戻ってきたときより……。
少しふくよかになってない?」
祖父はつぶらな瞳をまん丸に見開いた!
瞬時に青系のサマーワンピースからビキニアーマーに着替える
そして。
つまむ。
形のよい腰の少し上。
つまめて……しまった。
ダークエルフの美少女は褐色の肌を青ざめさせた。
◇ ◇ ◇
「ダイエットをするぞ!」
異世界の美少女魔王さまが雄々しく宣言なさった。
「具体的にどうするの?」
「これから考える」
前世でも異世界でも祖父にダイエットの経験はないそうだ。
高校生男子であるボクもやったことはない。
「甘いものを少し控えればいいんじゃない?」
「それはいやっ!」
なんとも女の子らしい悲鳴を上げる祖父。
「じゃあ運動だね」
「そうだなぁ……」
そんなわけでボクたちは我が家の庭に出た。
この時点で祖父は黒のタンクトップのシャツとショートパンツに着替えていた。
褐色の肌にとてもよく似合っている。
動きやすそうではあるが、おへそが丸見えになるなど露出が激しい。
でも、ビキニアーマーに比べると肌の出ている比率は少なかったりするんだよなぁ。
「で、どうするの? ジョギングでもする?」
「そうだなぁ……。
まずは体操でもしてみるか」
要領を得ない感じ。
まあ、ダイエットは初めてだからしかたないね。
とりあえず、祖父はその場でポンポンと飛び跳ね……。
次の瞬間目の前から消えた!
同時に強風が吹く!
ボクは危うく上空に引っ張り上げられそうになった。
いったい何ごと?
「……ぉぉぉおおおおおおぃっ!
避けろぉぉぉおおおおおおお!」
上空から声がした。
ボクは反射的にその場から飛び退いて、地面に伏せた。
直後に……。
ドォォォン!!
高空から落下したらしい祖父が着地した!
着地点から土砂が飛散して周囲に飛び散る!
幸い、ボクには傷ができるような被害はなかったけど……。
「おお、すまん! 身体強化の魔法が自動発動した」
割とのんきな祖父の声。
見ると……彼女が落下した地面が、十数センチの深さで円形でえぐれていた。
「衝撃吸収用の防御魔法も自動発動したからな。
その形に添って跡が付いたんだべ」
ああ、それで円形に跡が付いたのか。
それはともかく……。
「……まあ、無事で何より」
しかし、このままではダイエットにならない。
「身体強化系の魔法って切れないの?」
「いつ戦闘になってもいいように、常時発動になってるんだよなぁ……」
切れなくはないが、再度魔法をかけるのが面倒らしい。
とりあえず、身体強化の魔法が発動するような強運動でのダイエットは無理ということになった。
◇ ◇ ◇
「やはりダイエットと言えば、水泳じゃなかろうか?」
祖父がそんなことを言い出した。
「まあ、水の中でゆっくり動けばいい運動になるかもね」
それなら身体強化の魔法も発動しないだろうし。
とはいえ、どこで泳ぐか?
「学校のプールとか?」
「男子の視線がうっとうしいからなぁ……」
実に女の子らしい感想を述べる祖父。
「じゃあ、市民プールに行く?」
「今からいっても混んでるだろうしなあ」
「いっそ海まで転移する?」
「行った先で魔力切れで倒れそうだ」
昔なら、そこらの川で泳げたんだがなあ……。
などと年寄り臭い愚痴を言う美少女。
しばらく思案した後で……。
「あれを使ってみるか」
そいういうと、祖父は「別次元の空間」に手を突っ込むと……何やら道具を取り出した。
収納魔法といって、空間を折りたたんで別次元に物をおいておけるとかなんとか。
つい、有名なマンガに登場する青ダヌキを連想してしまう。
祖父が取り出したのは一本のロープだった。
長さはボクの身長の二倍くらいというところだろうか。。
「どうするの、それ?」
「こうすんだ」
祖父が一瞬でボクに近付く。
お互いの息がかかるくらいの距離。
抱きつかれるのかと思った。
が、祖父はそうはせず、ロープをボクたちの周囲に回して円を作った。
ロープによる直径一メートルほどの輪ができあがると……。
「え?」
なんかよくわからない……。
とにかくだだっ広い空間にボクたちはいた。
田舎の学校の校庭ほどの広さの円形空間。
その縁は高い壁のようだ。
材質はよくわからない。
様々な色の絵の具を溶かして、それが混じり合わずにウネウネと動いているような感じ。
上方にだけ、さっきまでと変わらない夏の青空が見える。
ボクはいつの間にかブルーの競泳水着に着替えた祖父に状況を訊いてみた。
「祖父ちゃん……なにこれ?」
「フォールディングサークルというトラップの一種でな。
対象を隔離空間に閉じ込める罠だ。まあ、一種の結界だな」
「そうなんだ……」
いちいち驚いていても身が持たない。
ボクは話をダイエットに戻すことにした。
「ここの空間にプールを造ろうってこと?」
「っていうか、水を引き込めばプールになるべ」
それは確かに。
「水はどこから持ってくるの?」
「近所の川でいいべ?」
田舎だけに水のきれいな川は近所にいくつかある。
危険だから遊泳禁止にはなっているが水質には問題ないだろう。
「んじゃ水を引き込むぞ」
「え、ちょっと待って」
ボク水着着てないよ。
そう言う前に。
どどどどどど!
怒濤のように水が押し寄せてきて……。
フォールディングサークルが川の水で満たされる。
そして……。
「冷ゃっけーぇぇぇ!」
ボクともども魔王さまは震え上がった!
そりゃあ、川の水をそのまま引き込んだら……冷たいよね……。
◇ ◇ ◇
結局。
川の水の冷たさに意気消沈した祖父のプールダイエットは挫折した。
勢いで始めると、頓挫も早いよね。
居間の畳の上で膝を抱えてふて寝してしまった祖父。
彼女に魔法について訊いてみる。
「あのさ」
「…………」
「祖父ちゃんの使える魔法にデバフみたいのはないの?」
「……弱体化の魔法? あるけど」
ボクの質問が意外だったせいか、落ち込みモードがオフになったらしい祖父が問いかけてくる。
そんな彼女にボクは意図を説明した。
「その魔法って自分には使えないの?」
「!?」
意図を理解した祖父の顔が明るく輝いた!
……と、いうわけで。
祖父は自身に弱体化の魔法をかけて運動することになった。
それなりに効果はあったようである。
しかし……。
「あぁぁぁ! 運動の後のご飯が美味しいよぅ!」
夕食の席で祖父が悲鳴を上げた。
齢二〇〇歳のダークエルフさんの代謝能力は外見並みらしい。
運動を始めたら、見事に食欲が増してしまったというわけだ。
よって。
「あぁぁ! お腹の! 二の腕の! フトモモのぷにぷにになるのにぃ!」
それでも、魔王さまはご飯を掻き込む手を止めることはなく……。
涙を流しながら、夕食をいただいているのであった。
閑話03――おしまい
あとがき
爺:この世界が平和すぎるのがダメなんだ!
孫:そう言われてもなあ。
爺:せめて魔獣でもいれば退治して運動になるのに!
孫:……ダイエットのために退治される魔獣が、ちょっとかわいそうだね。