閑話02 だから誘惑魔法はあっちの世界じゃ一大ジャンルだ
まえがき
・登場人物
ボク:自称“普通の男子高校生”。
祖父:女ダークエルフで魔王。
・前回までのあらすじ
死んだ“ボク”の祖父が、異世界の女ダークエルフに転生して魔王になった後、前世の世界に戻ってきて、ボクの通う学校に転校してきた。
でも、夏休みなので学校には行きません。
「ウィンドカッター」
そうつぶやきつつ、祖父が上に向けた右手の人差し指をくるりと回す。
すると、我が家の庭に生えた草が次々と切断される!
まるで見えない刃が庭の上を飛び交っているようだ。
田舎の農家である我が家の庭は、都会人視点で見れば大変広い。
そして、夏になるともの凄い勢いで雑草が生えてくる。
その庭の隅から隅まで、あっという間に草が刈り取られていく。
その間、祖父は縁側に仁王立ちして風魔法を操作している。
魔王さまの今朝の出で立ちは、白地にグレイの縞々模様のタンクトップのシャツにデニムのミニスカート。
健康的な肩とおみ足が目の毒だ。
まあ、RCカーを操作している子供にも見えなくはないけど。
そんな祖父の姿を見て、ボクは初めて彼女がその魔法で草刈りをした日のことを思い出した。
◇ ◇ ◇
その日。
見えない刃があっという間に庭の雑草を切り取っていく。
その場面を初めて見たボクは、思わず祖父に質問した。
「根っこが残ってるけどいいの?」
ちょっと自慢気だった祖父がずっこけた。
いや、雑草は根を残してるとあっという間にまた伸びてくる。
そんなわけで、どうしても気になるのだ。
その問いへの回答は……。
「まあ、毎日刈り取るから問題ねえべ」
とのこと。
実際、祖父はその日からほぼ毎日、数ミリの精度で高さを揃えて草を刈っていた。
割と楽しそうに見える。
一応、我が家には草刈り機があるのだが、出番がなくなってしまった。
日差しのきつい夏の庭に出る必要がなくなったので、ボクとしては大変ありがたい。
さらなるありがたみを求めて、祖父にたずねた。
「残ってる根っ子ごと処分できる魔法ってないの?」
「まあ、ないことはないんだけど……」
ポリポリと頭を右手でかきながら真面目な声で祖父は答えてくれた。
「黒魔法に植物を根から枯らす呪文がある」
「なんで使わないの?」
「土壌が呪われて、周囲は草一本生えなくなる」
それは使えないね!
周囲は農地だしね!
◇ ◇ ◇
日課の草刈りを祖父が終え、本日の朝食となった。
我が家は食事を居間でとる。
まだ早朝と言っていい時間帯なので、戸を開け放して風を入れている。
ちゃぶ台の上には今日の朝食。
白米の他、鮭と納豆とゆで卵とお漬物とサラダ。
それに夏野菜をごろごろ入れた味噌汁だ。
朝食を食べながら、ボクはなんとなく魔法のことを話題にした。
「風魔法、便利だね」
「まあ、操作は結構難しいんだけどな」
魔王さまはちょっと自慢気である。
便利なのは腕前がいいからだ、ということなんだろう。
機嫌がよさげなので、ボクもおこぼれにあずかれそうな、「使える」魔法について訊いてみた。
「草刈り以外に生活で便利に使えそうな魔法ってないの?」
「そうだなあ……」
ご飯を噛みながらしばらく思案していた祖父は、殻のついたゆで卵を手に取りながら答えてくれた。
「精密破砕の呪文は便利かな」
「どんな魔法?」
「術者が狙った場所の物質を、精密に破壊する」
「へえ」
ちょっと怖そうな魔法だ。
「高位の術者なら間に物質を挟んだ向こう側の物も破壊できる」
「それはすごい! ……で、なんに使えるの?」
「ゆで卵がきれいに剥ける」
そういうと、右手の指先で卵をボクに見せるように持ち……。
パカッと殻だけ真っ二つにして見せた。
薄皮まできれいに切断され、皮のとれたゆで卵が「プルン」と揺れた。
「……他にはなんかないの?」
「そうだなあ、転移魔法は便利かなあ」
「それは確かに」
「まあ、魔力をべらぼうに使うんで、日常的には使えんけど」
「惜しい」
「収納の魔法も便利かな」
「確かに」
「まあ、祖父ちゃん自身しか使えんけどな」
「残念」
「あとは……飛行呪文も便利だなあ」
「それも確かに」
「日常的には使いたくないけど」
「魔力を使うから?」
「スカートだと中が丸見えになるから……」
気まずくなって少々の沈黙。
「爆裂呪文は……使えるかな」
「意外だね」
「川魚を捕るのに便利だ」
祖父は鮭の切り身を食べながらそう言った。
でも、それは禁止されている漁法のような気がする。
ここで話題の方向を変えるために、ボクの方からネタを振ってみることにした。
「灯りの呪文とかは?」
「魔力を使わないですむ分、電灯や懐中電灯の方が便利かなあ」
「水系の魔法とかは?」
「水中でも呼吸できるようになる呪文はあるな」
「それ便利だね!」
「まあ、でも日ごろ水に潜ったりしないしなあ……」
それもそうか。
今ひとつ便利さに欠けるなあ。
あと、ボクにメリットのある魔法が少ない。
そんなことを考えるボクの表情に気がついたのか、祖父が言う。
「いや、現代日本がすごいんだって。
魔法に負けないくらい便利なものがそこら中で手に入る」
そういうものかな?
「ああ、そういえば日本でも日常的に使える魔法があったぞ」
「どんな魔法?」
「恋愛用の誘惑魔法」
ボクは危うく飲みかけの味噌汁を吹き出すところだった。
◇ ◇ ◇
「現代日本でも、一番魔法が盛んなジャンルは恋愛関係だと思うぞ」
「それはそうかもしれないけど……」
確かに現代日本の女子向け雑誌には、恋のおまじないとか載ってるかもしれない。
けどさあ……。
「考えてもみろ。
色々な種族のひしめく世界で生き残るには子孫が多い方が有利だべ?」
「まあ、そりゃあそうだろうけど」
「だから誘惑魔法はあっちの世界じゃ一大ジャンルだ」
「そ、そうなんだ……」
「相手を虜にしたり、肉体を興奮させて子供を作りやすくするんだ」
「へえ……」
コメントに困る!
すると、祖父は右手の人差し指と中指を、彼女の艶やかな唇につけ……。
「チュッ!」という音をたててボクに投げキッスをして見せた!
え? なに!?
今の……魔法?
あ、なんか鼓動が早くなったような気がする。
ちゃぶ台を挟んだ向こうにいるダークエルフの少女がとんでもなく可愛く見える!
いや、常日頃から彼女は可愛いし美人だけどさ……。
けど……。
「まあ、祖父ちゃんの場合は魔法なしでもモテたけどな」
そう言うと、祖父はニッコリと笑った。
えーと……。
どうやら……からかわれた、ということらしい。
祖父は「してやったり」と満面の笑顔を浮かべている。
それでも……しばらくボクの動悸は治まらなかった。
閑話02――おしまい
あとがき
孫:そういえば、「子種を」とか言ってたわりに、あんまり「そういうこと」してこないね。
爺:して欲しいか?
孫:……遠慮しておきます。
爺:まあ、しばらくはせっかくの現代日本生活を楽しむさ。
孫:もしかして……現代日本で過ごすことの方が、本当の目的だったりしない?
爺:…………。
孫:…………。