閑話01 水代わりとはなんだったのか?
・登場人物
ボク:自称“普通の男子高校生”。
祖父:女ダークエルフで魔王。
姫 :ボクがお世話になっているお隣さんの娘。
・本編のあらすじ
死んだ“ボク”の祖父が、異世界の女ダークエルフに転生して魔王になった後、前世の世界に戻ってきて、ボクと暮らすことになった。
祖父が酔っ払った。
生前というか、前世の祖父はアルコールには弱かった。
ビールをコップ一杯飲んだだけで顔が紅く染まる。
中瓶を一本を空ける前に寝てしまう。
そんな人だった。
なので、「晩酌をするぞ!」という祖父に「大丈夫?」と聞いてみたところ……。
「向こうじゃワインを水代わりに飲んでたから」
とのことだった。
前世の祖父も弱い割りにはお酒を飲みたがる人ではあった。
コップにつがれた黄金の液体に、前世と同じ嬉しそうな表情で口をつけると……。
そのまま後ろにひっくり返った。
水代わりとはなんだったのか?
◇ ◇ ◇
祖父は今女子高生である。
交通事故で異世界にTS転生し、ちょっと前にダークエルフになって帰還したばかりだ。
とはいえ、向こうでの生活期間は二〇〇年ほどだという。
なので、年齢的に飲酒は問題ではない。
色々な公文書やら私文書やら偽造しているみたいだが……まあそこは置いておく。
ここで言っておくべきはただひとつ。
「未成年の飲酒ダメ絶対」、ということだ。
だから未成年のボクは酔っていない。
シラフなので祖父の介抱をすることになるわけだ。
まずは……酒のアテ用に用意した枝豆をいただいた。
塩気が効いていて美味い。
もしやアルコールではなく別の成分がダークエルフを酩酊させるのでは?
そんな仮説を立てながら枝豆を食べ終えた。
食べ終えたのだが……祖父はまだ起きない。
季節は夏。
前世の祖父ならタオルケットを掛けて放置しておくところだ。
しかし、可愛らしい女の子になってしまった祖父を放置するというのは少々気が引けた。
そこで、祖父を寝室まで連れて行くことにした。
……とまあそこまではよかったのだが。
実際にどうやって連れて行くかを考えて途方に暮れた。
肩を貸す?
身長差がありすぎる。
お姫様抱っこ?
さすがに意識のない人間をひとり持ち運ぶ自信はない。
それに、手を空けないと寝室の扉が開けられない。
しばし黙考。
……結論としては背負うことにした。
いわゆる「おんぶ」というやつである。
おんぶなら両手が使えるし、人をひとりで運ぶなら適切だろう。
そう考えたのだ。
その考えは正しくもあり、間違ってもいた。
正しかったのは、ボクより頭ひとつ背が低い少女の祖父は容易に背負えたこと。
間違っていたのは、祖父の豊かなバストが背中に当たるということだ。
短パンから生えたフトモモの滑らかな感触を両手で受けるということだ。
「うーん……」という甘い吐息を頬に感じてしまうということだ。
うん、不適切だった。
ハッキリ言ってボクは女性に対して奥手だと思う。
というか、異性との関係を面倒に感じるようなガキなんだと思っている。
しかし、身体は一丁前に反応するようになっている。
まずい。
このままだと、三〇〇日くらい後に次世代魔王の父親になりかねない。
ボクは祖父を起こさぬようにゆっくりと、焦りながら祖父の寝室に向かった。
冷静に考えると、起こしてしまってもかまわなかったよね。
◇ ◇ ◇
引き戸になっている祖父の寝室の寝室を開け、ベッドまで運ぶ。
照明は点ける必要がなかった。
空にほぼ円形の月が昇っていて、十分明るかったからだ。
祖父がベッドを使い始めたのは祖母が身体を悪くしたあとからだ。
広さだけはある庭の一角に、水回りと寝室を集めて増築した。
その時、祖母のために起き上がりやすいようベッドを買ったのだ。
そんなわけで、古い我が家の中で寝室と水回りのある棟だけは今どきの建物っぽい。
背面から腰を落として、かつて祖父が祖母と使っていたベッドに接近。
背負った祖父を降ろそう……。
そう思ったら背後から抱きつかれ……。
ボクはそのまま後ろに引き倒された!
ダークエルフ女子の筋力は現代人男子を上回るのかもしれない。
がっちりとボクをつかんで離さない。
なんか脚まで絡めてきている!
身動きが取れない!!
脱出しようともがくボク……の力が抜けたのは抵抗を諦めたからではない。
かわいらしくなった声で祖父が、耳元でボクの名前をつぶやいたからだ。
少し落ち着いて周囲を見渡す。
窓越しに見える月がきれいだった。
田舎の夜は賑やかだ。
毎晩カエルや虫の大合奏が聞こえてくる。
風の強い夜はこの世が終わるんじゃないかと思うくらい木々の揺れる音がする。
この家に来たばかりの頃はそんな音が怖くて眠れなかった。
間の悪いことに祖母も身体を壊しており、入退院を繰り返していたこともある。
そんな事情もあって、都会から来た男の子は一時期睡眠不足になっていた。
でも、そんなボクに寄り添ってくれる人がいた。
それが祖父だ。
眠れないボクは、ときおりまだ母屋にあった祖父の寝室に行き、そのまま寝てしまったりした。
まあ、一緒の布団で寝たわけじゃないけど。
祖父は眠れないボクに付きあって、遅くまで色々と昔話なんかをしてくれた。
その一方で、朝は夜が明けぬうちから農作業の手伝いをさせられた。
早起きと肉体的疲労で、気がつくと夜眠れないなんてことはなくなっていたのだった。
もう、今の祖父にあの時の面影はまったくない。
それでも田舎の夜は、あの当時と変わらず賑やかで……。
周囲には街灯なんかろくにないけれど月はきれいで……。
そう……あのときと同じ……。
◇ ◇ ◇
こうして……。
結局ボクはダークエルフ美少女と同じベッドで寝てしまっていた。
朝摘みの野菜をお裾分けにやってきたお隣のお嬢さんに蹴り起こされる瞬間まで。
閑話01――おしまい
あとがき
孫:ちなみにお隣さんには色々お世話になっていることもあり、合鍵を渡してます。
爺:ご近所づきあい重要。
姫:おジィちゃん飲酒禁止!
爺:えぇぇぇ……。