◆03 「魂を入れ替えたわけじゃないから安心しろ」
まえがき
・登場人物
ボク:自称“普通の男子高校生”。
祖父:女ダークエルフで魔王。
・前回までのあらすじ
死んだ“ボク”の祖父が、異世界の女ダークエルフに転生して魔王になった後、前世の世界に戻ってきて、ボクの通う学校に転校してきた。
「海へゆこう」
「ゆこう」
そういうことになった……らしい。
祖父の“転校”からしばらく時が経過し、夏休みになった。
で、夏休みをどう過ごすかという流れから、海水浴に行こうという話になった。
本来ならもっと早く決めるべきことなのだろう。
だが、祖父が死んだり転生したり期末テストがあったりで後手に回ってしまったのだ。
なので、夏休みの宿題を片付けた後に計画を立てることになり、その流れで海に行ってみようという話になった。
「海賊もシーサーペントもベヒモスもいない、安全な海に行きたい……」
魔王さまにそうしみじみとつぶやかれては、反対なんてできないじゃないですか。
◇ ◇ ◇
で、その翌日。
ボクは比較的近所にあるショッピングモールにいた。
「この田舎になんでこんなに人が?」と思うくらいには賑わっている。
祖父が水着を買うのに付きあわされたのだ。
祖父の装いは白いサマードレスにサンダルという“夏のお嬢様”風ファッション。
なお、祖父がお嬢様風の服装なのは、彼女が美少女ダークエルフだからである。
そろそろ憶えてもらえただろうけど、祖父は異世界のダークエルフにTS転生して二〇〇年ぶりにこっちの世界に戻ってきたところなのだ。
ボクは祖父に近づき小声で尋ねた。
「なんでショッピングモール?」
「この辺では一番水着の品揃えがいいからだ」
「通販じゃダメなの?」
「水着は買ったことがないから、一度は直接店頭で買いたい」
「ボクまで引っ張り出されるのはなぜ?」
「客観的な評価をしたいからな」
「お隣さんも一緒なのは?」
「あの子も水着を買うんだって言ってた」
そんなボクと祖父との会話を聞きつけた、我が幼なじみが近づいてきてボクに言う。
「ねぇボクちゃん? マリンリゾートホテルの優待券、提供したのはだぁれ?」
「はっ。ありがとうございます!」
Tシャツにデニムのショートパンツという快活な格好の幼なじみに、ボクは深々と頭を下げた。
長い黒髪をふたつのリボンで結わえ、胸を張るポーズが大変さまになっている。
外見のよさもさることながら、学業も優秀で性格は豪快かつ親切。
ボクの通う学校でもっとも人気のある女子である。
通称は“姫”。
まあ、子供のころからなぜか「ボクにだけ」は当たりがキツいんだけどね。
今度行く海水浴場は結構有名なホテルがビーチを保有している。
幼なじみの家はそのホテルの株主なのだそうで、優待券をもらえるんだとか。
そんな事情で海には幼なじみも一緒に、三人で行くことになっている。
というか、祖父と一緒に海に行こうと意気投合したのは彼女だ。
それにしても、よくオジサンから許しが出たな。
そう聞いたら、「ジィちゃんも一緒だからって言ったら一発OKだった」とのこと。
実はお隣さん一家には、我が家の美少女ダークエルフの正体を告げてある。
正確にはバラす予定はなかったのだが……。
「あの子に……感づかれた」
幼なじみに気付かれた上にカマをかけられて、否定しきれなくなったらしい。
魔王さまの偽装を見破るとは……。
ボクの幼なじみは勇者かなにかですか?
ともあれ、「知られたんだから、ちゃんと説明しよう」ということになった。
お隣のオジサンとオバサンは「この女の子は祖父である」ということを飲み込んでくれた。
(どこまで理解したかは定かではないが)
個人的に後ろめたく思っていたこともあり、その意味ではボクも少しホッとした。
お隣さんは元々庄屋の家柄で、今でも土地の名士である。
そういう意味でも味方になってくれたのは心強かった。
問題は……幼なじみが祖父にまとわりつくようになったことだ。
前世ではボク以上に祖父に懐いていたので不思議ではないのだけれど。
「同性の友達ができると安心だなぁ」
などと祖父も事態を受け入れている。
まあ、幼なじみがしょっちゅう出入りするようになったおかげで、我が家が明るくなったのは確かだ。
そういう意味でボクも感謝はしている。
◇ ◇ ◇
とはいえ、女子ふたりに引きずり回される状況には困りものだ。
現に今も女性向けの水着店に引っ張り込まれてしまっている。
「……ちょっと大人しすぎじゃない?」
「初心者だし、こういうのも持っておくと安心なんだけんど」
「じゃあ、別のも買う?」
若い男性には目の毒、耳の毒である。
いっそこの場から逃げ出してしまいたい。
でも、そんなことをしたらどんな“お返し”をされるかわからない。
逃げるのも地獄、なのだ。
そんなこんなで水着をいくつか選んだらしい。
試着をすることになり、ボクまでも試着コーナーで祖父の水着姿を鑑賞することになった。
「じゃーん!」
幼なじみが試着室を仕切るカーテンを開け、ファッションショーよろしく祖父の水着をボクに見せる。
なぜだか水着を着ている本人よりも得意げだ。
水着は薄紫色の地に白いドットのワンピース。
腰に短いスカートにも見えるフリルが二段になって付いている。
小柄な祖父によく似合って、とても可愛い。
「それにしても祖父ちゃん……堂々としたもんだね」
孫とはいえ、男性に水着姿を見られたら、恥ずかしがるかと思っていたんだけど……。
「これよりもっと露出の多い鎧で、一軍の指揮を執ったこともあるからなか」
ビキニアーマーですか、それは?
斜め上の返答に、ファンタジー世界の女子の過酷さに思いを馳せた。
小柄だけれどメリハリのあるダークエルフボディで軍勢を指揮する美少女の祖父。
その姿を想像し、思春期的に複雑な気分になった。
そして、このときのボクは気付かなかった。
ファンタジー的な過酷さは異世界にだけあるわけじゃない、ということに。
「とにかく、客観的に評価せんとな」
祖父はそう言うと、右手の人差し指を上に向けてくるりと回した。
光る謎の文字が出現し、指のまわりを囲む。
ああ、魔法を使ったんだろうという見当はついた。
そして……。
次の瞬間視界が切り替わり……ボクはボク自身の身体を見ていた。
……ってなにこれ?
「お前とオレの感覚を入れ替えた」
「……は!?」
「まあ、身体を入れ替えたようなもんだ」
身体の入れ替え!?
「ああ、魂を入れ替えたわけじゃないから安心しろ」
安心できるか!
などと怒鳴るわけにもいかない。
今人目を集めて一番困るのはボクだ。
っていうか客観的な評価って、こういうこと!?
美少女の身体に入れられ、水着姿を男の目でジッと見られることになったボク。
思わず身をよじり、胸とか下半身とか見られて恥ずかしいところを隠そうとする。
いっそしゃがみ込んでしまいたいが、目立つのも嫌だ!
「うわぁ。可愛い!」
「うむ、これはなかなか」
ボクの仕草がふたりの中のスイッチを押してしまったらしい!
祖父と幼なじみの目が怖いよ!
「いっそあんたが、ずっとその身体を使えばいいんじゃない?」
恐ろしいこと言うな!
祖父ちゃん、なんで「ふむ」なんて表情でアゴに手を当ててるの!?
「これはもう少し試してみたくなるなあ」
「じゃあ、次はビキニにしようか?」
勘弁してください。
そう思っているのに……なんでボクの意志に関わりなく身体が動いてるの?
なんで試着室に入って水着を着替え始めてるの!?
「感覚を入れ替えただけだから、こっちで身体を動かすことくらいできるべよ」
そんな、当たり前のことのように言われても!
ああ、ボクの手がダークエルフの美少女を脱がせていく!
あ……柔らかい。
あ……。
あ……あああぁぁぁ……。
……その後さんざん着替えさせられた。
最終的に買った水着は合計五着。
幼なじみの“姫”も、ちゃっかり新しい水着を買っていた。
満面の笑みを浮かべた少女たちの後ろで、顔を真っ赤にした涙目の男子高校生を、レジのお姉さんはどう思って見ていたのだろうか?
◇ ◇ ◇
その後、日用品と旅行用品を買って家路についた。
交通手段は自家用車。
運転手は祖父。
なんか自動車の免許まで作っていたらしく、当たり前のように運転している。
助手席には幼なじみ。
ボクは後部座席に買った荷物と一緒に載っていた。
「海、楽しみだねぇ」
「だべなあ」
そう言って笑うふたり。
ボクはといえば……。
なんか色々なものを失った疲れで、ぐったりと座席に身を投げ出していた。
続く
あとがき
爺:なお、運転中は“ディズガイズ・スキン”という魔法具を使ってます。
姫:あれを使うと、大人の女の人になっちゃうからビックリするよ。
孫:普段の“認識阻害”の魔法じゃだめなの?
爺:運転中にカメラで撮影されると、魔法が効き損ねることがあってなぁ。
孫:じゃあ、“変容”の魔法は?
爺:あれは維持に魔力を使うんで、魔法具を使った方が燃費がいいんだ。
姫:あの皮を着ると、あたしも大人になれる?
爺:おお、誰が着ても同じ容姿になるぞ。
孫:(なんだろう? 嫌な予感が……)