アヤカシ達のはろうぃん
こんにちは、葵枝燕です。
今日は、十月三十一日――ハロウィンでございますね!
と、いうわけで、ハロウィンものを書いてみました。最初は二千字くらいにしようと思っていたのに、なかなか終わらず、気付いたら五千字超えになってました……。
二〇一六年十月七日に設定等々を考え、十月十二日から書き始めて、先ほどようやく完成しました。間に合わなかったら来年に回そうと思っていたので、間に合ってよかったです。
それでは、どうぞご覧ください!
十月三十一日の昼下がり。縁側でのんびりと欠伸をこぼしたギョクの元に、ヨウカがやって来ました。
「はろうぃんしようよ!」
開口一番にそう言ったヨウカを、ギョクは実に眠そうな顔で見つめます。
「何ですって?」
「はろうぃんだよ、は・ろ・うぃ・ん! 人間達の間で流行ってるんだってさ」
ギョクは今日何度目になるかわからない欠伸をしながら、
「それって確か、外つ国の収穫祭――だったわよね?」
と、身体を少し起こしました。眩しい陽射しがギョクの目を射ます。
「へえ、そうなんだ」
ヨウカが感心したように呟いて、ギョクの隣に腰掛けます。干しておいたお布団のような、あたたかい太陽の香りがしました。
「あなた、知らないのにやりたいとか言ってるわけ?」
「詳しいことは知らないよ。でも、仮装とかするんだって聞いたからさ、楽しそうじゃんって思ったんだよね」
ギョクは大きくため息をこぼしました。楽しそうなことが大好きなヨウカは、それがどんなものか深く知る前に行動してしまうのです。
「はろうぃんの仮装って……」
ギョクは目を閉じて、頭の中に入っている“はろうぃん”の知識を引っ張り出してみました。
(確か“はろうぃん”は、元々は日本でいうところのお盆にあたる行事よね。つまり、亡くなった方々が帰ってくる日ってことで……そのときに悪魔も来るらしくて……それで、悪魔に連れ去られないようにだか、そんな理由から人間以外のものに変装するのが、はろうぃんの仮装――だったはずだから……)
ギョクは目を開けると、
「ワタシ達には必要ないじゃない」
と、呆れたように言いました。
「あなたまさか、長いこと生きすぎて自分が何なのかを失念しているんじゃあないでしょうね」
「……よくわかんないけど、ボクのことバカにしてる?」
首を傾げながら、ヨウカは言いました。そうして、
(ギョクって、たま~に何言ってんのかわかんないんだよなぁ)
と、心の中で思いました。
「あなたがそう思うなら、そう受け取ってもらって構わないわ」
ツンと言い放ち、ギョクはまた欠伸をこぼします。
「それはそうと、眠そうだね」
ヨウカが、ギョクの顔を覗き込みながら訊ねました。
「当たり前よ」
不機嫌さを微塵も隠すことなく、ギョクは言いました。
「まだこんなに明るいのに起こされたのよ? 眠くないわけないじゃない」
ギョクとヨウカは、共に人間ではありません。ギョクは猫又、ヨウカは妖狐――そんな名で呼ばれる妖怪です。太陽の支配する昼間を主な活動期にするのが人間なら、妖怪は闇が支配する夜の住人になるでしょう。ギョクとヨウカは、そういった種類の存在でした。
「ギョクは寝過ぎなんだよ。世界は、日々こんなにも進んでて、すっごく楽しいことであふれてるのにさ」
「ワタシは猫又よ。猫は、一説には“寝る子”からきてるっていうし……寝るのが仕事だと思うわ」
そう言いながら、また欠伸をするギョク。それを見たヨウカは、盛大にため息をつきたいのをこらえました。ヨウカのモットーは、[日々を楽しく生きること]。ため息をつくと幸せが逃げると聞いてからは、せめてため息を表に出さないようにしようと努めていました。
それに今は、この惰眠を貪っているようにしか見えない友と、一緒に“はろうぃん”を楽しむことがヨウカの目的です。このままでは、それを達成する前に“はろうぃん”は終わってしまうかもしれません。
「ねえ、ギョク」
「何? はろうぃんの仮装のことなら、ワタシはしないわよ。大体、妖怪であるワタシ達には必要ないことだと思うけれど……そんなにやりたいなら、あなただけでやりなさい」
冷たい声音が、ヨウカの鼓膜を揺さぶります。何百年も共に生きてきて慣れているはずのヨウカでさえ、少し怯んでしまうような音でした。
「で、でもさ」
言い募ろうとするヨウカに視線を向け、
「しつこいわよ」
と、一蹴するギョク。それでも、ヨウカは退きたくありませんでした。
(こうなれば――最終手段に出るしかないね)
長年共に生きてきたからこそ、友である猫又の弱みも知っていました。だから、ヨウカは満面の笑みをその顔に浮かべてみせます。
「まあまあギョクさん、そんなこと言わずに!」
そう言いながら、ヨウカはギョクを抱き上げました。このときほど、今の自分が狐の耳としっぽを持った人間姿で、ギョクが尾の二つ生えた猫の姿でいたことに、感謝したことはありませんでした。引っかかれるのは困りますが、簡単に抱き上げることができます。
「ほら! 行くよー」
「ちょ……何すんのよ、放しなさい!!」
喚きながら暴れるギョクを抱いたまま、ヨウカは軽やかな足取りで駆けていきます。そんな姿を、道行く妖怪達が微笑みながら見つめていました。
ところ変わって、ここは、妖怪達が人間に化けたときに服や鞄などを買うお店。希望すれば服から化粧までトータルコーディネートしてくれるという、親切なお店です。ヨウカは、店の奥にあるVIP専用試着室に消えていったギョクを待っていました。
「ちょっと、これ何なのよ!?」
珍しく人間の姿になったギョクは、先に着替えを済ませていたヨウカにそう怒鳴りました。ヨウカはそんな友の姿を見て、
「お! 似合うじゃーん、ギョク」
と、口にしました。お世辞ではなく、本心から言った言葉です。それでなくても、ヨウカは嘘をつくのが下手でした。だからこそ、その表情や声音から本心だということはわかるのです。
しかし、今のギョクにとってそれはどうでもいいことでした。
「似合うとかどうとか、そんな問題じゃないわ! 何なのよ、これは!」
脚を覆う長さの黒いスカート、フリルのついた白いブラウス、赤い靴、背中には蝙蝠の羽を模した黒い布――それが、ギョクの身に着けた服でした。それをザッと眺めながら、
「メイド服っていったかな。ついでにいうなら、小悪魔風? いや、吸血鬼風、かな?」
と、ヨウカは言いました。それを聞いたギョクが、さらに怒りをあらわにします。
「何でワタシがメイド服で、あなたがミイラなわけ!? 包帯を巻いただけじゃないの!!」
ヨウカは、狐の耳と尾はそのままに、脚や腕や頭に包帯を巻いていました。ところどころに血に見立てた赤い絵の具が塗られています。
「いいじゃーん。似合ってるんだからさ。ボクはいいと思うけど」
「ワタシがよくないわ!!」
そんな言い合いが三十分ほど過ぎたとき、いい加減ギョクは怒るのをやめました。考えてみたら、我ながら案外似合っているかもしれない――そう思えてきたのです。そんなギョクを見て、
「さて、と。行きますかー」
と言ったミイラ姿のヨウカが、メイド服姿のギョクの手を取ります。
「ちょっと! 行くってどこによ!?」
慌ててそう問うギョク。そんなギョクを不思議そうに見て、
「ギョク。今日は“はろうぃん”だよ?」
と、ヨウカは言いました。“はろうぃん”といえば、仮装ともうひとつ、忘れてはならないことがあります。
「とりっく・おあ・とりーと!! お菓子ください!!」
ここは、妖怪達が日用品などを買い求める商店街。様々なお店の立ち並ぶその通りに、ヨウカの明るい声が響きます。
「あら、ヨウカちゃん。はっぴーはろうぃん。はい、うちからは一口鯛焼きよ」
「ありがと! はっぴーはろうぃん!!」
ヨウカの持った橙色の竹かごの中には、最中やどら焼きや羊羹といったお菓子が数えきれないくらい入っていました。増えていくお菓子を見る度に、ヨウカの耳としっぽがヒョコヒョコと楽しそうに揺れます。
そんなヨウカと対照的に、ギョクはヨウカの数歩後ろを黙ってついて行くだけでした。口を“へ”の字に曲げ、ちっとも楽しんでいる様子はありません。実際、彼女の胸の中には、
(早く帰りたいわ……)
という思いがいっぱいでした。手に持っている竹かごよりも、縁側に置かれた赤い座布団――ギョクお気に入りの寝床が恋しくて仕方がないのです。
商店街にはギョクやヨウカの他にも、仮装をして橙色の竹かごを持った妖怪達がたくさんいます。その誰もが、かごの中にたくさんのお菓子を入れているに違いありません。しかし、ギョクのかごは空っぽでした。お菓子が嫌いなわけではありませんし、むしろ大好物のはずでしたが、ヨウカのようにお菓子をもらいにいくのはみっともないような気がしたのです。
「あらん? ギョクちゃんじゃないの」
名前を呼ばれ振り向くと、髪の毛一本一本が蛇でできている鬘をかぶった、珍妙な姿をしたものが立っていました。
「何してるの、ツグミ」
ギョクは顔色一つ変えません。それを見て、
「もぉ、何でそうすぐ見抜いちゃうのよん!」
と、抗議するツグミ。腰に手を当て、頬を膨らませ、怒りを精一杯表現しています。
「バレバレよ、声と喋り方でね」
「ああん! そこは気にしてなかったわ!!」
「あと、蛇もね。あなた、自分が何の妖怪か考えなかったの?」
ツグミは、鵺と呼ばれる妖怪です。鵺という妖怪は一般的に、猿の顔に、狸の胴体、虎の手足を持ち、尾は蛇でできていると伝えられています。ツグミも、妖怪の姿のときはその見た目でした。もっとも、ツグミ自身が本来の姿を嫌っているため、ツグミが妖怪の姿になるのは稀なことなのですが。
「綺麗でしょう、これ。アタシ自ら、頑張って織ったのよ」
ギョクの問いを無視して、ツグミは自慢げにその蛇の髪をかき上げました。確かに、その蛇の髪は美しい仕上がりでした。まるで一匹一匹が生きているかのようにも見えるくらいです。
「ああ、そう。それで、何の仮装なのかしら?」
自分にとって都合の悪いことからは、とことん逃げる――それが、ツグミという妖怪の性格だと知っているギョクは、深く追求することを諦めました。
「決まっているじゃない! メデューサよ!」
まるで何か宣言するように言い放つツグミを、呆れた眼差しで見つめるギョクは、
(メデューサって、アテナが嫉妬の念で織り上げた姿――だった気がするのだけど。蛇の髪を一本一本織り上げたって、ある意味皮肉よね)
と、心の中で思いました。
「ちょっと、ギョク何してんの?」
ヨウカが耳としっぽを楽しそうに揺らしながらやって来ます。おそらく、ふと振り向いたときにギョクがいないのに気が付いたのでしょう。
「ちゃんとついてきてくれないと――って、ツグミさんだ」
ツグミとヨウカがお互いにその姿を認めます。ツグミが笑顔で手を振り、
「ヨウカちゃん、はっぴーはろうぃん!」
と言えば、
「はっぴーはろうぃん、ツグミさん!」
とヨウカも笑顔で答えます。話題はそのまま互いの仮装についてに移っていきました。
「それすごいね。蛇の髪? 手作り?」
「そうよ-。大変だったけど、楽しかったわ。ヨウカちゃんの仮装も素敵よ。かわいいミイラさんね」
「そうかなぁ?」
「そうよぉ」
というような会話が、かれこれ五分ほど続いたとき、話題は別のことに変わります。
「そういえば、ギョク、お菓子はどれくらい集まった?」
きっかけは、ヨウカの何気ないそんな一言でした。
「……え」
ギョクは、自分が今狼狽えていることを自覚していました。単純なヨウカだけだったら、何とか誤魔化せるでしょう。しかしこの場には、顔色を読むのが妙にうまいツグミもいるのです。
そして、ギョクのそんなかすかな不安を、ツグミはすぐに見抜いたのでした。
「ちょっとギョクちゃん、一個も入ってないじゃないの」
ギョクのかごの中を見て、驚いたように言うツグミ。しかし、その目が楽しそうに輝いているのを、ギョクは知っていました。普段しっかりしている誰かをからかうのが、ツグミの楽しみであることを知っているからでした。
「え、一個もないの? ボクのから分けてあげようか?」
単純思考故に、本心からそう告げるヨウカ。そう言いながら、手にはすでに小さなどら焼きが一つ握られています。
「ボク、いっぱいもらったし、一個くらいなら……いいよ、もらっても」
ヨウカのその優しさに、ギョクは思わずどら焼きに手を伸ばしそうになりました。そんなギョクを見て、
「ギョクちゃんってば、一個も集められないなんてダサいというか……」
と、ツグミが呟きます。それを聞いたギョクの顔色が変わりました。
「何ですって……? ダサい?」
地の底からわき上がるような声が、ギョクの口からこぼれます。
「え、ちょ、ギョク?」
慌てたヨウカの声など、ギョクの脳には届きません。顔を上げたギョクは、ビシリとツグミを指さします。
「よくも言ったわね……。いいわ、見てなさい――あなたより多く集めてみせるから!! そこで指くわえて待ってなさいよ!!」
そう言うが早いが、ギョクは商店街の通りを駆けだしていきました。その後ろ姿を、残されたヨウカとツグミが見つめています。
「行っちゃったわねぇ。燃料注ぎすぎたかしら?」
ツグミが楽しそうに言いました。
「でも、ギョクも楽しんでくれれば、ボクは嬉しいかな」
それに答えるように言ったヨウカは、ツグミに頭を下げると、ギョクを追って駆けていきました。残されたツグミは、笑顔をそのままに、
「さーて、と。アタシも突撃しよっかな」
と、ゆったりとした足取りで商店街に一歩踏み出したのでした。
『アヤカシ達のはろうぃん』、ご高覧ありがとうございました!
「なろう」に登録して初めてのハロウィンだし、ハロウィンものの童話を書きたい――そんな思いだけで、生まれたのがこの作品です。
登場した妖怪達ですが、実は漢字があります。なので、それを発表していきたいと思います。
ギョクは、“玉”です。猫の名前で一般的なのって、タマ、だと思うのですが、それから取りました。タマ→玉→ギョク、ってな感じですね。
ヨウカは、“陽花”とか“妖花”とか、そんな感じでしょうか。ひらめいた名前なので、とくに意味はありませんが。前者の方がヨウカっぽいかもしれませんね。素直で明るい感じがします。
ツグミは、“鶫”でしょうか。鵺の鳴き声が、トラツグミに似ているそうなので。
あと、作中で出さなかったのですが、妖怪お三方の性別は、ギョクとヨウカは女性で、ツグミは男性です。ツグミは、私の中では結構大柄な感じです、はい。それからツグミ、美しいものとか好きだと思います。だから、決して美しいとはいえない自分の本来の姿が好きになれないのです、多分。
そんなこんなで、どうにか書き上げました。よかった、間に合って……。
読んでくださった方、ありがとうございました! よろしければ、感想や評価など、お願いします! なお、行間についての質問は受け付けません。よく意見をいただくのですが、「時間が変わったときとか以外で空けたくない」という思いがありまして、そのスタイルは変わらないと思います。なので、「もっと行間取ってほしい」などの意見には応えられません。あらかじめ、ご了承ください。
それではあらためまして。
読んでくださりありがとうございました!