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前夜:新宿にて待つ

 (わたくし)は多くの点において世慣れぬところのあるほうだと自認する。

 なるほど二十(はたち)にいたるまで、円満な家庭環境がぬくぬくと育てた身の上である。私の意志は薄弱であるし、この人相の話をすれば、逞しさとは程遠かろう。呑む打つ買うはいずれも好きだが、大学生が背伸びがちにやっている域をまず逸しない。

 こんな風に綴っては私の自己評価など地を這うごとく見えようけれども、実はそうでもなかったりする。


 幸いなことに日々は愉快だ。

 人づきあいの難これ無くして、友人には恵まれている。女にもてるほうではなくとも、苦手と思うことも無い。このなけなしの名誉がためにも学の席次の話はすまいが、本はこよなく読むほうである。

 ただし愉快に溺するままで、果たしてまことによいのであろうか。


 私は去んぬる二週間ほど、敢然としてペンを佩き、試験期間を戦い抜いた。出来や不出来や何やらは、もうあずかり知るところではない。しかし夏休みをこの目前とし、上記の思いはなお強まった。

 己は今夏も今夏とて、昼頃のこのこ起きてきて、夜は遊びに出たかと思えば、酒池に飛びいり(かわず)のごとく、肉林求めて(えて)に等しく、反吐まみれにて這い戻る――そんな暮らしを送るのか。何だかすこぶる野卑ではないか、と。


 無論、だらだらと小説をしたためる過ごし方だってある。去年にも増して勤労(アルバイト)に明け暮れる夏とて一興である。

 いずれも悪くはなかろうけれども、せっかく大いなる余暇なのだ。どうせ時間を喰うのであれば、新鮮味のあることが為したい。


 いつか旅行好きの友達が、天狗の(つら)でこう言っていた。「うぇい、俺は休みとくりゃ一人でどこだって行くわ。いや、実際余裕っショ。しかも現地でパコり放題」


 ……彼のひそみに(なら)うのではない。その性根玉は下卑たるものだ。唯一見習うべき旨は、何者の力も借りず遠路を往かんとする逞ましさくらいであろう。ただしこうした逞しさとは、とても大切なことに思える。

 二十を跨いでいやしくも、大人の階段とやらをのぼった。しかるに頭の中身を言えば、変哲無きガキンチョではないか。真っ赤になって嘔吐をする点、むしろそれより質が悪い。


 やはり私の井蛙の見には、世の有りようを観せねばなるまい。今に大海を泳ぐことが否応なくなる前に、少しは自ら行ってみるべきなのだ。

 かくて私は人生初の一人旅に志を立てた次第であった。


 旅先には特段こだわらなかった。ともかく遠出が出来て且つ、物見遊山が出来ればなお良し。

 そこでこのたび選んでみたのは、伊勢と熊野に、奈良と大阪。いずれも霊験あらたかにして、歴史に名高い寺社がひしめく。なにより我が家のある神奈川から、いかにも旅らしき遠さを伴うのが好ましい。

 そこの写真をにやにや眺めて、ほぼ即決に心を固めた。


 期末試験が終わると私は、旅支度の買い出しへと走った。何より大きなリュックが要る。バックパックと呼ぶのが通だと、例の友から教わった。慣れぬ準備にばたばたしつつ、気もそぞろにて今宵に至る。


 新宿西口駅の前、私は夜行バスを待つ。かくして、退屈しのぎに文を綴っている。これは、そういう漫筆である。

 明日の朝にはお伊勢詣りか、などと旅への期待を馳せた。

では、行ってきます。(続きはたぶん書きます)

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