第19話 ホテル
その日、残業を終えた私は最寄りのホテルで一晩を明かすことにした。
フロントでチェックインを済ませると、女性からキーを受け取る。部屋番号は「305」号室。疲れた体を引きずってエレベーターに乗り込んだ。
2階からが客室になっている。「305」号室は4階だ。
エレベーターを降りて部屋に入ると、力尽きてベッドに寝転がる。
そのまま眠りに落ちた。
ふと目が覚めた。
朝まで熟睡だろうと思っていたから意外だった。
今は何時だろう。
時計を確認しようとするが、できなかった。
体が動かないのだ。
金縛りを体験するのは初めてだ。よほど疲れが溜まっていたんだろう。そう楽観視する私の視界にチラつくものがあった。
仰向けのまま目だけを動かす。カーテンが開け放された窓の外を見る。
黒い物が動いていた。それは私と視線を合わせるかのように移動してくる。
ここは4階だ。人が昇ってこられるわけがない。
視てはいけないものだと感じた。視線をすぐにそらす。
私は目をかたく閉じ、心中で「消えろ」と念じ続けた。
次に目を開けたとき、窓からは朝日が差し込んでいた。
いつの間にか眠っていたようだ。それとも、あれは夢だったのか。
眠い目をこすりながら窓に近づく。
そこには、無数の手あとや足あとが残されていた。
夢じゃなかった。
私は昨日の疲れも手伝い、こんな部屋を使用させた女性従業員に文句を言ってやろうとフロントに掛け合った。
ところが、私がチェックインした時間、フロントに女性従業員はいなかったと言うのだ。
しかし、昨夜フロントで女性からキーを受け取ったのは事実だ。
すると、年配の従業員が私にその女性の特徴を聞いてきた。
口を開いた私だが、あとに続く言葉が出てこない。
女性だったということ以外は、全く思い出せないのだ。
そんな私を見て、年配の従業員はつぶやいた。
「また出たか」