ススム、竜の集落へ行く
加筆修正(2014/10/17)
ドラゴンの背に乗ること、約二刻――なんて格好をつけてはみたが、俺にもちょっと分かりにくい。
つまり、体感で一時間くらい。
空からの眺めを堪能していると、その程度の時間は楽しんでいる間に過ぎてしまった。
遠くに見えていた樹海――ここは精霊領らしい――を越え、そして連なっていた山々――ここからがドラゴン領だという――をさらに越え、俺を背に乗せたドラゴンは領の奥深くへと飛んでいった。
どうやら、遥か遠方に見えていたあの雲に迫る山脈の向こう側に、ドラゴンの集落はあるらしい。
高い山を越えると、その先はなだらかになり、ドラゴンは開けた高地に降り立った――ここが集落の入り口だろう。
中へ進む――と、その前にひとつ。
自分と同伴している鈍色のドラゴン曰く、この世界において、“ドラゴン”と呼称するのは人間だけで、彼ら自身は“竜”や“竜族”と呼ぶのが流儀らしい。
そう言われてみると、向こうの世界でもドラゴンと竜の関係は単に東洋と西洋における呼び方の違いというより、人間に敵対的であったのがドラゴンであるのに対し、神格化されて信仰などの対象になっていたのが竜という印象もある。
この世界の成り立ちと、向こうの世界の慣わしに接点があるとも考えにくいが、自分としても彼らと波風を立てたいわけでもないので、大人しくそれに倣うことにした。
ということで、彼らは竜。
よって、ここは竜族の集落だ。
厳密に『ここから集落ですよ』といった現代風の境界線がある訳でもなく、ただ単に集落にしては殺風景すぎるので入り口と呼称しただけだ。
ゲームなんかでも、集落といえば簡素ながらも自然味溢れる木造りや石造りの家屋くらいは並んでいるものだろう?
しかし、歩いていてもそんなものは一切見当たらない。
個人的に安堵しているのは、訪れた途端大小様々な竜たちに取り囲まれて、ガクブル状態に陥るような謎の審問を受けなくても済んだことだろうか。
まぁ、浮かれていてここに来るまでそんな懸念はさっぱり気に掛けてもいなかったのだが、杞憂で終わったのは幸いだ。
そんなこんなでもう少し奥まで進んでいくと、ちょっと周囲の構造が変わってきた。
開けた高地だったのが、入り組んだ山渓になり、ポツポツと他の竜たちの姿が見えるようになってきた。
俺は不覚にも少し驚いてしまったのだが、あちらはあまり関心がないのか、それとも警戒しているのか……あるいは同族――隣にいる鈍色の竜に対する信頼の方が大きいのか。
とにかく、竜と一緒に集落に人間がやってきても、特にこれといったリアクションはないようだった。
さらに場所を移動し、集落の中に入り込んだところで周囲を見る。
彼らの生態によるものなのだろうか、やはり家など建造物の類は一切見当たらない。
あるのは手付かずの自然本来の姿だ。
元居た世界での街暮らしからすればそうそうお目に掛かれるものではない。
その光景に圧倒されていたのだが、それをさらに補って畳み掛ける存在があった。
「うはぁ……」
簡単に言ってしまうと、山間の岩場、といったところだろうか。
ただし、その規模は尋常ではないが。
至る場所に、大小の水晶が突き刺さるように天へと伸びている光景は圧巻だ。
光を受けて、色取り取りに輝きを放っている様は、まさに壮観。
だが、今は、それ以上に目を奪われている存在がある――
竜、竜、竜。
まさに竜だらけである。
リアクションこそはなかったものの、どうやら好奇心というものはあるのか、気付けば遠巻きにかなりの竜たちが集まってきていた。
そこでふと思ったのだが、もしや、竜とはこういう光物が好きなのだろうか?
ならば、ここで集団で暮らしている理由も分かるような気もする。
そんな気ままにしている竜たちの様子を見る。
こちらを気にしている者もいるが、だから何をする、ということもないようだ。
大半は、一瞥したのち、そのまま昼寝を続けている。
今の彼らの様子を見る限りでは、竜というのは結構怠惰な生活を送っているらしい。
テストとか通信簿もないのかー……ちょっと羨ましいぜ。
さらに竜たちを注視した。
竜たちは、色も形も大きさも、その固体によって様々なようだ。
自分を運んできてくれた隣にいる竜は……こう言っては本人に悪いが、鱗の色は暗く沈んだ非光沢――とあまりパッとしないカラーリングだ。
しかし、ここに居る竜たちはそれぞれ、それこそ絵の具の種類を片っ端から並べていったくらいに多様である。
岩陰からこちらを覗いている真っ黒の竜も、光を反射してツヤツヤ輝いていることからメタリックブラックと言えばいいのだろうか――同じダーク系統なのにかなり綺麗だと思う。
大きさにしたって、見える範囲で最も小さいのは、それこそ子どもより小さいのではないか? ――と思うほどの大きさだった。
こちらに興味を持ったのか、たまたま近くまで寄ってきてくれたので存在が分かったのだが……そうでなければ見過ごしていただろう。
逆に最も大きいのは、それこそ隣の鈍色の竜の…………いや、もう、大きすぎて何倍あるのか分からない、それくらいの規模だ。
隣の竜で俺の背丈のおよそ三倍、つまり五メートルあるかないかくらいのサイズなのだが、そっちの大竜はというと、そもそも岩肌から露出している部分だけでも同じくらいの大きさがある。
とてもではないが、全体の大きさなど想像できない。
その巨体がズルズルと奥に消えていく様子を見るに、どうやらその大竜は二本足で立つ種ではなく、蛇のように長い胴を持つ竜のようだ。
翼は見当たらないので、さすがに飛んだりはしないのか……いや、まぁ、これが空を飛んだらちょっとした恐怖ですよ?
――とまぁ、自分の中では、立て続けに驚きの現象が連続しっ放しだ。
ぼーっと興味深く竜たちを眺めていると、俺はさらにとんでもないことに気が付いたのである。
「なぁ。人が……居るんだが……」
俺が問い掛けたのは、もちろん鈍色の竜に対してだ。
そう、あまりに周りの竜たちのスケールが大きすぎて見落としていたのだが、ところどころ――いや、よくよく注意して見ると、結構な数の人の姿がある。
竜族の集落に人間が訪れることはさほど珍しいことではないのだろうか?
理由を問う前に、隣にいる鈍色の竜からの返答が聞こえた。
『人デハナイ。竜族ノ女ダ』
「え……? ……ええええっ!?」
つい、大声で叫んでしまう。
「お、女…………?」
失礼ながら、遠方の竜人を指差して確認すると、鈍色の竜は頷いて肯定を表した。
これが驚かずに居られるだろうか。
「竜族の……女……」
言われてよく見てみると、確かに人型をしているのは全て女性だ。
“お”で始まり“ぱ”に続くものが備わっている。
その姿は遠目で見る限りでは本当に人間と違いがなく、目を凝らすと背中の翼と尻尾に気が付く――とその程度だ。
大変に失礼な言い方をすると、蜥蜴型が男で、人型が女ということらしい。
ここから見えている限りでも、集落の竜と竜人の比率は半々――いや小さいから目立たないだけで、ひょっとすれば竜人の方が多いくらいか?
『多クノ人間ハ、竜族ノ女ヲ知ラナイ』
つまり、形は違えと同じ竜族――ではなく、そもそも男と女で形態が違うわけだ。
「驚きだな……」
『知ル人間モ、勝手ニ“竜人”ヤ“ドラゴンレイス”等ト呼ンデイル』
「知らなかったら、別の種族に見えるだろうしなぁ」
例えば、他の種族が人の男性を人間族と呼ぶのに対し、人の女性をプルルン族――なんて呼んだら様々な意味で激怒の嵐だろう。
俺の妹も間違いなく怒るサイドだ、質量的な意味で。
「でも、竜族の女の方が人間と交流は取り易そうじゃないか?」
『ソウカモシレヌ。ダガ、女ハ集落ヲ離レル事ハ少ナイ。戦イハ男ノ役目ダ』
「あぁ。なるほどね」
竜も結構古風な考えをするなぁ――なんて思いつつも俺が納得した理由はそれとは別にふたつ。
ひとつは、この集落に竜人より竜の姿の方が少ない理由――先の鈍色の竜のように外に出ている者もいるのだろう。
もうひとつは、竜族の女性はあまり集落を出ないのだろう。
それゆえに、たまたま遭遇した人が“竜人”や“ドラゴンレイス”――なんて曖昧な呼び名を付けてしまっているのではないか?
「けど、まぁ……人体って言っていいのか分からないが、神秘だよなぁ……」
女性の方は、どう見ても人間サイズである。
背丈二メートル程度なら集落にいるのかもしれないが……。
例えばあの蛇竜とか、夜の……ごにょごにょなどは一体どうしているのだろうか。
いや、蛇なら卵胎生なのか?
まぁ、さすがにそこまで無遠慮に尋ねる勇気はなかったが。
『女ノ方ガ、体格ガ人間ニ近イ分、ヨリ人語ヲ介シ易イ』
「そうなのか?」
つまり、発生器官も人に近い分、言葉が話し易いということだろうか。
『サラニ聞キタイ事ガアレバ、女ニ尋ネルトイイ』
だとすれば、この竜にも無理に付き合せてしまっているのかもしれない。
「さんきゅー……って言ってもたぶん通じないか。ありがとう」
『構ワヌ』
人のいい竜だ。
いや、竜のいい竜?
どっちにしてもおかしいな。
「知らなかったとはいえ、付き合わせちまって悪かったな……」
『構ワヌト言ッタ。モドカシクハアルガ、嫌イナ訳デハナイ』
「そっか」
こうして話すこと自体は嫌いではないというのだろう。
返って彼に気を遣わせてしまったのかもしれない。
『我ハマダ幼イ故、円滑ニ会話スル事ハ出来ヌガ……ソノ頃ニハ、オ前ハ――』
「え? ってちょっと待った!」
竜の言葉に疑問を抱いた俺は、不躾ながらも彼の発言を中断させてしまった。
『ドウカシタカ?』
特に気分を害した様子も無く、竜が尋ねてくるので俺は聞き返した。
「今、幼い……って言ったよな?」
『然リ。我ハマダ最初ノ脱皮モ経テイナイ』
「脱皮……」
最初の脱皮というのが何を指すのかよく分からなかったが、竜も脱皮を行うという豆知識が、よもや本人から仕入れられるとは思わなかった。
「ちなみに、さっきの流れだと、歳を取るともっと流暢になるって解釈でいいのか?」
『ソウダ。歳経タ竜ハ、人語ニモ長ケル』
どういう理由で、竜族が人語を話すようになったのかは分からないが、そうして親が人語を話していくことで子にも伝わっていくのだろう。
『丁度、ソノ竜ノ一方ガ、ココヘ向カッテイルヨウダ』
「ここに? どうして分かるんだ?」
『音ダ――』
音、と聞き返そうと思った時、自分にも聞き取れるように空を切る音が伝わってきた。
「お、おぉっ……?」
そして、視界が巨大な影に遮られて薄暗くなる。
「…………は? え?」
見上げると、太陽を遮る形で竜の巨体が空を遮っている。
そして、それは今まさに、ここ眼前へと降り立とうとしているところだった。
「お……? おおおっ?」
一直線に降下してくる。
巨大質量が空から悠然と翼を広げて迫ってくる恐怖を思い浮かべて欲しい――
――あ、あかんやろっ!
別に関西圏ではないが、とにかく慌てて飛びずさる――距離にして一〇メートルほどの跳躍だ。
直後、ズドーン!! と俺が直前まで立っていた位置を目掛け、盛大に巨大な質量が落下した轟音が辺りに響き渡った。
衝撃で地面が割れ、風圧で砂塵が舞い上がり、大地を揺らす振動がこちらにまで伝わってくる。
――コロス気カヨ。
そのまま呆っと佇んでいたら、今頃は間違いなくあの巨体の下だ。
鈍色の竜に接触していない辺り、あちらを目安に着地したのだろう――と思いたい。
でなければ、今から俺は、ここでいきなりラスボス戦に突入してしまう。
そして、そんな戦意をもごっそりと奪うのは、視界に入るその姿だ。
「でっ……でかっ……」
視線の高さでは折り曲げられた足しか見えない。
首を伸ばして全体を見る――その大きさは、鈍色の竜の三倍はあろうか。
陽光を浴びた鱗が金色に輝き、その下からは筋力という単語では表現しきれないほどの力がはち切れんばかりに漲っている。
あの蛇竜よりは小さいのかもしれないが、至近距離で見るその立ち姿はまさに圧巻の一言だった。
その金色の瞳が、ギロリ、とこちらを睨みつけた。
――ちょ、ちょーこえー……っ!
漏らすぞ、俺?
俺が、戦意を根こそぎ奪われた理由はお察しいただけただろうか。
RPGの勇者とか、よくまぁこんな生き物と戦おうと思ったものである。
動物園のシロクマやライオンにゴロンとお腹を向けさせる俺ではあるが、さすがにジュラシックパークは論外だ。
そんな、こちらの内心を察したわけではなかろうが、ややって鈍色の竜が声を発した。
『我ノ父ダ』
「ちち?」
ちち……乳? ――なはずがない。
その言葉の意味を考えること数秒、ぽくぽくぽく、ちーん。
「――親父っ!?」
金色の巨竜が、ぐるる、と喉を鳴らして――もしかしたら、肯定の意味だったのかもしれないが――こちらに顔を近づけてきたので俺は後ずさりした。
「た、食べても美味しくないぞ……?」
隣で、鈍色の竜がやや辟易していたように見えたのは気のせいか。
充分に顔を近付けた金色の巨竜が口を開く。
先の鈍色の竜の時は、この直後に眩いブレスが飛んできたのだが――出てきたのは、揮発性のエネルギーっぽいものが少々と、流麗な言葉だった。
「息子が世話になったようだな、人間よ」
鈍色の竜とはもちろん、人間と比べても遜色のない言葉遣いだ。
それに驚きつつも、先ほど鈍色の竜が言っていた“歳経た竜”のひとり……いや、一頭? ――なのだろうか。
数え方が分からないので、ここではひとりと数えておくことにする。
「世話……っていうか、どちらかというと俺が世話になってる……んですけど」
萎縮――というと聞こえがいいが、はっきり言って茶碗を割っちゃった子どもと父親の構図だ。
ハルマゲドンは断固拒否する。
「そこまで緊張せずとも良い。別に取って食おうなどとは思っておらん。そも、我らは肉食ではない」
「は、はぁ……そうですか……」
肉を食べずに、どうやってこの巨体を維持しているのかは不明だが、少なくとも彼らの食物連鎖に介入しなかった現実を喜んでおこう。
「加えて言うなれば……息子の顎の傷――」
びくっ! と俺は身体を大きく震わせた。
恐る恐る鈍色の竜の口元を見ると、蹴りのせいかブレスの影響か、牙が折れ、顎の鱗にもヒビが入っている。
どう言い訳をすれば、俺のイクリプスを回避できるのか脳をフル回転させていると、
「――まだ幼竜とはいえ、人間にしては大したものだ。……多くの人間は、畏怖を除けば我らを金銭の価値でしか捉えておらぬと言うに、お前は息子の命を取らなかったのだろう」
「…………え?」
「結果として、お前は息子と共にこの集落にまで訪れているわけだ。礼を言う理由に足るであろう」
「は、はぁ…………」
金銭価値など、すぐには理解できない内容もあったのだが、少なくとも俺が鈍色の竜と戦った件に関しては不問――どころか、何故か感謝までされているらしい。
というか、本当に幼竜だったのか……こりゃ、勝ったところで自慢にはならないな。
「無論、言葉だけとは言わぬ。集落のそこいらに在る我らの爪でも鱗でも好きに持って帰ると良い」
「爪……鱗?」
周囲を見ると、確かに竜から折れたのか抜け落ちたのかは知らないが、そういったものがあちこちに散乱している。
これを拾っていったところで何の意味があるのかは分からないが……。
「いや、別にそういうのはいい……ですよ」
「話し方も普通で構わん。……しかし、それが目的でないとすれば、一体何が理由で集落にやってきたのだ?」
「えーと、じゃあお言葉に甘えて……」
こほん、と軽く咳払いをする。
俺が集落にやってきた目的は――
「元の世界に帰る方法を……存じてないかなと」
あ、やっぱり眼前に聳える金色の威光のせいで口調が戻り切らない。
「元の世界……だと?」
ぴくりと、間近にまで下げられた金竜の顔、その目が動いたように思える。
「人間……お前は、異世界来訪者だったのか。だとすれば、この世の人間の理――いや、我らを含めたこの世の理に疎いのも、その力にも道理がゆく」
ぐるぅ、と金竜の隣に立つ鈍色の竜――並ぶと随分と小さく見えてしまうが――も、同意の唸りを上げたようだ。
「異世界……そっか、こっちの人からすれば、俺の世界が異世界になるのか。なら、そういう解釈で合ってると思う」
滞りなく、こういう会話になるってことは、俺みたいなヤツもそう珍しくはないのだろう。
場合によっては、同じ境遇の人間を探す――という手段も可能なのかもしれない。
「それならば、尋ねたいことなど山のようにあるだろう」
「あぁ。何せ、こっちに来て初めて出会ったのが、その鈍色の竜だしなぁ……」
俺が、当の本人に視線を向けると金竜の方も察したようだった。
「……つまり、お前は異世界からこの大陸南方の地に飛んできた訳か。人間からするとかなりの僻地になるが……お前は、中々の冒険家のようだな」
「……えーと」
……とりあえず、何か全力で勘違いをされていることだけは分かった。
否定することで特にメリットがある訳でもなさそうなので、そういうことにしておこう。
「事前説明も何もなくいきなりこの世界に飛んできたもんで……できれば色々と話が聞けたらありがたいな、ってのと……大きなところでは、さっき言った通り元の世界に戻る方法、それと人間がいる場所に行く方法を教えて貰えると助かる」
「ふむ……」
俺の頼みを聞いて、金竜がしばらく考え込む。
「人間の集落へ行く方法は――距離はあるが、さほど難しいものではない。内海を除けば陸続きだ。人間領の手前までなら、そやつに乗っていくのも良かろう」
金竜が言う、そやつ――というのは鈍色の竜のことだ。
彼に視線を向けると、同様な意思表示が見て取れた。
「我らは竜族ゆえ、人間の理には疎い――が、知りうる限りのことは伝えよう。問題は……」
言いにくそうな様子から、金竜の内心を察する。
「元の世界に戻る方法、か。残念ながら、我には分からぬ。それは理の外――と言っても良い。我らより、より大きな存在が干渉しているのだろう」
「より大きな存在……?」
もちろん、それが彼ら竜族より物理的に大きいことを示しているのではないことは分かっている。
竜族よりも、さらに上位の存在がこの世界にいるということだろうか。
「――神々。それも、人間のお前を召喚した存在とすれば、同じく人間族を守護する神ではないかと……我は推測する」
「人間を守護する神……だって?」
竜だけでも衝撃なのに、いよいよ以ってファンタジーな世界に突入してきたぞ?
半信半疑な言葉ではあるが、目の前に日本語を話す竜がいる上に、そもそもこれが夢じゃなければ現実、別の世界にいる訳だし……。
「この大陸だけでも、多くの神が存在している。その最たるところが【四聖神】だ」
おぉ……四なんとかって、ますますありがちな展開になってきたぞ?
名前の響き的にも、味方っぽいような気がする。
「四聖神、ね。とりあえず、人間の街に行って……まぁ、そいつらを探すのが当面の目標――って形にしよう。ありがとう」
「うむ。もっと詳しい話が聞きたいのであれば、我らが長に会っていくと良い」
「長?」
つまり、竜族の……いや、この集落の長ならば村長といったところだろうか。
目の前の金竜でも貫禄たっぷりなのだが、これを上回る竜って一体どういった存在なのやら。
「竜族の長老だ。我らの中で、最たる歳月を生きている。その知識は、我の及ぶところではない」
「ほっほぉー……」
村長ではなく、まさしく長らしい。
仮に、この金竜が一五メートル級だとすれば、最長老はどれほどの大きさになるのだろう。
「あの、単純な興味で悪いんだけど……おたくらは何年くらい生きてるの? ちなみに俺は一六」
一応、先に自分の年齢を述べることで無難に失礼のない形を取っておく。
「我で……五〇〇年は経つであろうか……八〇〇までは生きてはおらんはずだ」
「ごっ、五〇〇――っ!?」
五〇〇年って……向こうの世界で言うと、足利家が幅を利かせていた時代か?
沖縄が琉球……いや、まだそこに至る前だったような気もする。
たぶん、鉄砲が伝わるか伝わらないかくらいの時代。
仮に八〇〇とすると、源家が征夷大将軍とかそんな辺りだろうか……。
この世界の一年が三六五日なのかどうかは不明だが。
「神代の時代を経たものは、八〇〇年を境に生まれている。我はその時を知らぬ故な」
僕、その時代知らないから若いよ? みたいなサラっとしたニュアンスで言わないで欲しい。
年数のスケールが違い過ぎる……。
ともあれ、その長というのが、その時代から生きてるってことなのだろう。
「そやつ……我の末の子であるが、生まれて五年ほどか?」
『マダ四年』
「ぶっ――!」
四年って……本当に、幼竜じゃないか。
四年で……身長五メートル?
「うわぁ……俺も子どもだと思ってたが……むしろ、大人気ないくらいだったのか」
これは、ショックが大きい。
鈍色の竜との出来事は記憶から封印しておこう。
「長は、集落の最奥にいる。飛んでゆけばすぐではあるのだが……有事を除き、それは礼を失する」
「まぁ……歩いていけば問題ないってことだろ?」
「然り。たが、我らの体躯で人間であるお前を手引きするには少々窮屈でな……悪く思わないで欲しい」
「そりゃ、もちろん」
ここまででも、充分以上に世話になっている。
文句の言いようがないどころか、こちらが礼をしないといけないほどだ。
「故に、別の案内を付けよう。娘を呼ぶので少々待っておれ」
「は……? 娘……?」
そうして、大きく息を吸い込んだ金竜が真っ直ぐ空へと首を伸ばす。
その行動に悪い予感を覚えたので、俺はすぐに両手で耳を塞いだ。
直後、金竜の咆哮が、周囲一体に雷鳴の如く轟いた!
「っお……くっ……!」
身体がビリビリと震える。
これはもう、音波兵器ではないのか?
耳を塞ぐという意味で両手を封じられることを思えば、その効果は鈍色の竜のブレスよりも抜群だ。
咆哮が遠くまで流れたのを察知し、手を離すと、まだ耳の奥が鳴っているのが分かる。
小さな影が空から舞い降りてきたのは、その耳鳴りが落ち着いてきた頃か。
「呼んだか、父上」
そう言ったのは、人間と変わらない姿を持つ竜族の女性だ。
娘だというのだから、考えてみれば当然か。
滑空してきた竜族の娘は、着地する前に翼をはためかせ、緩やかに着地をした。
どこぞの巨竜にも見習って欲しいものだと思うのは、心の内に留めて置く。
金竜が、娘に何言かを伝えると、彼女は素っ気無く俺にこう告げてきた。
「ついてこい」
と。