ススムの学校生活・放課後
加筆修正(2014/10/17)
終業のチャイムが鳴り、鉢巻のよく似合う担任、梅原隆先生がHRを終えると、生徒は思い思いに席を立った。
ひとりで居る生徒は、そのまま教室を出て行くことが大半だが、友人と合流する生徒はそのまま話し込んだりと多様だった。
部活に行く者もいれば、委員会や生徒会に行く者もいるだろう。
バイトに向かう者は――学校では推奨してないが、進学を捨てているならば勉強よりも身になるかもしれない。
ちなみに、直帰による自宅警備に余念がないクラスメイト――悲しいかな友人フタヤはここに分類されている。
さて、俺はどうかというと、委員会と生徒会以外なら割とどれもが当てはまったりする。
部活の助っ人がなければ、友人と合流するかそのまま下校、さらにバイトのシフトが入ってなければ、適当に寄り道をするかそのまま帰宅するかの二択だ。
まぁ、自宅でやってることといえば、決して褒められたものではないのでフタヤとそう大差はないかもしれないが。
そして、今日はというと、部活の助っ人もバイトもなしだ。
立花さんの何故か厳しい視線を背中に感じつつも、気付かないフリをして俺はフタヤの方に向かう。
「よっし、帰るか? それとも、どっか寄ってく?」
「うむ。そうだな……あ、いや。ちょっと、待て」
フタヤがポケットを漁る。
取り出されたものから聞こえてきたのは――
『――お兄ちゃん、あたしからメールだよ! えへへ!』
初見では完全に“謎ボイス”であろう、これは携帯の着メロだ。
説明しよう――隣にいるこの男、フタヤは、実の妹の声を妹専用の着メロに当てているのだ! ででん!
……ただし、クオリティはかなり高い。
妹さん、もしや声優志望なのだろうかと思うくらいに。
「……すまない、妹から呼び出しが入った」
「あぁ、いってこい(遠い目)」
そうして、友人を見送った俺は、ひとり帰路につくのであった。
いや、はずであった。
帰る前に用を済ませようと、1年の教室の並ぶ三階のトイレに向かったのだが、タイミングが悪かったのかかなり混み合っていた。
こちらはというと、今まさに堰を切って溢れだすような緊迫する状況でもなかったので、のんびり待っていても良かったのだが……まぁ、この辺りは俺の性格なのか。
トイレの窓からショートカットして、あまり利用者のいない研究室棟のトイレを使うことにした。
おそらくは、ふとしたこの思いつきが運命の悪戯としか思えない災悪という名の撃鉄をひいてしまったのだ。
研究室棟に行くと、どこかで見たような女子生徒の後姿が視界に入った。
はて、誰だったか――と。
俺は、思い馳せて後ろをつけていく。
すると、その女生徒は一階の階段裏へと身を滑らせていった。
学校に地下などないし、もちろんその先は行き止まりしか有り得ない。
あってもせいぜい掃除用具のロッカーくらいのものだが……そこで俺は、自らの目を疑った。
あろうことかその女子生徒は、掃除ロッカーに入ろうとしているではないか。
おいおい、何やってんだこいつ、頭イっちまってるんじゃないか?
――などと思っていると、その内心が伝わったわけではなかろうが、こちらを振り返った女子生徒と目が合ってしまった。
「あ……」
目をまん丸にする女子生徒。
一体何のホラーかと思いきや、その間の抜けた表情でさえも可愛く見えてしまうほどの容姿。
メリハリのある身体は、異性の視線を惹きつけ――
「ってアカネじゃないか」
薄く赤みのかかったサラサラのロングヘアーは、校内で見間違えようもない。
その短いスカートからすらっと伸びた綺麗な脚は、対面の掃除ロッカーの中へと伸びており……
「……じゃあ、俺はこれで」
しゅぴっ、と片手を上げてその場を去ろうとするが、それをガシッと後ろから肩を掴んで引き止められる。
「……見た?」
「いえ、見てません」
ギギギ、と顔だけで振り向くと、何故か場違いの彼女の笑顔がとても怖い。
これは本能だ――本能が危険を告げている!
どっどっどっどっ――
心音が高鳴る。
きぃ……ぱたん、と静かに閉められたロッカーの音が、妙に心臓に響く。
「……ど、どこぞの美少女転校生に、実は人気のないロッカーに篭もってはぁはぁする性癖がある――なんてこれっぽっちも」
「見てるじゃない! ていうか違うわよ、どこの変態よそれ! しかも、これっぽっちってジェスチャーの割には親指と人差し指を目一杯開いてるのはどういう意味よ!」
言うが、片手の親指と人差し指で表現できる限度など、空き缶一本分くらいではないか。
まぁ、何も見なかったことにしたわけだし、
「では、そういうことで」
改めて平静を装い、すちゃっ、と片手をあげてその場を後にする。
今度は、油断無しで“全力”で逃げる。
壁蹴りをし、一瞬で角の奥へと消えた。
「――はっ。ま、待ちなさい!」
アカネが追い駆けてきた。
「げっ!」
追い駆けられれば逃げてしまうのが、生物の本能だろう。
互いに足に力が入るにつれ、気付けばほぼ全力疾走になった。
おかしい、美少女に追い駆けられるのが、これほど怖いとは……!
研究室棟の最上階である三階までダッシュで駆け上がり、廊下を横切って反対の階段から一気に一階まで駆け降りる。
しかし、距離が一向に開く気配はない。
「ど、どういう足してるんだこいつ……!?」
どこぞの金メダリストは百メートル走において平均時速四〇キロ以上ををマークしてるようだが、こちとら地上最速哺乳類のチーターと駆けっこしても負けるつもりはさらさらない。
さすがに、場所が場所なので全力全快というわけにはいかないのだが、上履きがゴム擦れ音を奏でる人間ドリフトは冴えに冴え渡っているはずだ。
「こらぁ! いい加減止まりなさい!」
だというのに、こうして今も後ろに張り付かれているのは何故だ!?
起こっている現実に理解が追い付かない。
後ろからの声を聞く感じ、またまだ余裕があるようにも思える。
「くっ……!」
ちらりと後方を伺うと、彼女の胸がばるんばるんと凄い勢いで揺れていた。
「……………………はっ」
無意識に釘付けにされていると、それが仇となってわずかなアドバンテージも一気に詰められてしまった。
「し、しまった!」
これが、男の性か――! などと、本能を後悔している暇もなく。
伸ばされた彼女の手をなんとかスライディングで回避し、そのまま九〇度ターンしてもう一度駆け出す。
彼女の方はというと、伸ばした右手が空を切ったことが思わぬ硬直となってこちらの動きに対応しきれなかったようだ。
両者の間に、わずかに差が開く。
「くっ……逃げ慣れてるわね!」
「慣れてねーよ!」
誰かを追うことはあっても、そもそも、こうして誰かから逃げなければいけない状況なんて初めての経験だ。
仮に逃げるとしても、数秒で相手の視界から消える自信もある。
「それなら……これでどうだっ!」
研究室棟の玄関から三角跳びでフェイントをかける――が、無駄に終わった。
「甘いわ!」
「っ……!」
相手も同様に繰り出した三角跳びによる副次効果――即ち、翻ったスカートの中を注視してしまった!
こうなったら、奥の手――壁駆けでもやらないと逃げ切れないのではないか。
ちょうど辿り着いた本校舎へと伸びる渡り廊下から外に逸れ、
「せいっ!」
地面に向かって超速の拳圧を叩きつけた。
音速の拳で空気の壁を叩いて発生させる、いわゆる“ソニックブーム”というやつだ。
どこかの円盤頭が『カレー食う!』とか言われてたアレではない、念の為。
ドンッ!
と、拳圧を叩きつけられた地面が粉砕し、砂塵を巻き上げた。
それを思い切り開いた両腕を交差するように閉じて、周囲に乱気流を発生させる。
「忍法、力技による砂煙!」
とどのつまり、単なる目くらましだ。
さすがにこんなものを直接彼女にぶつける気はない。
「けほっ、ちょっと……なによこれ!」
唐突に現れた砂塵を前に、急制動をかけるアカネ。
突っ込めば、髪の長い彼女は帰宅後の洗髪がだいぶ面倒になるかもしれない。
中庭にいた生徒たちが何事かと、自分を見るや否や、「げっ! ハカイシン!?」なんて叫び、一目散に逃げていった。
巻き添えを受けたくないのは分かるが……。
「ハカイシンじゃねぇ! 後で覚えてろよ!」
ひぃっ、とそこかしこで悲鳴が聞こえるが、今は稼いだ時間を無駄にしている場合じゃない。
俺は、すぐさま校舎の外壁に向かって大きく跳躍した。
そして、手頃な足場――二階部分の凹凸に足を掛け、そのまま三階、さらには四階まで手で凹凸を掴んで身体を引き寄せながらの壁跳びを繰り返し、屋上のフェンスを越えた。
「ふっ……どうだ!」
放課後の屋上には誰もいなかった。
もちろん、アカネの姿もないし、居るのは自分だけである。
後は昇降口から追い駆けてくる前に、適当に学校からおさらばしてお仕舞いだ。
「まぁ、ここまで来ればさすがに大丈夫だろう……」
いやはや、思わぬ強敵だった。
あれならどこの部活に所属しても、学校および顧問期待のエース間違いない。
ふぅ、と一息をつくことにした。
「あー、空が青いなぁ……」
そして、その青いキャンバスに映える白い太ももと縞々パンツが目に眩しい。
……あれ、縞々パンツ? さっき見たような……。
「って、嘘だろ――!?」
やってきたパンツもとい太ももは、紛れもなくアカネのものだ。
長い後ろ髪を空に流し、すたんと着地する姿はまさに華麗の一言。
「ふふん、ようやく観念したわね」
「い、いやいやいや……」
対峙する前に、自らの長い髪を握ってぱさぱさと振るうアカネ。
おそらくは砂でも払っているのだろう。
「詰めを誤ったわね? 目くらましまでは良かったけど……その後真上に跳躍したら意味ないじゃない。後ろ姿までばっちり見えてたわよ!」
ずびし! と指を突きつけられる。
「そこは……そういういう問題じゃないと思うが……」
もはや言葉もない。
というより、上から降ってきたということは……まさか俺より高く跳躍したのか?
そうだとすれば、甘く見ていたのはこちら。
人間の……運動能力を超えている――!
「いや、あなたも大概だと思うけど……」
「……くっ、俺を、どうするつもりだ?」
とりあえず、ノってみた。
上手くいけば何か聞き出せるかもしれないし。
あわよくば、スリーサイズなんかも……。
「あら。どうにかされたいのかしら?」
よし、食いついてきた。
割と適当だったが、内心でガツポーズを決める。
「そうねぇ……どうしようかしら……ふふふ」
妖艶な微笑みを浮かべるアカネ。
その表情は、すごく気持ち良さそうだった。
もしや、これって割とその場の勢いだけで追い駆けられたのではなかろうか?
とりあえず、芝居は続けておく。
「まさか……そのおっぱいで俺の口を封じる為に……?」
「そうそう……って変態か、わたしは!」
だったら喜んでこの身を差し出しても良いかもしれない。
ともあれ。
いざこの場にきて何もされてないことから察するに、あまり無茶を仕出かすつもりもないのだろう。
追い付いてはみたものの、それから何もできないというところか。
まぁ、よくある話だ。
「ふふっ、そうね。見られたからには……覚悟をしてもらおうかしら」
「うん? 覚悟?」
彼女が直立姿勢から、やや腰を落として半身に構える。
「……え? あれ?」
この流れ、何となくマズい予感がする。
気のせいか、構えた彼女の足元の石畳が、ミシミシと悲鳴を上げているような……。
「本当はもうちょっと様子を見たかったんだけど…………いいわ」
いえ、僕は全力で良くないと思います。
「――いくらあなたでも、人の身で油断したら死ぬわよ?」
へ? と、続く言葉で反論する時間も与えられず。
彼女が一度伏せた目を開いた時には、肌に触れる空気の温度が変わった。
俺の全身にある穴という穴が、緊張によって発汗しているのだ。
な、なんか知らんが、これはヤバい気がする……!
身の危険を察知してこちらも構えるが、特に格闘技をやっていたわけでも習ったわけでもない。
とりあえず、身体より腕を突き出して距離を取りたいだけの適当なものだ。
「飛びなさい!」
次の瞬間、目にも留まらぬ速度で彼女がこちらに肉薄し、中段回し蹴りを放っていた。
翻る薄い布地から、青と白のコントラストが顔を覗かせる。
「げ! しまった――!」
本人の感情とは裏腹に、一瞬の硬直が反応を大きく遅らせてしまった。
その踵が腹にめり込む前に、何とか腕で受け止めることはできたが――こちらは重心を逃がしていない。
腕ごと芯を捉えた彼女の蹴りは、こちらの身体を大きく後ろへと吹き飛ばしていた。
そう、俺が女の蹴りで吹き飛ばされたのだ。
「冗談っ……だろ」
それでも油断が全くなかったかといえば嘘だ。
その程度には自分に身体能力に過信があったせいだ。
だが、今はそれをひっくり返されるほどの驚愕に変わっている。
「だから、忠告したじゃない」
「くっそ……!」
身体を捻り、遥か後方のフェンスに着地する。
威力を受け止めたフェンスが大きく歪んだ。
吹っ飛ばされた経験など、うっかり道に落ちてたエ○本に釣られて大型トラックに跳ねられた以来だろうか。
つまり、この蹴りにはそれと同等以上の威力がある――のか?
そんな馬鹿な。
さらに、体制を立て直す間もなく、追撃が飛んできた。
《エリアルレイド》とかアナウンスが流れても良さそうな状況だった。
何とか相手の攻撃を捌いてはいるものの、明らかに相手はこちらより戦いに慣れている。
そんな美少女がそうそういるものなのだろうか。
「いや、いるわけねぇだろ――!」
自問に自答をしながらも、相手の手刀をなんとかかわす。
おそらくだが、たぶんこの手刀もコンクリに突き刺さるくらいの威力はあると思われる。
ズバズバ、と空気を切る音がヤバいを通り越して戦慄しそうだ。
「へぇ! さすがにやるわね。やっぱり、あなたで間違いなさそう!」
不敵な表情の中に、嬉しそうな微笑を浮かべるアカネ。
繰り出される上段蹴りを左手で受け、さらに捻転をつけて放たれた反対足の飛び回し蹴りをこちらの右足で相殺する。
彼女の蹴りにしては――軽い。
もう一連撃あると察した俺は、すぐに姿勢を下げた。
瞬間、すぐ頭上を裏拳が通り過ぎる。
視線の高さにある太ももの誘惑を何とか切り離し、相手の足場を砕いてバランスを崩す。
ここで追撃したいのは山々だが、女相手に暴力を振るう気にはなれない――よって距離を離す。
それも、すぐに詰められ、再度相手の攻撃がこちらに迫る。
十数合、いや数十合だろうか――。
無言でひたすらやり合っている内に、どんどん感覚が研ぎ澄まされてきたような気がする。
ほとんど反応が間に合わなかった彼女の蹴りにも防御が間に合うようになってきたし、開幕のように無様に吹き飛ばされることもなくなった。
状況は不利だが、それでも時折、こちらから相手の姿勢を崩すタイミングすらも垣間見えてくる。
そして、もう一度距離を離した時、俺は彼女に声を掛けた。
「何が間違いなのかは分からないが…………ここいらで手打ちにしておかないか?」
何が間違いかと問われれば、こうして自分が攻撃されてることこそが間違いだと思いたいが……。
冷静ぶってはいるが、防戦一方だったので言うほどの余裕はなかったりする。
「まぁ、頃合いかしらね? これで、わたしがある程度素っ頓狂なことを言っても信じる気になるでしょ」
構えを解いて、彼女がころっと笑顔に変わる。
同時に、場に走っていた緊張が解かれた。
息ひとつ切れてないし、おそらくこれは作り笑いなのだろうが……女って怖い。
「よし、わかった。茶茶は入れない。全てを肯定しようじゃないか」
「あら? それは手間が省けて助かるわ。じゃあ私ときて」
「…………どこに?」
ぶるり、とまたも悪寒が身体を走る。
笑顔が怖いです。
「肯定するんじゃないの? 返事は?」
「YES SIR」
今度こそ、本当に上機嫌になるアカネ。
そして、屋上から四階に降りる階段に向かって歩き出した。
気のせいではなく、その足取りは非常に軽い。
逆らうのも怖いので、しぶしぶと後をついていくのであった。
●
そうして、向かっていったのは研究室棟の方だった。
階段を降りて渡り廊下を進み、一階の階段裏へと向かう。
一般生徒が辿る正規ルートなのだが、これは違和感を感じる俺は何か間違ってるのだろうか。
もちろん辿り着いたのは、先ほどの掃除用具ロッカーだ。
つまり、振り出しに戻ってきたわけで……。
なんかもう、はっきり言って嫌な予感しかしない。
誰か助けて。
「ま、まさか……俺を殺して、このロッカーに押し込める? さすがにすぐ見つかると思うぞ? 一応は学校内だし」
「違うわよ! あー。なんか、わたしに物騒なイメージ持たせちゃった? 別に悪いようにはしないって」
“物騒な女”のひと言で、どこも相違ないとは思うのだが。
ただ、それを口に出すと身を以って事実を証明してしまうだろう。
主に、精製される俺の肉塊が。
とりあえず、これ以上の危害を加えるつもりはないというので、俺は口を堅く結ぶことにした。
沈黙は金なり――まぁ、ひとまずは安堵していいのだろうか。
そして、アカネが、何事もなかったかのように再びロッカーを開いた。
「…………やっぱり、変わった趣味が?」
「何か言ったかしら?」
「さ、サー! 何も言ってません! サー!」
笑顔のまま睨むのはやめて欲しい。
普通にガンつけられるよりよっぽど怖い。
「言ったでしょ? “私と来て”って」
確かに言ったな。
だからこうして謎の掃除ロッカーの前にいるわけで。
「……来たよな?」
「来たわね。まぁ、この先は貴方ひとりで進んで欲しいのだけど……」
「全力でお断りします」
「全てを肯定する、って言ったわよね?」
言いました。
だが、後悔はしている。
まさか、このロッカーに入れということなのだろうか。
そういうプレイが好きとか?
実は、このロッカー、違法改造された鉄の処女、またの名を“ニュルンベルクの処女”だとでも言うのか?
あれって拷問具だっけか処刑具だっけか。
できれば前者の方が生存確率があるだけ幾らかありがたい気もする。
どちらにしても嫌だが。
「じゃあ、どうぞ?」
こちらが頷いたことに気を良くしたのだろう。
彼女が、開いた扉を片手に、こちらを手招きしている。
扉に棘の類が見当たらないのが救いか。
仕方なく、すごすごとロッカーの前に進む。
あまり陽が当たらない場所なだけに、中は真っ暗だった。
……は、入りたくねー。
「……マジで? どこにいくの?」
といっても、ロッカーの中、って答えられるんだろうなぁ。
入る手前、子猫が助けを求めるような表情で、彼女に問い掛けた。
だってこれ、通り行く人が見たら、頭のおかしい二人組にしか見えないだろ。
……誰もいないけど。
見詰め合うことややあってから、彼女は、予想もつかない答えを述べた。
「異世界よ」
「は?」
――などと、彼女の言葉に疑問を持つことすら許されず、無惨にも後ろから中へと蹴り込まれた。
いや、やっぱり物騒だろ、お前……。
てっきり、俺はすぐにロッカーの内壁に頭をぶつけるとだと思い目を閉じたのだが……そうはならなかった。
とてもロッカーの中とは思えない広さだった。
そんな薄暗い中、何かがぼんやり光っていて、俺はその光に向かって歩き始めた。